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壁になった女の子 ——その4

――もう何十年も昔、椰子木高校に通っていた女子生徒が行方不明になっているんです。

彼女が最後に目撃された場所は体育館。いえ、正確に言えば「体育館の建設現場」でした。当時、我が校の体育館は建て替え工事の真っ最中だったからです。

女子生徒とその友人グループは、ほんの興味本位から建設現場に忍び込みました。うまく侵入できて調子に乗った彼女たちは、建設現場でかくれんぼをして遊んでいたのだといいます。


すぐ大人に見つかって、こっぴどく叱られてしまったみたいですけどね。でも……学生たちが追い出されたとき、一人だけ建設現場から出てこなかった生徒がいました。

そう、それが件の女子生徒です。しかし彼女の友人たちは当初、そのことを深刻に捉えてはいませんでした。おそらく女子生徒は叱られるのが嫌で、どこかに隠れて逃げるチャンスを伺っているのだろうと思われていたからです。

もしかすると他のメンバーが叱られている間に、隙をみて脱出したのではないかという意見もありました。事実、いくら待っても彼女は戻ってこなかったので、友人たちも「きっと先に帰ったのだろう」と納得せざるを得ませんでした。


ところがその夜、女子生徒のご家族から捜索願いが出されました。結局、彼女は家にも帰っていなかったのです。

翌日、翌々日、どれだけ時間が経過しても女子生徒は戻ってきません。建設現場でのかくれんぼ中に目撃されたのを最後に、彼女は忽然と姿を消してしまったのです。

もちろん友人たちの証言により、建設現場でも徹底的な捜索活動が行われました。しかし警察による捜査でも手がかりひとつ見つからず……女子生徒がどこに行ってしまったのかは、事件から数十年経った今でもわかっていません。


ただ、この事件にはこんな闇深い噂があるんです。いなくなった女子生徒は体育館の壁の中に埋められてしまったんじゃないか、って。

学生たちが侵入を決行した日、建設現場ではちょうどコンクリートの流し込み作業をしていたそうなんですよ。何も知らずに隠れる場所を探していた女子生徒は、まだ固まっていないコンクリートに誤って転落してしまったのかもしれません。

重くて粘り気のあるコンクリートの沼に一度嵌れば、か弱い女子生徒の力では到底抜け出せないでしょう。ずぶ、ずぶ、ずぶ……ともがくほどに沈み、彼女は体育館の壁の一部になってしまったんです。


彼女が埋まっている場所は、おそらく体育館裏の壁です。

なぜかって? 完成した体育館裏の壁に、苦悶の表情を浮かべる女子生徒の顔が浮かび上がるようになったからですよ。

暗くて冷たいコンクリートの壁の中から、こちらをじーっと睨んでくるんです。まるで助けを求めるみたいに、苦しそうな顔で……


そうそう、もしも一人で体育館裏を通るときは必ず目を伏せてくださいね?

"壁になった女の子"と目が合った人は、壁の中に引きずり込まれてしまいますから。



***



「……っていうのが"壁になった女の子"っていう怪談なんすけどね! どうすか!? 怖かったっすか!?」


放課後の椰子木高校生徒会室。いつもは元気ハツラツな蟷螂坂だが、怖い話のときだけ声色と口調を変えてくるのが非常にズルい。

俺はとっておきのポーカーフェイスで「いや、全然コワクナイ」と言ってやったが、蟷螂坂に「足震えてんじゃないすか」と言い返された。


「よくもまぁ、そんなにガクブルで幽霊が怖くないだなんて言えるっすねぇ」

「いや待て、蟷螂坂。そもそも俺は"放送室の幽霊部員"について教えてくれと頼んだはずだが。どうして急に、まったく無関係な怖い話をしたんだ。泣かす気か」

「泣く可能性まであったんすね」


今日ここへ蟷螂坂を呼んだのは、放送部部長の肩書きをもつ彼女に"放送室の幽霊部員"について聞くためだった。放送部員はユウレイラジオに一切関与していないという話だったが、念のための聞き取り調査である。

DJユウレイの正体こそ知らなかったとしても、我が校屈指のオカルトマニアである彼女なら、真相の解明に繋がるヒントをくれるのではないかと期待していた……のだが。


「"放送室の幽霊部員"かぁ……あれ、あんまり怖くないからアタシ的にはイマイチなんすよねぇ……」


どういうわけだか彼女は"放送室の幽霊部員"の情報提供に非協力的だった。

聞いてもいない怪談はいくらでも語ってくれるくせに、珍しくこちらから頼むとこの態度である。


「そもそも放送部は、本当にユウレイラジオに関わってないんすよ。なので当然、DJユウレイの正体も知らないんす」


蟷螂坂は「前にも隠神センパイに脅さ……聞かれたことがあったんすけどね」と付け加え、気まずそうに隠神に視線をやった。当の隠神はこちらの会話など意にも介さず、並べたパイプ椅子の上で寝こけている。

以前、隠神がDJユウレイの正体を調べるために放送部に乗り込んだ際には蟷螂坂が対応してくれたそうだ。隠神に脅す意図はなかったのだろうが、なにしろアイツは圧が強い。悪名高い"椰子木の怪物"に詰め寄られ、蟷螂坂のほうは軽くトラウマを抱えてしまったようだった。


「そーゆーわけなんで"放送室の幽霊部員"に関してアタシから協力できることはないっすね。申し訳ないっすけど」

「まぁ、その件については承知した。して、それと"壁になった女の子"とかいう怪談を俺に聞かせたのには何の因果関係があるんだ」

「生徒会が百鬼椰行の調査を始めるって聞いたもんで、せっかくなら情報提供にご協力しておこうかと。今後は"放送室の幽霊部員"以外の調査もするんすよね?」


そう。隠神との約束を機に、我が生徒会はこの春から新たなる公約を掲げることとした。それはずばり「百鬼椰行の撲滅」である。

百鬼椰行の存在に怒りを覚えているのは隠神だけではない。誰あろうこの俺も、百鬼椰行を嫌悪する者の一人だった。無数のオカルトが巣食うこの学校では、我が理想的な青春を送れないからだ。

俺は、人生でたった一度の高校生活を蝕む百鬼椰行が憎い。隠神は、ユウレイラジオの風評被害をふりまく百鬼椰行が憎い。何から何まで真逆な俺と隠神だが、オバケが嫌い、百鬼椰行を潰したい、という目的だけはピッタリと一致していた。

卒業までに残された時間は一年足らず。それまでに俺は、必ずや百鬼椰行を消し去ってやろうと野望を燃やしていた。今さら動き始めたって、かつて夢見た青春を送るには時間が足りないかもしれない。それでも俺は生徒会長として、オバケのいない学園づくりを推し進めていく! それが俺なりの母校への恩返しであり、我が青春を食い潰してくれた百鬼椰行への仕返しなのだ。


「ぜーんぶ解決するつもりなら、百鬼椰行の情報をたっくさん集めなきゃっすよね? そこで不肖、オカルトマニアのこのアタシが情報提供を買って出ようってワケっす! 堂々と会長に怖い話を聞かせられるチャンスですし!」

「本音」


ともあれ、百鬼椰行の調査を行う上で蟷螂坂の協力が得られるのは心強い。この後輩は臆病者に怪談を聞かせてハァハァ言うのが趣味の変態ではあるが、オカルトの知識だけは誰よりも豊富なのだ。

百鬼椰行は気が遠くなるほどに多く、俺たちの卒業までに残された時間は少ない。自力で聞き込み調査なんかしていたら、貴重な高校生活のラストスパートがオバケ図鑑の作成だけで潰れてしまうだろう。

その点、歩くオカルト図鑑の蟷螂坂がいれば、情報収集の手間はまるっと省けるのだ。


「……しかし最初は"放送室の幽霊部員"から調査しようと思ってたんだが、蟷螂坂が何も知らないんじゃ取っ掛かりがないな」

「そう思って、べつの怪談を持ってきたんすよ。肩慣らしってワケでもないっすけど、そっちから解決してみるのはどうすか? ね?」

「"壁になった女の子"だっけ? やけにその怪談を推してくるな」


そう聞いてみると、蟷螂坂は「実は……」と事情を語り出した。


「アタシの友達が最近、見ちゃったらしいんすよ。体育館裏の壁に浮かび上がる、女の子の顔」

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