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ユウレイの、正体見たり、しゃべったり ――その4

「……えいっ」

「どぅわッ!!?」


隠神に足を引っ張られた、と認識したのはプールに落ちた後だった。ばしゃあん、ごぼ、ごぼ。自分が溺れる音が鼓膜に響く。鼻の奥がつんと痛む。プールの人工的な青と、細く白い泡の群れ。その奥に、水中で揺蕩う隠神のスカートが見えた。

感情の昂ぶりを鎮めることを「頭を冷やす」とはよく言ったもので。頭の中で熱を帯びた何かが、プールの水で冷やされる気がした。


「……ぶはぁッ! なにしてくれてんだ!」


なんとかプールの底に足をつけて、俺はもぐらたたきみたいに勢いよく水面から飛び出した。

隠神は俺の頬に軽く指先をあてて「いえ、ちょっと気になったので」と宣う。


「和泉ちゃんって、プールに落としたら濡れるのかな? って」

「ぬ、濡れるが?? 俺の肌の撥水性を試したってコト??」

「撥水加工、されてないんですね……」

「されててたまるか」


人をずぶ濡れにしておきながら、隠神は悪びれもせずに「涼しいですねぇ」とぷかぷか浮かぶ。どこまでも勝手気ままな奴だ。怒るのも馬鹿らしくなって、俺は「涼しいな」とだけ返した。


「そういや隠神よ。どうやって屋上を開けたんだ? 職員室でカギをちょろまかしてきたのか?」

「そんな小悪党みたいな真似、するわけないでしょう。侵入するならカギくらいぶっ壊しますよ私は」

「ぶっ壊すな。……え? 待て待て、カギ壊したのか?」

「今回は壊してないです。私が来たときには開いてましたよ。たぶん、水泳部の方が閉め忘れたんじゃないですか」


隠神は仰向けで流れながら「勝手に泳いでたら怒られますかね」と言い、俺は「何を今さら」と返事をした。

青空に飛行機雲が伸びていく。ジェットエンジンの騒音も聞こえないほど高い空に、豆粒のような飛行機が白い直線を描いていった。


「飛行機雲ですよ和泉ちゃん。お願いごとでもしてみたらどうですか」

「お願いごとって、流れ星にするもんじゃないか?」

「ロマンのない人ですねぇ。いいじゃないですか。願うだけタダなんですから。願っておかなきゃ損ですよ」

「損得勘定で願い事をするのもロマンに欠けるとは思うが……まぁいいや。えーと、お金持ちになれますように」

「では私もひとつ。全人類が手を取り合って、誰もが幸せになれる時代が訪れますように……」

「まてズルいぞ。後出しでそういう願い事されると、まるで俺が煩悩まみれみたいじゃないか」

「バカですねぇ和泉ちゃんは。どーせ叶うわけないんですから、こういうのは自分のイメージアップ戦略に利用するのが定石なんですよ?」

「なんてロマンのない奴なんだ」


背後から、くすくす、と笑い声が聞こえた。きっと"生者を笑うモノ"の声だろう。

幽霊の正体見たり枯れ尾花。仕組みが分かってしまえば、最初はあれだけビビっていたのが嘘のように怖くない。


「お金持ちになりたい、なんて願いも大概ロマンチックじゃない気がしますけど」

「ロマンのある願い事ってなんだろうな。空を飛びたい、とか?」

「それはロマンチックかもしれませんけど、飛行機に対して『空を飛びたい』って願うのは滑稽じゃないですか」

「まぁ……飛行機に乗れよ、って話ではあるな」

「もっとロマンあふるる願い事があるはずですよ。『和泉ちゃんの皮膚が水を弾きますように』とか」

「どうしてお前は俺を撥水加工したがるの」

「便利でしょう? 和泉ちゃんを頭上に乗せて歩けば、雨の日も濡れずに済みますし」

「もっと便利な道具があるんだけど知ってる? 傘っていうんだけど」


また、くすくすと笑い声が聞こえた。やけに音が近いような気がして、なにげなくパイプのほうに目を向ける。

その瞬間、誰かと目が合った。壊れたパイプの設置箇所、屋上プールの女子更衣室。その扉が少しだけ開いていて、中に誰かが隠れているのが見えたのだ。

俺は驚いて「うひゃ!?」と変な声をあげ、足を滑らせて軽く溺れた。すぐに隠神が首根っこを掴んで引き揚げてくれたので大事には至らなかったが、心臓がバクバクと鳴っている。


「ごっ、ごめんなさい!」


女子更衣室の扉が大きく開いて、女子生徒が申し訳なさそうに飛び出してきた。

彼女の顔には見覚えがあった。先日、"生者を笑うモノ"の調査を依頼してきた水泳部員――真白 紀伊さんだ。


「驚かせちゃって、ごめんなさい……あの、わたし、更衣室のお掃除をしてたんですけど……いつの間にかお二人が入ってきて、出づらくなってしまって……」


真白さんは深々と頭を下げてきたが、無断で入ってきたのはこちらである。

正当な理由でここにいる彼女と、勝手に泳いでいた俺たち。どちらに非があるのかは歴然だった。


「いやいやいや! 悪いのはこっちだから! 勝手に入ってきちゃってごめんね!」

「でもわたし、お二人のお話を盗み聞きするような真似を……」

「大丈夫だから! 聞かれて困るような話はしてないし!」

「そうですよ。和泉ちゃんの全身に撥水加工を施す予定を立てていただけですから」

「立ててない。そんな予定は」


真白さんは顔を上げ、くすくすと笑いだした。それでようやく、さっきまで聞こえていたのが彼女の笑い声だったのだと気づいた。真白さんは俺たちの無駄話を聞いて笑っていたのだ。

彼女は笑顔で「お二人って、いつもそんな話をしていますよね」と言った。隠神が「撥水加工の話ですか?」と素で答えたので、俺は「くだらない話ばっかしてるってことだろ」と訂正する。

しかし俺の言い方が悪かったのか、真白さんが慌てたように「違います違います!」と手を振った。


「くだらないっていうより……笑える話、みたいな? お二人の掛け合いが面白いって言ってる子、周りにもけっこういるんですよ」


そういえば中庭でタイムカプセルを探していた時も、俺たちの無駄話に笑ったり野次を飛ばしたりする生徒たちがいた。

隠神が周囲に怖がられにくくなってきたとは感じていたが、まさか「面白い」とまで思われていたのか。誰も彼もが目を背け、畏れ、慄く。そんな数ヵ月前までの隠神の印象からは考えられない変化だった。


「隠神先輩の隠れファンだって子もいたりして……えと、実はわたしもそうなんですけど……」


真白さんがしずしずと手を挙げる。なんでも彼女は"生者を笑うモノ"を解決してくれた恩から、隠神に好感をもつようになったのだそうだ。……俺は? なんてカッコ悪いことは聞かないでおこう。

もともと隠神には人に好かれる素養があったのかもしれない。学生離れした体格はモデル体型とも言えるし、外見も地味ながら十二分に美人の部類に入るだろう。本当に人間かと疑いたくなるような身体能力だって、スポーツ万能、と言い換えられる。

そして何より、話してみるとなかなか面白い奴なのだ。根付いた悪評さえ払拭できれば、きっと隠神の魅力に気づく人間は増えていくに違いない。


「この子、私のファンですって。和泉ちゃんに続いて二人目の」

「俺がいつお前のファンになったんだ」

「そんなこと言って。和泉ちゃん、私のこと大好きでしょう?」

「お前のその自信はどこからくるんだよ」


真白さんにファンだと告白され、隠神はドヤァァァ……と誇らしげな顔をしていた。まぁ、本人が喜んでいるなら何よりである。

百鬼椰行の調査で人と関わる機会が増えたおかげだろうか、隠神はこの数週間で思わぬイメージアップを果たしていた。


「……あ、そうだ」


そのとき、俺にひとつの妙案が浮かんだ。

DJユウレイがやりたかったこと。俺がやりたかったこと。隠神がやるべきこと。それらをまとめて実現する方法が見つかったかもしれない。

思い立ったが吉日。俺は急いでプールを上がる。撥水加工の施されていない全身から、ざぶざぶと水が流れ落ちていった。


「隠神、もう一度レイバーン先生に会いにいくぞ」

「え? 会ってどうするんですか?」

「願いごとをするんだよ」

「よくわかりませんが……飛行機雲に願うよりは、叶いそうな気がしますね」


隠神がざぶんと勢いよくプールサイドに上がり、スカートの裾を絞る。


「で、何をお願いするんです?」

「ユウレイラジオがもう一度始まりますように、だ」

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