間話 始まりの予感
※新米冒険者トール視点
俺の名前はトール。
中央大陸北部ソラニー山脈の麓にあるノスタ村の生まれだ。
俺は昔から英雄に憧れていた。
きっかけは婆ちゃんが聞かせてくれた英雄譚だった。
昔むかし、この国が戦争をしていた頃。冬将軍、そう呼ばれる将軍がいたらしい。彼はちょうど今のノスタ村がある辺りで敵と戦ったそうだ。
冬将軍が一睨みすれば万の軍勢も震えて足を止め、
腕を振るえば千の兵士が倒れ伏し、
術を紡げば百の術士は皆凍りつく。
流石に嘘だ、作り話だと言ったら婆ちゃんは村外れにある古ぼけた石碑を見せてくれた。
婆ちゃんが話してくれた冬将軍の話と同じことが書いてあった。ほんとにそんなすごい人がいたんだと子供心に感動したのを覚えてる。
そして俺もこうなりたいと思った。
石碑を建ててもらえて、後世まで語り継がれるくらいすごいことをしたいと思った。
それから俺の英雄になるための特訓の日々が始まった。2人の幼なじみのアレクとビルも巻き込んで棒切れを振り回したり、かっこいい必殺技を考えたり、大人の目を盗んで裏山に入ったり。
そんなこんなで俺は15歳になり成人した。村を出て念願だった冒険者になり、アレクとビルとパーティーを組んだ。
パーティー名は「冬将軍」、リーダーは俺。
今はまだFランクだけどすぐにSランクになるんだ。
ほんの数日前までそんなことを思っていた。
今俺達の目の前には3メートルはありそうな巨大なイノシシ型の魔物がいる。後ろは崖で逃げ場もない。
割のいい依頼だと思ったんだ。
依頼内容はこの森に生えている薬草の採取。
森が危険なことは知ってたけど森の入口付近でも見つかるって話だったから。
奥まで入らなければ強い魔物も出てこないって聞いたから。
でも何事も絶対なんてないんだって今さら理解しても遅かった。
俺じゃこいつに勝てない。殺される、死ぬ、怖い。
足が震える。
今すぐ泣きながら逃げ出したい。
でも、どうせ死ぬんだったら最後まで立ち向かって格好良く死のう。きっと俺が憧れた英雄ならそうするから。
ビルとアレクも同じように思ったのだろう。何も言わずともそれぞれの武器を構えて俺の隣に立ってくれた。
ほんと、俺にはもったいないくらい最高の仲間だ。
覚悟を決めて剣を構えたとき、何かが落ちた。
ゴウッという風切り音が聞こえたかと思った直後、ズシャッという音がした。
そして、ゆっくりと目の前の魔物が倒れ伏し、血だまりが広がる。
「・・・は?」
突然すぎて何が起きたのか分からない。俺達はただ呆然と突っ立っていた。
誰も動けないまましばらく静寂が流れる。そこに、また何かが落ちてきた。それは木に突っ込んでメシメシ、ボキッと音をたてて血溜まりに落っこちた。
それは、人間だった。
相変わらず何がどうなってるのか全く理解できないが、何か壮大な運命が動き始めたんじゃないか、ただ漠然とそう思った。