2話
「あんたなんで!?」
凍子が驚愕を隠せない表情で叫ぶ。
「神先生、お知り合いですか?」
「はい、ふふふ」
教頭の問いに微笑みながら回答する先生。
あの人絶対どこかで俺も会ってるんだよな。
スっと扉側の席からメモが差し出される。
"あの人どこかで会ってるよね?"
メモも空きスペースに返事をする。
"やっぱりそうだよな?"
送り返すと凜々はこくりと頷いた。
でもどこでだ?思い出せない。
「田中先生は産休並びに育休も申請している。よってこのクラスの担任はこの女性になる。この方は教師免許を取ったばかりの新任の先生だ。不慣れのことが多いと思うが、皆さん迷惑かけないように」
「「「はーい」」」
「では神先生、あとは任せます」
「はい、ありがとうございます」
ガラッと教頭が出ていくのをみんなで確認する。
そして件の先生は自己紹介を始める。
「皆さん、初めまして。私の名前は神月詠。教頭先生のお話の通り、教師になったばかりなので、ご迷惑おかけすると思いますがよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「はい先生!」
「なんでしょう?」
リサーチしてきた奴が挙手。
「彼氏はいますか?」
サイテー。
避難の目線がそいつに集中する。
「いませんよ」
気にしない素振りで即答。
うぉぉおおおおおっ!!!
と男子連中が盛り上がる。
俺はと言うと、ぼへーと神先生を見つめる。
「そこのあなた。どうしました?」
「あっ……えっと、どこかで会いませんでしたか?」
クラス中に衝撃が走った。
「緑葉さんにしか興味のない健人君がナンパ!?」
「お前女いるだろ!」
クラスメイトが一斉に俺に矛を向ける。
「健人ちゃん?」
「健人?」
左右から怒りの笑みが飛んでくる。
「私がいながら、他の女性に手を出すのは許さないわよ!」
「何彼女面してるのよ!?告白する勇気もないくせに!」
「私と健人ちゃんは相思相愛なんですー!告白なんかしなくてもいいんですー!」
「言い訳なんて見苦しいわよ!」
「なんですって!?」
あ〜また始まった。
「はいはい、お静かに」
俺含め、このクラスの連中は既に呆れている。
先生はと言うと、突然の喧嘩が始まっても動揺せず、ニコニコと手をパンパンと叩き仲裁に入る。
「私がクラスを受け持つ以上、喧嘩は許しません。よって喧嘩が勃発したらゲームで解決しましょう」
ニコニコと提案する。
「P○B式の展開始まったぞ」
「そこ、ぐら○ぶるネタとばらさない」
「でも、どうやってですか?」
工藤さんの質問。
「そうですね……」
チラッと時間割に目を通す。
「私が受け持つ教科は生物です。ちょうど、午後一の授業がそれですね」
ふむふむとみんなでシンクロする。
「今日の生物は小テストとします。範囲は休み前までの内容とします」
ええええええええええええっ!?!?!?!?!?
「二人の喧嘩に巻き込まないでください!」
「俺たちは関係ないじゃないですか!」
文句が集中する。
しかし神先生はものともしない。
「そうですね。二人のために皆さんを巻き込むことは私も気が引けます。ですので、緑葉凜々さん、天野凍子さん、健人さん、そして星野雄一郎さんを除く皆さんの中で1番点数が良かった方には」
「なんでサラッと俺まで巻き込むんすか?」
雄一郎が突っ込む。
「あなたがた4人が1番成績がいいと伺っていますので」
神先生は胸元から長方形の紙を2枚取り出す。
「今話題の映画、『甘い蜜にはご注意を』のペアチケットを差し上げます」
「うぉぉおおおおお!」
俺たち4人以外の全員が歓声をあげる。
『甘い蜜にはご注意を』とは
人気恋愛漫画の実写版だ。
漫画の実写化は評価が低いのが多いが、この作品のスタッフはみんなこの漫画のファンらしい。
よって、原作リスペクトが大いにある。
原作ファンはもちろん、初見の人も充分楽しめる。
「そして天野凍子さん、緑葉凜々さん。あなた方の点数が高い方が、その日一日健人さんを独占出来るというのはどうでしょうか?」
「「二人とも満点だったらどうするんですか?」」
なんでお前ら2人とも100点とる前提なんだよ。
「その時は公平にじゃんけんで決めましょう」
最初からじゃんけんでいいのでは?
「では5時限目の授業を楽しみにしてます」
笑顔で去っていく担任の先生。
それと入れ替わりに現代文の先生が入室する。
「さて、授業始めるぞー」
「はーい」
「ねぇねぇ健人ちゃん」
「なんだい、凜々さん」
「みんないつもと様子違うね」
「そりゃあ、あれだろ。映画のペアチケット欲しいんだろ」
「みんな単純だねぇ」
「そういう貴女も菓子パンかじりながら勉強してる姿、人に言えなくない?」
「あの女には負けたくない」
昼休み。いつもはワイワイガヤガヤと騒がしいのだが、カリカリとシャーペンがノートを走る音がそこかしこから響き渡る。
今話題の映画だし、友人と行くもよし、想い人を誘うもよし、みんな必死だ。
俺?俺は今回は対象外だし、普通にしててもそこそこ点数取れる自信がある。
何故かと言うと天才2人に囲まれてるからだ。
凍子は昔から要領が良く、大体のことは何でもすぐできる。
一方凜々は、凍子のようにはいかないが、その分努力で補っている。
天才肌の凍子。
努力家の凜々。
俺はこんな二人に囲まれ巻き込まれたため、俺も他人より頭1つ抜けている自信はある。
凜々がクラスメイトに混じって連休前の復習をしている中、凍子はと言うと。
スピースピーと鼻ちょうちんを浮かべていた。
まぁ、余裕ってことだろ。
凜々的にはこの態度が「私を舐めてる」と感じているらしい。
だから負けたくないだとか。
「凜々、俺飲み物買ってきてやるよ」
「じゃあ私も」
「いいからお前は午後に向けて頑張れ」
「……うん……」
残念そうに肩を落とさないで貰えます!?
「俺は凜々が勝つって信じてるから」
ニカーと毎食歯磨きを欠かさずに維持している白い歯を見せて笑ってやる。
「うん!」
クラスメイト達からは、イチャイチャするなと視線が痛い。
「カフェオレでいいよな?」
「あたしコーラね」
いつの間にか起きていた凍子からもリクエストをいただく。
「はいはい、それじゃあ行ってきます」
時は流れて、ゴールデンウィーク後の最初の休日。
駅前の人工の滝が流れる広場にて。
「おっ、工藤さん早いね」
「健人君もね」
何故工藤さんと待ち合わせているかと言うと、あの賭け試合、勝者は凍子だった。
それがなんで相手が工藤さんかだって?
まぁ聞いてくれ。順を追って話す。
小テストの次の生物の授業で、結果が発表された。
凜々と凍子は宣言通り100点満点。
凜々は努力の賜物だが、凍子は居眠りしてても良い結果を残せるあたり、やっぱりこいつすげぇわ。
そしてじゃんけんにて勝敗を分けることになった。
凍子がパー。
凜々がグー。
言うまでもなく凍子が勝利をもぎ取った。
そして俺たちを除く成績が1番だったのは工藤さんだった。
「雄一郎君、私と映画行きませんか!?」
景品のペアチケットで選んだ相手は雄一郎。
まぁ当然ちゃあ当然。
「お、俺は凍子さんがいるし……」
「そっか……」
勇気を出した誘いに断られて涙目の工藤さん。
あーあ。と同じクラスの生徒たちから冷ややかな目線が雄一郎を一斉に撃ち抜く。
「あー、えっと……」
いたたまれない雄一郎。
以外にも助け舟を出したのは凍子だった。
「それじゃあダブルデートしよっか♪」
「「「えっ?」」」
「先生は『その日』と言いましたよね?明確にテストで勝った日とは言ってません」
「そうですね」
「『その日』とは日時を指定出来ると捉えられます。そしてこの女以外なら健人と接触してもいい。そういうことでは無いですか?」
「屁理屈にも聞こえますがそうですね。天野さんが勝った以上、健人さんを独り占めできる権利の日の指定は自由。そして
『その日』に緑葉さんが関わらなければいいのです」
という流れになった。俺と凍子。そして工藤さんと雄一郎のダブルデートが決行されたのである
「工藤さん、緊張してる?」
「えっ!?いや、ソンナコトナイヨ……」
カタコトー。
キャミソールに薄手の黒いシャツ。心無しかいつもよりメイクに気合いが入ってる気がする。
雄一郎、この子を本気にさせた罰は重いぞ。
ソワソワとピンク色で花柄の腕時計を何度も確認している。
俺もスマホを取り出し時刻を確認する。
現在時刻は9:50
集合時間は10:00
あ、今9:51に変わった。
「心配しなくとも雄一郎はあと5分位で来るよ。それよりも問題は凍子だ」
「天野さん?どうして?」
「あいつ遅刻魔だからな。早ければ10分遅れで済むけど、酷い時は1時間半位待たされたこともある」
「あはは……」
苦笑するしかないよなぁ。
「おーっす健人ちゃん、工藤さん」
「あっ!雄一郎君!」
さっきまでの強ばっていた表情はどこへやら。満開の花が咲いた。
「待ちました?」
「ううん、今来たところ」
おおーっと、漫画やアニメやドラマでよく聞く「今来たところ」いただきましたー。
俺より早く来てたんだぞ、この子。
「雄一郎、凍子と会ってないか?」
「いや、俺は知らない」
現在時刻9:58
遅れなければいいがなぁ。
「お待たせー♪」
おっ、今回は間に合った。
って
「凜々!?」
「ごめんね、健人ちゃん。ルール破って。でもこうでもしないとこの女絶対遅刻するから」
「勝手に上がり込んできていい迷惑だわ」
「遅刻して健人ちゃんの好感度下げるよりよっぽどマシでしょ?」
「くっ……!」
どうやら凜々が連れてきたらしい。
「ありがとう、凜々。でも今日は……」
「うん、分かってる。私はこれで帰るね」
「おう、落ち着いたら連絡する」
「まるで単身赴任する夫とその妻みたいね」
「正妻の余裕だね」
ジトー。
凍子が睨みをきかせる。
「まぁいいわ。今日1日健人を独り占めできるんだから」
「雄一郎と工藤さんもいるからお手柔らかにな」