第2話:王女との茶会
フィラディア王国の王宮は、水晶と魔石で装飾された白亜の城だった。
青い魔石が埋め込まれた壁や天井からは柔らかな魔力の光が漏れ、廊下を歩く貴族たちの姿を幻想的に照らしている。
「クラリス・フォンティーヌ様がお見えです」
執事の声に、茶会場の視線が一斉に私に向けられた。
原作でのクラリスは高慢な態度で周囲を威圧する設定だが、今の私にそんな余裕はない。とにかく無難に、でも弱さは見せず――。背筋を伸ばして会場に入った。
「クラリス、いらっしゃい」
聞き慣れたマイクの声――いや、違う。銀色の髪を美しく流したエリザベス王女が、優しい微笑みで私を招き入れる。彼女が演じるのは、ゲームの主人公役。
エリザベスの隣には、二人の貴公子が控えている。一人は赤銅色の髪を持つ騎士団長、アレクシス・ローデン。もう一人は儚げな雰囲気の銀髪の神官、ユリウス・バルトン。どちらもゲーム内での主人公の攻略対象だ。
「お招きいただき光栄です、王女様」
私は丁寧に膝を折り、礼儀正しくお辞儀をした。この反応に、周囲からは小さなざわめきが起こる。普段のクラリスならもっと高飛車な態度を取るはずなのだ。
「あら、今日はずいぶん丁寧ね。体調でも悪いの?」
エリザベスの問いには、皮肉が隠されている。ゲーム通りならここでクラリスは意地の悪い返答をして場の空気を凍らせるのだが…。
「少し考え事があって。王女様のお優しさに感謝します」
穏やかに返答すると、エリザベスは一瞬驚いた表情を見せた後、微笑んだ。
「そう。ならよかったわ」
茶会は意外にも和やかな雰囲気で進んだ。私は極力争いを避け、でも自分の立場も守るような言動を心がけた。侮られれば、ここでの生存がさらに難しくなる。
「クラリス、最近禁忌の森の近くで見かけたという噂は本当かい?」
突然、アレクシスが鋭い眼差しで私に問いかけた。場の空気が一気に緊張する。禁忌の森――そこは魔王の領域だ。
「噂話にご興味があるのですね、騎士団長」
私は優雅にお茶を一口含み、冷静さを装った。内心は動揺していたが、それを表情に出すわけにはいかない。
「単なる散歩よ。城内では息が詰まることもあるでしょう?」
「禁忌の森は危険だ。もし魔王に見つかれば…」
「でも、魔王は私たちに危害を加えたことはないわ」
思わず口にした言葉に、会場が凍りついた。




