ユウレイの、正体見たり、しゃべったり ――その5
俺たちが"放送室の幽霊部員"の真相を知ってから二週間が経った。椰子木高校のお昼からDJユウレイの声は消えたが、それによる反響はほとんど見られなかった。
「聴いたら呪われる」なんて事実無根の噂があったせいで、もともとお昼になるとスピーカーを切る教室が多かったからだ。おそらく大多数の生徒は、ユウレイラジオが流れなくなったことに気づいてもいないだろう。
教室や部室、コンコースや中庭。生徒たちは思い思いの場所で昼食をとる。少し早めに食事を終えた男子生徒たちが運動場でサッカーボールを蹴り始め、校舎のそこかしこから歓談の声が聞こえてくる。
ときどき笑い声に混じって聞こえてくる悲鳴は、大方どこかで百鬼椰行が囁かれている報せだろう。いつものことだ。ユウレイラジオが終わっても、椰子木高校の日常は変わらない。それはとても良いことで、少し寂しいことだった。
――ザザッ、ザッ
ただし今日のお昼休みは少しだけ状況が違っていた。あらかじめ生徒会から出しておいた通達により、どの教室でもスピーカーのスイッチが入れられたままだったのだ。
従来ならユウレイラジオが流れ始める時間。突然スピーカーから発されたノイズに驚き、悲鳴を上げる生徒もいた。"放送室の幽霊部員"の噂に怯えている者には、この時間にスピーカーが稼働しているだけでもおっかないのだろう。
とはいえ「生徒会からお知らせがある」と事前に通達しておいたおかげで、一応スピーカーに耳を傾けている生徒は多かった。お膳立ては整えた。さぁ、大事なのはここからだ。
『――六月十九日、月曜日! 時刻は十三時を回りました! ユウレイラジオのお時間です!』
その一言で学校中がざわめいた。ただし恐怖ではなく、驚嘆の声が広がっていく。
ほとんどの生徒がすぐに気づいてくれたらしい。今日のユウレイラジオが、従来とはまるで異質なものであるということに。
『――本日よりユウレイラジオのパーソナリティを務めさせて頂きます! 椰子木高校生徒会長! 白蔵和泉です!』
そう、これは今までのユウレイラジオではない。DJユウレイではなく、俺がマイクの前に座って話しているのだ。
もちろん録音でもない。伊江尾 葵が生きていた頃のユウレイラジオがそうだったように、ごく一般的な学校の校内放送がそうであるように、パーソナリティの声がリアルタイムで学校中に届けられている。
曲がりなりにも生徒会長として活動してきたおかげで、校内における俺の知名度は決して低くはない。これまでユウレイラジオに怯えていた生徒たちも、パーソナリティの素性さえわかれば警戒心を緩めてくれるだろう。
「……今のとこ、上手くいってるみたいっすね」
放送部部長の蟷螂坂が、マイクに入らないよう小さな声で呟いた。放送部顧問のレイバーン先生も目を細めて「……そうだねェ」と答える。
管理者のレイバーン先生を除き、ユウレイラジオのオンエア中は誰も立ち入らないのが慣例になっていた椰子木高校の放送室。しかしお昼休みの放送室には今日、十七年ぶりに何人もの生徒が集まっていた。
***
話は二週間前に遡る。ユウレイラジオの自動再生が停止された、あの日のことだ。
それは本当にふとした思いつきだった。プールで濡れた服を雑に絞って、水が滴り落ちない程度に湿ったまま、俺たちは駆け足でレイバーン先生のところへ戻った。
先生はまだ放送室にいて、件のチェンジャーデッキを片づけようとしているところだった。
「……ユウレイラジオを引き継ぎたい?」
生徒会がパーソナリティを引き継ぎ、生まれ変わったユウレイラジオを存続させる。
その突然すぎる提案に、レイバーン先生はぽかんとしていた。
「ユ、ユウレイラジオを引き継ぐ!? 和泉ちゃん、急に何を言って……」
呆気に取られているのは隠神も同じだった。
取る物も取り敢えず放送室へ戻ってきたので、実はまだ隠神にも詳しい説明をしていなかったのだ。
「DJユウレイ――伊江尾先輩は、ユウレイラジオを100年続く番組にしたいと言っていました」
ユウレイラジオを100年続く番組に。伊江尾 葵の死後、そのスローガンは歪な形でユウレイラジオを生き永らえさせてきた。
誰も近づかない放送室から自動的にアーカイブだけを流し続ける。まるでラジオ番組のゾンビだ。そんな形でユウレイラジオが続いていくことを、伊江尾 葵が望んだはずもない。
善意によって本来の意味を捻じ曲げられたスローガン。ユウレイラジオを100年続く番組に。今は亡き先輩の真意を、今こそ後輩である俺たちが正しく汲んでいくべきではないか。
「伊江尾先輩はアーカイブの中でも言っていましたよ。ユウレイラジオを"後輩に継がせて"100年続く番組にする、って」
「……それは」
レイバーン先生は言葉を詰まらせた。伊江尾 葵の理解者だった彼が、そのスローガンの真意に気づいていなかったはずもない。
本当に伊江尾 葵の意志を尊重するならば、ユウレイラジオのパーソナリティは後輩に継がせるべきだった。しかしレイバーン先生はそうしなかったのだ。この世を去った生徒ではなく、これからを生きる生徒たちの意志を尊重するために。
決して、レイバーン先生が間違っていたとは思わない。教師として、大人として、レイバーン先生がどちらを優先すべきかは明白だった。しかし年月が経ち、とっくに状況は変わっている。伊江尾 葵の願いを妨げるしがらみは、もうどこにも存在しない。
「俺だって椰子木高校の生徒です。面識はないですが、れっきとした伊江尾先輩の"後輩"なんです」
レイバーン先生は苦笑し、物憂げにチェンジャーデッキを撫でた。
DJユウレイに代わってユウレイラジオの放送を担い続けてきたチェンジャーデッキは、古びてはいたがホコリひとつ被っていない。きっとレイバーン先生がこまめに手入れしていたのだと思う。
およそ十七年間、レイバーン先生は人知れずユウレイラジオを守り続けてきた。隠神に勝るとも劣らず、その心中は複雑だろう。
「……たしかに、アオイはユウレイラジオを後輩に継がせたがってた」
「なら……!」
「ケドさ、それはあくまでアオイの夢見たコトだ。白蔵の夢じゃない、でしょ?」
レイバーン先生はぽつりと「オレはさァ……もう、誰にもユウレイラジオに囚われてほしくないよ」と呟いた。
「アオイの夢は、アオイの夢。誰かが代わりに叶える必要なんかないんだよ。白蔵は、白蔵の夢を叶えるべきだ。一生に一度の高校生活なんだからさァ」
「……なら、なおのことユウレイラジオを継がせてください。これは伊江尾先輩のためだけじゃなく、俺の夢を叶えるために必要なことでもあります」
伊江尾 葵の望みを叶えたい、という気持ちがないと言えば嘘になる。そりゃ隠神ほどのヘビーリスナーではないにせよ、俺だってユウレイラジオのいちリスナーなのだから。
しかし一から十まで献身的な提案とも言い難い。ユウレイラジオのパーソナリティという立場を利用して、成し遂げたい目的が俺にはあったのだ。
「二つ、やりたいことがあります。まずは"百鬼椰行"の調査結果を全校生徒に伝えること。解き明かした真相を効率的に周知するために、お昼の放送枠を使わせてほしいんです」
この数ヵ月間、俺たち生徒会はいくつもの百鬼椰行を解明してきた。しかし解けども解けども、百鬼椰行が衰退する様子はみられなかった。
すでに広まってしまった噂が全校生徒の記憶から消えるわけではないからだ。怪談の本質は"情報"にある。百鬼椰行に打ち勝つには、怪談を真相で上書きするしかない。
その手段として、ユウレイラジオは強力な武器になり得ると思った。校内に一斉配信されるお昼の放送枠を使えば、情報は瞬く間に広まっていく。校内放送がもつ情報拡散力は、少なくとも口頭による噂とは比べ物にならないはずだ。
「オバケなんていない、ってコトをみんなに伝えたいワケね。でもさァ、わざわざユウレイラジオの枠を使う必要はナイんじゃない? 全校集会で話すとか、校内新聞にして掲示するとか、方法は他にいくらでもあるでしょ?」
「真実を発信するだけじゃダメなんです。怪談を打ち消すためには、怪談よりも面白い情報を発信する場が必要です。全校集会より自由度が高く、校内新聞より多くの人に情報が届く……そんなユウレイラジオだからこそ武器になるんです!」
レイバーン先生はしばらく考え込み、それから「……もう一つの目的っていうのは?」と聞いてきた。
伊江尾 葵の願いを叶えるため。百鬼椰行の調査結果を拡散するため。そして最後にもう一つ……俺にはユウレイラジオを使ってやりたいことが残っていた。
「俺は……ユウレイラジオに――」
包み隠すことなく、俺は目的を話した。
それを聞いたレイバーン先生は目を丸くして、それから「アッハッハッハ」と大口を開けて笑い出した。
「なぁ゛ッ……!? なに言ってるんですか和泉ちゃん! 無理ですよ、そんなこと!」
普段はちょっとやそっとじゃ動じない隠神が、珍しく慌てふためいていた。ユウレイラジオの狂信的なリスナーである隠神だからこそ、この計画は無謀に聞こえたのかもしれない。
一方、レイバーン先生はひとしきり笑うと「なるほどなァ……たしかにオレも聴きたいな。その放送」と言った。
「OK、わかったよ。好きなようにやってみな。"キミたち"なりのユウレイラジオをさァ」




