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壁になった女の子 ——その3

「ユウレイラジオのパーソナリティ――DJユウレイは"本物の幽霊"だと思いますか?」


突拍子がなさすぎて、なにを聞かれているのか一瞬わからなかった。

先ほどの放送を思い出してみる。たしかにDJユウレイは番組内で「三途の川から生放送」だの「また来世でお会いしましょう」だのと、まるで自分が文字通りの"幽霊"であるかのような発言を繰り返していた。

しかしそれが単なるロールプレイングであることくらい誰にでもわかる。あんなにハキハキ喋る幽霊なんているわけがない。


「いや……本物なわけないだろ」

「さすがは和泉ちゃん、ご名答です。本物の幽霊はラジオ番組にレギュラー出演できませんからね」

「どうしてそんな当たり前のことを」

「どうしてもなにも。そんな当たり前のことすらわからない人間がこの学校には多すぎるからですよ」


続けて隠神は「"放送室の幽霊部員"という話を知っていますか?」と聞いてきた。俺はその話を知らなかったが、おおかた百鬼椰行の類であろうとは察しがつく。


「まさかそれって……」

「ええ。DJユウレイは本物の幽霊である、という怪談です」

「んなバカな」

「放送室を占拠した地縛霊がトーク番組を流している……って、そんな噂が流れているんですよ」


百鬼椰行には馬鹿げた噂も多いが、"放送室の幽霊部員"はとりわけ荒唐無稽な話だった。

いくらなんでも非現実的すぎる。平日の真っ昼間から全校生徒に向けてゴキゲンなトーク番組をお送りする地縛霊? そんなファンキーなオバケがいてたまるものか。


「普通、そんなことはあり得ないってすぐにわかりそうなものじゃないですか。でも、"放送室の幽霊部員"を本気で怖がる生徒は多いんです」


隠神いわく、"放送室の幽霊部員"は意外にも知名度の高い百鬼椰行なのだそうだ。ゆえに、この怪談を恐れている生徒の数も知名度に比例して多い。

人から人へと渡る過程で噂には尾ひれはひれがついてしまうもので。"放送室の幽霊部員"にも「ユウレイラジオを三分以上聴いたら死ぬ」だとか、「オンエア中の放送室に近づくと呪われる」だのといったバリエーションが生まれているらしい。


「おかげでユウレイラジオの聴取率は最低最悪です。クラスに一人でも"放送室の幽霊部員"を信じる子がいたら、スピーカーの電源が切られちゃいますからね」


そう言われてみると、自分の教室でユウレイラジオを聴いた覚えがない。つまり俺のクラスにも"放送室の幽霊部員"を恐れ、お昼になると自主的にスピーカーを切っている生徒がいるのかもしれない。

思い返してみれば俺がユウレイラジオを耳にするのは、廊下を移動している時がほとんどだった。廊下の天井に埋め込まれたスピーカーは生徒の一存ではオフにできない。ゆえに廊下はユウレイラジオが確実に聴ける貴重なエリアになっているわけだ。


「こんな噂、ちょっと考えればデタラメだってわかりそうなものだけどな」

「まったくの同感です。けれど……この噂には、実際に不可解な点があるんです」


隠神が顔を曇らせる。

「不可解?」と聞き返すと、隠神はこくりと頷いた。


「"DJユウレイ"の正体をだれも知らないんですよ」


通称"DJユウレイ"。本名不明・学年不明・学級不明。

ユウレイラジオのパーソナリティで、椰子木高校に通う男子生徒であるということ以外、彼の素性はほとんど何もわからない。

一体どこの誰がDJユウレイを名乗ってお昼の校内放送を行っているのか、誰も知らないというのだ。全校生徒はおろか、教師でさえも、DJユウレイの正体を把握していないと噂されている。


「誰も知らないって……そんなわけないだろ。放送部の生徒じゃないのか?」

「ところがここ数年、放送部には女子生徒しか在籍していないようでして」

「だとしても放送室に出入りしてるなら、放送部の子たちはDJユウレイと面識がありそうなもんだけどな」

「そう思って放送部の皆さんにも聞いてみたんですが、みんな『知らない』の一点張りなんです」


以前、隠神は放送部に「DJユウレイに会いたい」とかけあってみたことがあるのだという。

放送部の回答はこうだ。「自分たちはお昼の放送に関わっていない」「ユウレイラジオは放送部とは無関係な人物が担当している」と。あくまで隠神の所見だが、放送部員たちが嘘をついている様子はなかったそうだ。

ユウレイラジオに放送部が関与していないのだとすると、DJユウレイはたった一人でお昼の放送を回しているか、あるいは放送部とは別のサポートチームを独自に結成しているということになるだろう。


「徹底してるな。覆面レスラーならぬ、覆面パーソナリティってわけか」

「ええ。それで私、放送室前で出待ちしてみたんですよ」

「おいおい、本人が素性を隠してるなら何か事情があるんだろう。そこは深追いすべきじゃないと俺は思うぞ」

「正体を暴いてどうこうするつもりはありません。ただDJユウレイが生きた人間だと、自分の目で確認しておきたかったんです」


ある日の昼休み、隠神は放送室の前で待ち伏せていた。"放送室の幽霊部員"なんて噂は嘘っぱちだと証明するためだ。

DJユウレイだって椰子木高校の生徒には違いない。放送が終われば、午後の授業に出席する必要がある。だからユウレイラジオ終了後、放送室の入り口で待っていればDJユウレイに会えると隠神は踏んでいた。


「ですが、どれだけ待ってもDJユウレイは現れませんでした」

「入れ違いになったのか?」

「あり得ません。その日は放送室前の廊下でユウレイラジオを聴いていたんですから」


ユウレイラジオのオンエアが終わり、昼休み終了を告げる予鈴が鳴り……結局、午後の授業が始まっても放送室からは誰も出てこなかった。

その後も隠神は何度か待ち伏せを敢行したそうだが、DJユウレイと思しき人物が放送室を出入りするところは一度も確認できていないという。


「あとから知ったんですが、DJユウレイの姿を確かめようとした人は私の他にもいたそうです」


中には肝試しと称し、職員室からくすねた鍵で放送室に突入した生徒までいたそうだ。ところがユウレイラジオのオンエア直後にもかかわらず、放送室はもぬけの殻だった。

どれだけ待ち伏せしても放送室から人は出てこず、突入しても中には誰も居ない。では、DJユウレイは一体どこへ消えてしまったのか? その疑問が"放送室の幽霊部員"という怪談を生み出したわけだ。


「それだけやっても会えないなら、ユウレイラジオは他の場所から放送されているのかもな」

「他の場所?」

「簡易的な放送設備なら、放送室以外の場所にもあるだろ。職員室とか体育館とか」


言うまでもなく、校内でもっとも放送設備が充実しているのは放送室である。しかしユウレイラジオはその大部分がDJユウレイの一人語りによって成り立っているから、それほど大がかりな設備は必要ない。

最低限、マイク一本あれば放送はできるはずだ。職員室や体育館などの簡易的な設備を使って放送しているなら、放送室に人の出入りがないことにも合点がいく。


「それじゃあ職員室や体育館で待ち伏せすればDJユウレイに会えるのでしょうか」

「可能性はあるな。けど、それは推奨しない」

「どうしてですか」

「さっきも言ったが、DJユウレイも何か事情があって正体を隠しているのかもしれないだろ。他人の秘密を暴くのはいい趣味とは言えないぞ」


隠神はいかにも納得いかないというふうに、ぶすっと頬を膨らませている。


「……和泉ちゃんって、たしかチョコミント好きでしたよね」

「なんだ急に。まぁ好きだけれども」

「チョコミントって歯磨き粉の味がして不味くないですか?」

「なんだテメェ」

「それです、その気持ち」


我らチョコミン党の地雷ワードを真っすぐに踏み抜いて、隠神は「好きなものをバカにされるのって、腹が立つじゃないですか」と呟いた。


「私はユウレイラジオが好きです。怪談としてじゃなく、面白いから好きなんです」

「……つまりユウレイラジオが怪談扱いされるのが許せないと?」

「ろくに聴きもない人たちが、ユウレイラジオは呪われてるとか、聴いちゃダメだとか、好き勝手に言ってるんですよ。そんなの、悔しいじゃないですか」


その言葉の端々には怒りが滲んでいる。隠神にとって"放送室の幽霊部員"という怪談は、大好きなコンテンツを貶める害悪でしかなかった。

好きなものをバカにされるのが許せないという気持ちを、隠神はチョコミントに例えた。しかしユウレイラジオが置かれている状況は、チョコミントのそれよりもずっと酷い。

一度でもチョコミントを食べた上で、口に合わなかったというなら仕方ないだろう。ユウレイラジオを一度でも聴いて、面白くなかったと批評するのも、聴くのをやめるのも、当然の権利である。ノット・フォー・ミーというやつだ。

しかし現状、ユウレイラジオはほとんど誰にも聴かれていない。呪われている、聴いたら死ぬ、などという噂が蔓延しているからだ。つまりユウレイラジオを忌避する生徒の多くが、そもそもユウレイラジオを一度も聴いていないのである。

観てもいない映画を酷評したり、買ってもいない商品に星イチのレビューをつけるようなものだ。"放送室の幽霊部員"という怪談によって、ユウレイラジオは番組としての正当な評価を受けられなくなっていた。


「だから私はオバケが嫌いなんです。いもしないくせに、私の好きを傷つける敵だから」


隠神はオバケの存在を微塵も信じていない。しかし存在しないはずの存在が、現実に与える影響の大きさを理解してもいた。

根も葉もない噂にも、なにかを傷つける力はある。現にユウレイラジオの評価はズタボロに傷つけられていた。だから隠神はオカルトを敵視していたのだ。


「それで百鬼椰行にまつわるものを片っ端から破壊しようとしてたのか」

「廃墟だって放置すれば心霊スポットですが、取り壊せばただの更地ですからね」


隠神の主張にも一理ある。噂の出所を物理的に破壊すれば、消える怪談もあるだろう。

しかし四方八方オカルトだらけの我が校でそれをやれば、それこそ学校が更地になってしまう。


「方法はともかく、お前なりに考えて行動してたんだな」

「けれど、やっぱり私は頭を使うのは苦手です。これからは頭脳労働は和泉ちゃんに任せます」

「その代わり、力仕事はそっちに任せるぞ。俺のボディーガードとしてキリキリ働いてくれたまえ」


そんな話をしているうちに昼休み終了の五分前。キンコンカンコンと予鈴が鳴って、校舎内を移動する人々の気配がにわかに増える。

「続きはまた放課後に」と告げて教室に戻ろうとすると、隠神は「ちょっと待ってください」と俺の手を掴んで引き留めた。


「なんだ。授業に遅れるだろ」

「忘れるところでした。ちょっと目を閉じて口を開けてください」

「……毒物を放り込むなよ」


隠神に力で敵うわけもなし、下手に逆らうと授業に遅れそうなので素直に従う。ごそごそ、かさかさ、隠神がなにかを弄っている音がする。

それからすぐに、まぬけに開け放たれた俺の口にひんやりした固形物が放り込まれた。本当に毒物ではあるまいな……と警戒しつつ、舌でそれを探ってみる。爽やかなミントと、チョコレートの甘い香りが鼻を抜けていった。


「……歯磨き粉の味がして不味い、って言ってなかったか?」

「あれは例え話です。チョコミントは私も好きですよ」


目を開けると、隠神がニンマリと笑みを浮かべていた。

左手にはターコイズカラーのチョコレートの包み紙がつままれている。


「和泉ちゃんの好きなものに悪口を言った、お詫びです」

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