君に染まる
退紅と言い表すのが相応しいのだろうか。
紅く染まる桜は花びらを撒き散らし、その木の下で女は笑っていた。
女は腰あたりまである長髪を持っており、肌は月のように淡いのである。
女の秀麗さはただ美しいというだけでは言い表せず、その燦然たる輝きは、
磨かれ光を浴びた金剛石のようで、人とは思えない。
して、その眼光は、私の眼を握りつぶしてしまいそうで、恐ろしささえ私に感じさせていた。
何故に私は女に恐怖を抱いているのか。
天まで登らんとする欲望か。
それともはたまた、自らが赫赫とした光源とならんとする本能か。
季節は桜が花開くには早すぎる如月。
この女と出会ったのは私立の高校受験日。
公立高校を目標としている生徒にとっては、滑り止めの受験は保険でもあるが、
同時に受験への危機感をある程度削がせてしまうものであり、
決して一様に必要であると言えるものではない。
それは今日私立を受験した自分にも言えることで
ここで気を抜いてはならないことをわかっていながらも、
固まっていた身体が和らいでいくのがわかった。
やはり、緊張が解けたからなのか、
疲労感と共に今まで見ていたものとは全く違う情景が目に飛び込んでくる。
見慣れた級友の顔ぶれ、見ず知らずの偶然的な出会いの他人、
安心感が顔に現れている教師などなど。多種多様な人の顔が脳髄に入り込み、
情報過多を起こしつつも自分に安心感を与えてくれる。
実を言うと、この瞬間が自分の中で一番好きなタイミングであったりもする。
さらばと、級友に言葉を残して人の流れに身を任せ、校舎からまろび出ると、
眼前にはいまの時代の繁栄を色濃く写したかのような孤独な狂気が踊っていた。
その女は私の心の臓の脈拍で滑るかの如く舞っている。女の動きはだんだんと早くなり、
私の呼吸を荒くする。それが私には不気味で不気味で仕方がない。私にはわからない。
女がおかしいのか。
私がおかしいのか。さらに女は真紅の衣に身を包み神への捧げ物にでもならんとするのか、
懐からぬらりと刃物を取り出し自らに突き刺し鮮血を噴き上げる。
辺りには吐き気を催す香りが充満する。あゝどうして。
私に血飛沫を浴びせないでおくれ。誰を祝福しているのか教えておくれ。
私は身体を紅く染めながら今日に終わりを告げた。
あの女に会ってからほぼ一年。
私は数少ない旧友と共に滑り止めの私立へと通っていた。
不本意ながら、第一志望の公立高校へは落ちてしまった。
しかし、住めば都といったところか。屈辱感に侵されていた私は今やある程度に浄化され、
周囲の生徒と共に、一般的な高校生活といっても大きな間違いはないであろう日常を送っている。
だが今も脳裏を埋めつくす、あの日の光景は色褪せることなく私の記憶の彼方で存在し続けている。
螺旋のようにぐるぐると。ぐるぐると。
私は女の存在を忘れる事はできないだろう。
私は今でも女の幻影を探している。
されども、私はあの日以来女の姿を見ておらず、女がいた場所にはただの淡い色の桜が鎮座しているだけである。
叶うのならあの日の女にもう一度だけ退紅に染めてほしい。
あゝ女よ何故喚く
あゝ女よ何故喚く
到来が悲しいのか
忘却が嬉しいのか
去ってしまう前に教えてくれ
初めての作品です