紅葉ルート1話
呆然とする
俺は凍子の狂気の沙汰を呆然とするしか無かった。
グサッ。凍子が手にしたそれは凜々の心臓を突き刺した。
「結局、こう……なる、の……?」
配管が壊れてそこから勢いよく水が吹き出すように、凜々の胸から血が雨のように俺たちに降り注いだ。
「り……り……?」
返り血を浴びた体なんてどうでもいい。
俺は倒れた凜々を抱いた。
グタッと力なく首が、腰が、足が、手がだらんとしていた。
そして、彼女の瞳は生気を失っていた。
「凜々……!嘘だよな!?凜々!」
何度呼びかけても返事は無い。
もう凜々の命は……。いや考えたくない。だって、だってこんな別れ方アリかよ……!
「次は健人、あんたよ」
凍子が凍てつくような冷たい声調で俺に刃を向ける。
ああ、俺死ぬのか……。
凜々がいない世界なんて生きてる意味ないよな。
あるがままの運命を受け入れよう。
悟った。
俺はもう死んでいい。
向けられる刃がスローモーションに感じ、凜々たちとの楽しかった日々が蘇る。
これが走馬灯かぁ。
「そこまでです」
声がした。瞬間、ボンと凍子の首が吹き飛んだ。
「え……!?」
理解不能理解不能。
凍子の首から上は消し飛び、ドサッと胴体だけが倒れた。
屋上の出入口には右腕をこちらに向けた神先生が立っていた。
「先生、これは……!?」
「天野凍子さんが約束を破った罰です」
「どういった約束をなさっていたのですか?」
一緒に血まみれになった紅葉さんが先生に訊く。
「緑葉凜々さんと今村健人さんを殺めようとしたら頭を吹き飛ばすと言う約束です」
「なんで……?なんで凜々が死ななきゃならなかったんですか?」
「それについては運命だった。そうとしか言えません」
淡々と述べる。
「先生は確か本物の神様でしたよね?凜々が死ぬ直前まで時間を巻き戻せませんか!?」
一縷の望みを込めた。
「できます」
「だったらお願いします!凜々を助けてください!」
「無理です」
「なんでですか!?」
「元々私はあなた方の味方ではありません。世界の行く末を見守ることしか出来ないのです」
「別次元では手助けしてるのに、ですか?」
「それはあの次元ではそうした方がいいと判断したまでです」
紅葉さんと神様の会話の意味が理解できない。
「今村健人さん。これはあなたが選んだ結果です。呆然と立ち尽くさなければ、変えられたかもしれなかったのです」
「俺のせいって言いたいんですか?」
「当たらずとも遠からずですね。人生は岐路だらけです。正しい道を進めなかった自分を恨んでください」
それだけ告げて去っていく先生。
「あ、そうそう。この事件のことは私の力で大事にはしないので、安心してください」
屋上から去っていくと、コンクリートと俺と紅葉さんを覆っていたどす黒い血は綺麗に無くなっていた。
凜々と凍子の姿も消えていた。
あれからどれくらい経っただろう?
俺はあの時から、自分の部屋に閉じこもっていた。
雄一郎や明菜さん。紅葉さんも様子を見に来てくれていたが、全て無視していた。
体が重く、食欲もない。
どんどんやせ細っていくのがわかる。
毛布を被り、部屋の電気はつけずにいた。
完全に引きこもりのそれである。
親父も事情を把握していないながらも俺の状態を気にかけてくれていた。
「父さん仕事行ってくる。ご飯は部屋の前に置いておいたから出来たらでいいから食べなさい」
ドア越しで聞こえる父の声。
どうでもよかった。
俺はこのまま餓死しよう。
ガチャ、家の扉が開く音がした。
行ってらっしゃい。
心の中で、そうつぶやく。
「あれ?君は?」
「健人さんの友達です。彼の様子を見に来ました。上がってもよろしいでしょうか?」
父親が誰かと話している。
声的に紅葉さんか?
「どうぞどうぞ。事情を知らないオレだとあいつの心は癒せないから任せました」
「ありがとうございます」
めんどくさいなぁ……。
タッタッタッと足音が響く。
コンコンとノックが鳴る。
「健人さん、いらっしゃるのでしょう?」
いません。あなたの知ってる今村健人はもういません。
「いらっしゃる前提でお話します。夏休みに海で話したことを覚えてますか?」
確か、紅葉さんも転生する前に皆殺しにした時奴らがこの世界にいるって。確か凜々の因縁の相手がいるって……。
いや、もうあいつはいないんだ。どうでもいい。
「緑葉凜々さんはもう居ません。ですが、その因縁の相手はこの世に残ってます。前世で凜々さんと過ごせなかった空白の期間、知りたくありませんか?」
「それは、知りたい」
思わず口にしていた。
自分でもびっくりするくらい、か細い声だった。
だが彼女には届いていたようだ。
「でしたら!ここでいつまでも引きこもっている訳には行きませんね!」
バンッ!
元気よくドアが開け放たれた。
暗い部屋、毛布に身を包んだ俺を見据える。
「今村健人さん。わたくしに、いえ。あなたの知らない記憶を呼び起こしましょう!」
手を差し出された。
俺は震える右手でその手を取った。