第3話:禁忌の森への誘い
「クラリス、あなた…」
エリザベスの目が細くなった。疑念の色が浮かんでいる。
「事実を述べただけよ。私は無駄な争いが嫌いなの」
茶会の後、私は急いで王宮を後にした。今日のやり取りで、周囲の警戒心を強めてしまったかもしれない。だが、これが私の選んだ道だ。原作のクラリスのように憎まれ役を演じるのではなく、自分の道を切り開くために。
王宮から戻る馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。フィラディア王国の美しい街並み。魔石の灯りが灯る夕暮れの街は、まるでおとぎ話の世界のようだ。
《これが私の書いた世界なのに、実際に見るとこんなにも美しいなんて》
どこか郷愁を感じる風景。まるで遠い記憶の中にあったような、懐かしさ。
馬車が公爵邸に近づいた時、不意に激しい頭痛に襲われた。
「っ…!」
閃光のように過ぎる断片的な映像。パソコンの前で打ち込むキーボード。画面に浮かぶ禁忌の森の風景。そして、一人の男性の姿――。
黒い髪と紅玉のような瞳。冷たい表情の中に秘められた孤独。
《ハイン・ヴァンデルク――魔王》
私が創り出したキャラクター。ゲームの中で最も複雑な過去と感情を持たせたキャラクター。主人公の攻略対象ではあるが、最も難易度が高く、多くのプレイヤーが彼のルートを諦めてしまう。
「なぜこんなに懐かしく感じるのだろう…」
頭痛と共に、奇妙な感覚が胸に広がる。まるで大切な人を思い出すような、切ない感覚。
馬車から降りた私は、突然の衝動に駆られた。
「今日はこれから散歩に出かけます。誰も同行しないで」
執事が心配そうに止めようとしたが、私は聞く耳を持たなかった。
足が勝手に動き出す。心臓が早鐘を打つ。
行かなければならない場所がある――。そう直感が告げていた。
城壁の外、禁忌の森へと続く小道を、私は一人歩き始めた。
日が暮れ始め、空は茜色に染まっている。本来なら恐ろしいはずの禁忌の森も、この時間は妙に美しく見える。
「どこに行くつもりだ?」
突然、背後から低い声が響いた。