紅葉ルート3話
side紅葉。
「工藤紅葉、どういうつもりだ?」
開口1番、井ノ原優太がわたくしに詰め寄る。
「なんのことです?」
「俺たちは、確かにお前の妹をいじめていた。それを許そうだなんて、シスコンのお前らしくないぞ」
「許すのはあなた方が条件を飲んだらです」
淡々と告げる。正直この2人と一人で向き合うのは怖い。だけど、もう立ち止まれない。
「今村健人の大事な人、緑葉凜々が俺たちを許すか?だと?そもそも俺たちは天野冬子の指示であいつをいじめていた。あの2人はもういないんだろう?許す許さないなんて誰が決める?」
「本人たちですよ?」
「だから、あいつらはもう……いや、まさか……!」
はっとひとりが息を飲む。
「井ノ原優太さん、察しがいいですね。あなた方の来世の運命は緑葉凜々さん、いえ、春川凜々さんが握っています」
「今世では俺たちは停学になって大学どころか、就職も危ういんだ。お前のせいでな」
「あなた方の自業自得です」
「元々は天野冬子が……!」
柿原勝利が掴みかかる。
恐怖で体が震える。でもそれを察せられないために、冷たく言い放つ。
「言い訳ですか?あなた方の世間一般の評価を今から覆すことは不可能です。ですが、春川凜々さんの意識を連れてくるにはあなた方の存在が必要不可欠。あなた方が来世の人生を豊かにするには神があなた方を認める必要があるのです」
「春川凜々をいじめていたのは、俺たちだけじゃない」
「そうですね、柿原勝利さん。ですが、今はあなた方の力が必要なのです。今村健人さんが緑葉凜々さんの亡霊から解放するには、これしかないのです」
そう、今村健人さんはこのままではいつまで経っても、緑葉凜々さんのことを想い続ける。それは悪いことでは無い。ただ、このままではあの人は前に進めない。
あの人のこれからのためにも、緑葉凜々さんのことを吹っ切って貰う必要がある。
わたくしが彼女の代わりに、今村健人さんの隣に立つために。
「チッ、わかったよ。頭を上げろ。春川凜々の記憶を辿ったら、俺たちはこの世界から消える。最初から俺たちはこの世界にいるべきではなかったからな。だから、次の生では、俺たちは平凡に生きて、平凡に死にたい。それだけでいいんだよ。なぁ、優太」
「ああ、結局のところ、最初は天野冬子からそそのかされて、小さな子供のいたずらごころが刺激されたんだ。正直、あの時天野冬子の口車に乗せられなければ、俺たちは今でもきっと普通に暮らしていたんだ。ケリをつけるのに協力してやるよ」
「おふた方、ありがとうございます」
もう一度わたくしは2人に頭を下げた。
「驚いた、本当に連れてきたんだな」
「わたくしは約束を守る女です」
駅前の広場で、俺は紅葉さんに言われたように、遠出をする準備をして、3人を待っていた。
「お前が、今村健人か?」
「ああ、そうだ」
「「すまなかった」」
井ノ原優太、柿原勝利が頭を下げる。
「え?え?え?」
状況が飲み込めなくて困惑する。
「前世で緑葉凜々、いや、春川凜々をいじめていたのは、天野冬子の指示だった」
「言い訳がましいのはわかってる。許して欲しいとも言わない。ただケジメとしてお前には謝っておきたかった」
「よくわかんないけど、これから凜々の真実を確かめに行くんだ。俺はまだよく覚えてないけど、凍子に踊らされて凜々を蔑ろにしていた俺もいたんだろ?お前らのことは恨んでないし、怒ってもいない。とりあえず、頭を上げてくれ」
二カッと笑みを浮かべる。
「あんた、良い奴だな」
「ああ、こんな清々しいやつの想い人を俺らはいじめていたのか」
後悔の念に襲われたのか、暗い顔をする男子2人。
「ところでさ、この2人から凜々のことを聞き出せば、目的地まで行く必要なくないか?」
「それはダメです。この2人の春川凜々さんの記憶は、あくまでこの2人視点のもの。春川凜々さんの視点を知るためにも向かう必要があります」
「凜々視点か……。わかりました、紅葉さんの判断を信じます」
「ありがとうございます」
こうして俺らは電車、バスを乗り継いで、山の中の神社まで数日掛かった。
「はぁ……!はぁ……!着いた……!」
何故数日も掛かったかだって?
途中の民家のおばあさんに声をかけられて、小休憩のつもりが、夕飯までご馳走になり、さらに酒を飲まされて、二日酔いでぶっ倒れてしまったからだ。
おばあさんから貰ったお茶のペットボトルを首筋に当ててそこから体を冷やしつつ、時々水分補給をする。
目的地に到達した時には、お茶はほとんど残ってなかった。
鳥居をくぐり、神社へと足を踏み入れる。
石畳の階段を箒ではいていた巫女さんに声をかける。
「すみませーん」
「はい?」
「ええっと……」
しまった。呼び止めたはいいものの、なんて説明すればいいんだ?
「こちらの神主さんに事前に連絡させて頂きました工藤紅葉というものです。神主さんの久保田さんはいらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちを」
パタパタと階段を上がっていく巫女さん。
「とりあえず、わたくしたちも上がりましょうか」
みんなで、太陽の日差しが照りつけて、熱をはっしている石段を登っていく。
神社の前まで行くとスキンヘッドのお爺さん、おそらくこの神社の神主さんが出迎えてくれた。
「久保田さん、お久しぶりです」
丁寧に頭を下げる紅葉さん。
俺達もそれに習う。
「うむ!長旅ご苦労!よくぞ参った!」
一言一言がハキハキしていて声はよく通る。
「先にお伝えした件についてなのですが」
「うむ!こんな暑いところで話すのは色々まずい。まずは中に入りなさい」
「「「はーい」」」
お言葉に甘えて館内へ。
一室へ案内されて俺たちは一息つく。
クーラーさいこー。
途中でお茶を貰ったとはいえ、暑いものは暑い。
「さて、早速だが」
「はい、3人とも準備はいいですか?」
「何するんですか?」
「まずは2人のうちどちらかが手の甲を上にして差し出しなさい」
「はい」
柿原勝利が手を出す。
「そして今村健人、その手の上に自身の手を重ねなさい」
「はい」
言われた通り、手を重ねる。
「そして最後の一人がさらにその上に重ねる」
井ノ原優太が指示された通りにする。
2人の体温が俺の手の甲と手の平を通じて感じる。
「そして今村健人、目を閉じなさい」
言われた通り、瞼を閉じる。
どぷん。
俺の意識は水の中のような空間に吸い込まれた。
水の中。なんとなくわかる。
ただ、息は苦しくないし、溺れる恐怖も感じない。
不思議と安心する。
「健人ちゃん」
「凜々……?」
俺の知ってる緑葉凜々とは少し違う雰囲気をまとった長髪の少女がいた。
「健人ちゃん、これから私が話すのは、緑葉凜々ではなく、春川凜々の記憶。あなたはそれを受け止める責任がある。私は、春川凜々はその水先案内人」
「凜々、俺は元々、緑葉凜々ではなく、春川凜々の記憶を知るためにここに来た。教えてくれ、お前に起きた身のうちを」
「わかった」
目を閉じる春川凜々。
「まず私達は小さな頃、公園で出会った。あなたと小鳥遊雄一郎君は、カードゲームを一緒にやる約束をしてたの。そこに私は混ぜてもらった」
思い出を語り出した。
「前世から雄一郎とも縁があったのか」
「私は親から酷い仕打ちを受けていた。なんでも出来た天野冬子、彼女と比べられて、彼女が出来ることを私にも強要した」
「なんで、冬子と苗字が違うんだ?」
春川と天野、全然違う苗字だ。
「私達は異父姉妹。ただね、私にも救いはあったの」
「それは?」
「あなただよ、健人ちゃん。健人ちゃんは私に生きてる希望を与えてくれたの」
俺?自分を指さす。
「俺は何をしたんだ?」
「ただ、遊んでくれた」
「それだけ?」
「当時の私はそれだけで十分だった。けどね、私は施設に入ることになった」
「なんでだ?」
話が飛躍した。
「母親の虐待が擁護できないくらいにまで及んだから」
「そんなに酷かったのか?」
「うん、けど、健人ちゃんに会えるだけで嬉しくて勇気を貰ってたから、それまでは耐えて来た。けど、おばあちゃんが母親を許さなかった」
そんな事情があったのか。
「私が別れを告げる日、健人ちゃん、あなたは両手で抱えきれないくらいのたんぽぽの花を持ってきて『大きくなったら結婚しよう』って誓ってくれたの。けどね」
「けど?」
「天野冬子がそれを許さなかった。母親があなたを車で轢いた。半円を描いて飛んで行ったあなたは奇跡的に助かったけど、記憶があやふやだった。そこに天野冬子はつけ込んだ。『プロポーズされた相手はあたし、そしてあなたを殺そうとしたのはあの二人』こうして健人ちゃんの中で私は愛しい相手から殺人未遂犯の憎い相手になったの」
なんてことだ、涙が溢れ出てきた。
「そんな……。ごめん凜々」
涙声で謝る。
「謝らないで。これからは施設での生活。私をいじめていた相手は、柿原勝利と井ノ原優太」
「うん、そこからが気になるんだ」
「基本的に私は偏食家だった。フルーツと野菜はほとんどダメ。当時は嫌いなものでも食べることを施設では指導されていた。私には嫌いなものも食べろと言ってくるくせに、自分たちは嫌いなものはティッシュにつつんで捨てていた」
「それバレなかったのか?」
「バレても犯人が分からないから咎められなかった。酢豚ってあるでしょ?」
「おう」
「あれのパイナップルを私のさらに何食わぬ顔で入れて来た」
「なんだと?」
何してくれてんだ、あいつら。
「それは序の口。同じ部屋の子が大事にしていたクマのぬいぐるみを私の生活スペースの棚の中に入れて、物を盗んだ犯人にでっちあげられた」
「おいこら待て」
あいつらやべーな
「その制裁として私がおばあちゃんから誕生日プレゼントで貰ったアヒルのぬいぐるみを奪って、自転車で轢いてボロボロにされた」
はぁ!?
「凜々は悪くないだろ!なんであいつらはそんなに凜々をいじめる!?」
「全ては天野冬子の指示」
「冬子の……?」
「そう、あの人は私が母親から虐待されていたのを愉快に見物していた。あの人は私を妹と見てなかった。施設に入ったあとも私を執拗に追い込むために二人を利用していた」
「そんなのってねぇよ……。あんまりだろ……」
涙で滲んで視界がぼやける。
「けど、それを助ける人はいなかった。施設でも私は問題児扱いされてたから」
「祖母は?」
「おばあちゃんは刑務所」
「なんで!?」
「私たちが健人ちゃんを殺そうとしたことになったからおばあちゃんが捕まったの」
「凜々」
「何?」
「ごめん。何もしてあげられなくて」
「いいよ。最後にこれを受け取ってくれる?」
「これは押し花?」
「そう、健人ちゃんから貰ったたんぽぽを一輪だけ、しおり代わりに挟んだの。これだけは守り通したくて、バレないように肌身離さず持ち歩いてた私の宝物」
「これ貰っていいのか?」
「うん。これを私だと思って大事にして貰えると嬉しい」
「わかった」
「それとね」
「うん?」
「私のことを忘れてなんて言わない。けどね、私という亡霊に囚われないで欲しい」
「それはどういう意味だ?」
「今の健人ちゃんにはあなたを大事に想ってる人がいる。これからは、その人の傍にいてあげて」
「紅葉さんのことか?」
「うん、私は空からあなたたちの幸せを願ってる」
水の中の空間が白い光に覆われていく。
「そろそろタイムリミットみたい。じゃあね、健人ちゃん。お幸せに」
「凜々!待って!まだ……!」
俺の意識は現実に戻された。
俺の頬を一筋の涙が伝う。
「春川凜々さんと会えましたか?」
「はい」
「あの二人は?」
これまで一緒にいた柿原勝利と井ノ原優太の姿はなかった。
「あの二人はこの次元から去りました」
「去った……?」
「元々この次元ではあの二人は異質な存在。故に使命を果たしたので、この世から消えました」
釈然としない。
1発ずつぶん殴ってやりたかった。
意味もなくズボンのポケットに手を突っ込む。
何も入れてなかったはずなのに何かが入っていた。
これは……。
「押し花、ですか?いつの間にこんなものを?」
「凜々の宝物です。あいつは前世で俺にプロポーズされた時たんぽぽの花束を貰ったようで、一つだけ押し花にして大事にしてくれてました」
にっこりと紅葉さんが微笑む。
「それを受け取ったんですね」
「はい。凜々のことは忘れません。でも、あいつは空から俺たちを見守ってると言ってくれました。紅葉さん、もし良かったら俺と……」
「ウオッホン!」
大きな咳払いが俺の言葉を無理やり遮る。
「ここから先のことは2人だけの時に言いなさい」
久保田の存在忘れてた……。
「健人さん、私はあなたとこれからも一緒にいたいです」
紅葉さんが珍しく頬を染めて、潤んだ瞳を向ける。
「ウオッホン!わしは出ていくぞ」
「あの、久保田さん!」
俺たちの横を通って退室しようとする神主さんを引き止める。
「ありがとうございました!」
「わしは何もしとらんよ」
ニコッと笑みを浮かべてガチャっとドアを開けて去っていった。
「健人さん」
「はっはい……!」
「わたくしはあなたの隣にいたいです。これからも支えたいです。あなたは繊細で放っておけないので」
「俺の方こそ、お願いします。これから一緒に」
「ええ、よろしくお願いいたします」
夕陽が俺たちを優しく包む。
凜々のことは忘れないし、いつまでも大事な存在だ。
でも凜々が安心できるように前を向いて歩いて行くと誓った。