第4話 バイバイ、行ってきます
人間界への行き方の方針が決まってからはトントン拍子にいろんなことが進んだ。
岩の圧縮も無事にできて私の身長くらいあった大岩は拳大くらいのサイズになった。その岩に持ちやすいように紐をくくりつけたら完成だ。
手こずったことがあるとしたら最初に圧縮した岩が地面にめり込んで取れなくなり、1つ余計に作らないといけなくなったことぐらいだ。
とにかくそれ以外は順調に進み、今日は早めに寝て明日の早朝、まだ暗いうちに出発することになった。
その日の晩は早く寝ないとと思いながらも明日のことを考えるとなかなか寝付けなくて、隣で寝ているライラに声をかけた。
「起きてる?」と聞くと「起きてるよ」と返事が返ってくる。
「ライラはさ、なんで人間界に行こうと思ったんだ?」
「んー普通に堕天使になっちゃったからこっちでは暮らしてけないし、、、あとは人間みたいに生きてみたかったから。使命も責任もない代わりにたくさんの選択肢がある人間の子供みたいにね」「私はもう子供とは言えないかもだけど少なくともまだ大人じゃないでしょ?だから今の内に行かないとなって思ったの」
「そっか」
「ねぇ、セレナちゃんはなんで一緒に来てくれるの?」
「私もライラをずっと匿っとくのは無理だろうなと思ってたから」「それに、、、」
「それに?」
「なんか、面白そうだな〜って」
「ふふっ何それ」
「こんな理由じゃダメか?」
「ううん、最っ高」
何が面白かったのかライラがずっとクスクス笑ってるから私もつられて笑ってしまう。
そのまま気が済むまで二人で笑って、いつの間にか私達は眠りに落ちていた。
翌朝私達は予定通りの時間に起きて、、、
いや「あと5分だけ」とか言ってるライラを叩き起こして家を出た。
そうして、人間界ヘ降りれる穴までたどり着いた。
ここまで来ると、なんだか急に今から遠いところに行くんだなという実感が湧いてくる。今更行くのをやめるつもりはないけど、なんとなく後ろを振り返った。
まだ薄暗い中で見る街はなんだか知らない場所みたいだった。
そういえばこのくらいの時間にこの辺りに来たことは今までなかったように思う。
ここでの日々は全体を見ると退屈だった。でも、16年も過ごせば新しい発見も大切な思い出もたくさん出来た。
そして、これからも何十年とここで過ごせばそういうものはゆっくりと、でも確実に増えていくのだろう。
それもきっと1つの幸せの形だと思う。
ライラも何か思う所があるのか街並をただ黙って眺めていた。私達がしばらくそうしていたら、ふいに後ろから光が差した。
驚いて振り返ると太陽が地平線から顔を出していた。日の光に照らされて見慣れた街並みが戻ってくる。
「行こっか」
ライラの呟きに私は無言で頷いた。
穴の縁に立ち、飛び降りる直前に私達はもう一度振り返って
「バイバイ」
「行ってきます」
それぞれに故郷に別れを告げて飛び降りた。
飛び降りると同時に魔法袋から準備していた重りを取り出す。その瞬間すごい勢いで下ヘ下へと引っ張られ始めた。
ごうごうと耳元で風が唸る。
どんどんスピードが上がっていくのが分かって結構怖いな。
そんなことを思っていると次の瞬間、横から風魔術でも食らったんじゃないかと思うくらい強い衝撃を受ける。
そして、息をつく暇も無く今度は反対側から、前から、後ろから、風が吹き荒れる。
暴風地帯に入ったのだ。
私達が作った重りは暴風の中でもまっすぐ下に落ちて行く。
でも私自身はそうもいかない。吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか紐にしがみつく。
これは想像以上にヤバい。
一瞬でも気を抜けば身体を風に持っていかれそうになる緊張感、そうなったらもう二度とここから抜け出せないだろうという恐怖、あとどれだけ暴風地帯が続くのか分からない不安。
心拍数が上がる、息が荒くなる。
・・・これ、すっごく楽しい
私はこういうスリルを求めてたのかもしれない。
腕が痺れてきて再び楽しむ余裕がなくなって来た頃、ようやく風は収まった。ちらりと周りを見るとライラも無事だった。顔は真っ青だし目もグルグルしてたけど、とりあえず無事は無事。
第一関門突破だ。
次は第二関門。現在私達は重りを持って落下していたためすごいスピードになっている。
重りを手放せば加速はゆっくりになるが、それだと重りが落ちた先に誰かいたら死んでしまうだろう。
だからこの重りをもう一度魔法袋にしまう。
これが落ちながらだと結構難しい。それでもなんとか紐をたぐり寄せて魔法袋に突っ込むことに成功した。
「うわあぁあぁぁぁ!」
ホッとしたのもつかの間、ライラがすぐ横を悲鳴を上げながら通り過ぎる。重りをまだ持ったままだ。
やっぱり無事じゃないかもしれない。
とにかくライラに追いつくために風魔術で落下を加速させて、なんとかライラの足首を掴む。そのまま落下スピードをおとそうとするが、重りに引っ張られてどんどん加速していく。
そうこうしてるうちにいつの間にか雲を突き抜けて眼下に地上が見え始める。
森だった。
人がいそうな気配はない。
それを確認して、私は思いきってライラが握っている紐を魔術で断ち切った。
そこからはもう力技だ。
いつの間にか気絶してたライラを抱え直し、羽を広げて空気抵抗を大きくして風魔術で下から上に風を巻き上げる。
このままだと死んでしまうので文字通り必死だった。
でも、勢いを殺しきれずに葉の生い茂った木に突っ込む。枝をいくつかへし折りつつも、枝に引っかかるような形でなんとか地面に衝突する前に止まった。
と思ったが、とりあえず体勢を整えようとして身動きをした瞬間ボキッと音がして地面に落っこちた。
こうして、なんとも締まらない感じで私達は人間界に降り立った。