第10話:夜会への準備
夢は徐々に薄れていくが、胸に残る感情は強く、鮮明だった。
ハインが言っていた「永遠の約束」。それは、前世の私が死に瀕した時に交わした誓いなのか。
窓の外はまだ暗い。夜明け前の静寂の中、私はハインからもらった赤い石を握りしめ、明後日の夜会に思いを巡らせた。
彼の言う通り、それは罠かもしれない。でも、もはや逃げることはできない。クラリスとしての運命を変えるためには、立ち向かうしかないのだから。
「あなたの物語を、私が書き換えてみせる」
固い決意と共に、私は再び眠りについた。
夜会の日、私は普段以上に入念に準備を整えていた。
ドレスは挑発的な赤ではなく、落ち着いた深い藍色を選んだ。原作のクラリスが夜会で着ていた赤いドレスとは正反対だ。髪型も、いつもの傲慢さを象徴する高く結い上げたものではなく、柔らかなウェーブを活かして肩に流した。
「クラリス様、こちらでよろしいですか?」
侍女が差し出した宝石箱には、クラリス家に代々伝わる高価なルビーのネックレスが入っていた。原作では、このネックレスがエリザベスの部屋から盗まれ、クラリスの欺きの証拠として使われる場面がある。
「今日はいらないわ」
代わりに、シンプルな真珠のネックレスを選んだ。
準備を終えると、窓際に立ち、遥か彼方に見える禁忌の森を見つめた。ハインは今、何をしているだろう。私を見守っているのだろうか。
無意識のうちに、彼からもらった赤い石を握り締めていた。石はかすかに温かく、手のひらに心地よい重みがある。ポケットに滑り込ませ、深呼吸した。
「さて、行きましょう」
この夜会が、原作と同じ結末を迎えるのか、それとも新たな展開を見せるのか——全ては私の行動次第だ。