凍子ルート3話
side凍子
「お母さん、料理教えて」
「どうしたの?急に」
家に帰り、母親に頭を下げる。
「恋人ができて、その人にあたしの手料理を食べさせてあげたいの」
照れくさくて、顔が熱くなる。
「もしかして、健人くん?」
「うん」
「へぇー、健人くん、あんたを選んだんだ」
母親の声のトーンが嬉しそうに跳ね上がる。
「いいわ、教えてあげる」
「ホント!?」
ガバッと顔を上げる。
「ええ、可愛い娘のためだもの。でも、やるからには本気よ」
「うん!」
凍子と付き合い始めて1ヶ月ほどが経過した。
最初クラスメイトの話題はなぜ俺たちが付き合ったのか、その話題で質問攻めされていた。
いまでは落ち着きつつある。
季節は秋。
紅や黄色といった、いわゆる紅葉が桜とは違う美しさを際立たせる。
そしてちょっと肌寒い。
コートはまだ早いが、衣替えで黒い学生服は俺含めて男子生徒の身体の温度を暖かく保つには十分だった。
「ねぇ、健人」
「うん?」
隣を歩く凍子が俺の顔を覗き込んでくる。
「今日、お昼どうするつもりでいた?」
「テキトーに学食で済ませるつもりだった」
「あのね、あたし、あんたの為にお母さんから料理を教わったの」
「本当か!?」
「うん、まだまだ美味しくできてる自信はないけど、あんたに食べて貰いたくて……いいかな?」
料理苦手な恋人が彼氏のために苦手なことを、頑張ってくれたことに胸が熱くなる。
「もちろんいいぞ」
「やった!」
嬉しそうなこいつの笑顔でこっちもいい気分になる。
今日の昼楽しみだなぁ。
そして迎えました昼休み。
ガタガタと凍子と机を合わせる。
「はい」
出てきたのは、黒い2段弁当箱と小さな弁当箱。
「あんたのはこっち」
2段弁当箱を渡される。
「おう、サンキュー」
ウッキウキで弁当箱を開ける。
出てきたのは、水分でびちゃびちゃなおかずたち。
卵焼きも水を含んでいる。
きんぴらごぼうも水を含んでいる。
冷凍であろう、なにかのコロッケもそうだ。
正体は多分、こいつだ。
ベチャベチャなほうれん草のおひたし。
多分、水分を切り取ってなかったのだろう。
「………………」
「………………」
「ごめんね、こんな不味そうなので」
「いや、まだ食べてないから不味いかどうかはわからん」
「でも……」
「お前が俺のために作ったんだろ?ならどんなものでもいただくさ。残したら調理された命たちに失礼だ」
「健人……」
おおー!とクラス中から歓声が上がる。
「これがモテる男の言動……!」
なんか持ち上げられていた。
下段の箱も開ける。
こちらは米なのだが、こちらも水分が多く、ベタベタだった。
「いただきまーす!」
意を決して両手を合わせて食べ始める。
「………おお………!?」
「どうかな?」
おずおずと言った感じで感想を求められる。
「いや、たしかにベチャベチャなんだけど、味自体は美味いぞ」
「ホント!?」
「おう。卵焼きは醤油と砂糖で甘いし、きんぴらごぼうもいい感じのピリ辛さで、普通に美味い」
「良かった〜。まだまだだけど、そう言ってもらえて安心した」
弁当を作ってきてくれた俺の彼女も安堵していた。
クラス中の注目が集まる中、面白くなさそうだったのは凜々と雄一郎だった。
方やほぼ付き合っていた相手を盗られた。
方や前世からの巡り合わせで苦しんでいた。
工藤明菜さんはと言うと、そんな雄一郎から距離を取っていた。
「明菜、大丈夫?」
「元気ないぞー?」
吉原さんと井上さんが、心配そうに声をかけるのが聞こえた。
「あはは……私は大丈夫だよ」
どう見ても空元気だ。
あの子と雄一郎のことは2人の問題だが、その亀裂を作った要因は俺にもあるため、少しだけ胸が痛んだ。