ユウレイの、正体見たり、しゃべったり ――その2
「事故の後、学校中が喪に服したみたいに静まり返っていたのを覚えてるよ。ほとんどの生徒にとっては、生まれて初めて経験する同年代の死だ。ショックで塞ぎこむ子も多かった」
2006年2月10日。三年生の卒業を間近に控えたこの時期、伊江尾 葵は交通事故でこの世を去った。
校内を軽やかに漂う卒業式や春休みへの期待感、お祝いムードはその一報でただちに消え失せた。同じ学校に通う同年代、それも全校生徒に認知されていた人気者の死。椰子木高校は、校舎が丸ごと泥沼に沈みこんでしまったような空気で満ちた。
精神的なショックで学校に来られなくなる生徒もいた。なんとか登校した生徒もどこか茫然としている様子だった。教師陣は生徒のケアに努めたが、日常はなかなか戻ってこなかった。悲しみが肺を満たして、息苦しい。そんな日々が何日も続いた。
そんな状況から抜け出したい、という想いもあったのだろう。やがて生徒たちの間で、亡くなった伊江尾 葵のためにできることはないか、と模索する動きが広まった。
もともと三年生の卒業記念で埋める予定だったタイムカプセルに遺品のノートが入れられたのも、そうした風潮の一部だった。今は亡き友人の想いを自分たちが未来に連れていくんだ、とか。そんな理由付けの上で"アオイさんのノート"はタイムカプセルに入れられた。
故人のためではなく、残された者たちの心を整理するのが弔いの本質だ。まさしく椰子木高校の生徒たちは、自分たちなりの弔いによって、伊江尾 葵への想いを断ち切ろうともがいていた。
『伊江尾のやつ、ユウレイラジオを100年続く番組にしたいって言ってたよね』
きっかけは、伊江尾 葵のクラスメイトの一言だった。ユウレイラジオを100年続く番組に。オンエア中に幾度となく語られたその言葉は、弔いのスローガンとして祭り上げられた。
亡き友人の夢を叶えてやるべきだ。ユウレイラジオをこのまま終わらせてはならない。生徒の間でそんな圧力が醸成されていく。弔いが欲求となってうねり狂っていた。
ユウレイラジオを100年続く番組に。ユウレイラジオを100年続く番組に。ユウレイラジオを100年続く番組に。哀悼の意が、本意を捻じ曲げられたその言葉に集まっていく。
全校生徒のカンパによってチェンジャーデッキを購入する計画を聞かされた時、レイバーン先生は頭を抱えたという。
過去のアーカイブを100年間垂れ流し続けるなんてこと、伊江尾 葵が望んだわけもない。しかしレイバーン先生は教師として、伊江尾 葵よりも、残された生徒たちの想いを優先すべき立場だった。
生徒たちは友人の死を乗り越えようともがいている。何かを成し遂げて、どこかで気持ちに区切りをつけたいと望んでいる。ひしゃげそうな心を必死で守ろうとする生徒たちに「アイツはそんなことを望んでいない」なんて口が裂けても言えようか。これは伊江尾 葵のためではない。残された生徒たちのためなのだ。
葛藤の末、レイバーン先生はユウレイラジオの存続に同意した。放送室に保管されていたアーカイブがチェンジャーデッキに装填され、ユウレイラジオは永遠に再放送を流し続けるだけのコンテンツとなった。
良くも悪くも、何かが成し遂げられた。中身のない達成感であっても、残された生徒たちの心を鎮めるのには充分な働きをした。ユウレイラジオを100年続く番組に。荒唐無稽なスローガンの行く末は、たった一台のチェンジャーデッキに押しつけられた。
いや、押しつけられたのはチェンジャーデッキだけではない。放送部の顧問であるレイバーン先生も、その役目を押しつけられた側だった。
伊江尾 葵と同学年の生徒たちが卒業したからといって、ただちにユウレイラジオを止めるわけにもいかなかった。少なくとも事の経緯を知る生徒が一人もいなくなるまでは、ユウレイラジオを保持する必要がある。
チェンジャーデッキは自動的にユウレイラジオを放送し続けたが、レイバーン先生は定期的に機材チェックを行っていた。
「オレ自身、ユウレイラジオに思い入れがあったのは事実だしね。ユウレイラジオはもともと、アオイがどうしてもやりたいってオレに直談判して始まった番組なんだ」
「レイバーン先生は伊江尾 葵さんと仲が良かったんですね」
「まァ、懐かれてたよ。放送部の部長と顧問でもあったし……アオイはよく『オレとレイバーン先生は"ユウレイ仲間"だ』って言っててね」
「そういえばユウレイラジオの中でもそんなことを言ってましたね。どういう意味なんです?」
「ただのダジャレさ。オレは『ユーラ・レイバーン』を略してユーレイ。アイツは伊江尾 葵――I・E・O・A・O・I。名前がローマ字のア行だけで構成されてるのに、"U"だけは一度も使われてないから"U-0"でユーレイ。DJユウレイってニックネームも言葉遊びだよ」
事故から三年も経てば、伊江尾 葵と直接面識のある生徒はほとんどいなくなった。しかし経緯はまだ正しく伝わっており、チェンジャーデッキを止めるタイミングには早かった。
事故から五年経ち、レイバーン先生は別の学校に異動することになった。ユウレイラジオのことは気がかりだったが、そろそろ潮時でもあった。自分がいない間にチェンジャーデッキが故障すれば、ユウレイラジオはそれで終わりだ。そう考えて、レイバーン先生は椰子木高校を去った。
事故から七年が経った。チェンジャーデッキはまだ動いている。すでに教師の中にさえ、伊江尾 葵と面識のある者はいなくなっていた。経緯も由来も曖昧になった椰子木高校で、チェンジャーデッキはひとりでにユウレイラジオを放送し続けた。ユウレイラジオは終わらない。
事故から十年が経った頃。ユウレイラジオは完全に形骸化していた。椰子木高校に通う誰一人としてその意味を知らない。無人の放送室から流れ出す奇妙な校内放送の正体を、放送部の生徒たちですら把握できなくなっていた、ユウレイラジオは終わらない。
事故から十三年が経ち、レイバーン先生が再び椰子木高校に戻ってきた。とっくに壊れているだろうと考えていたチェンジャーデッキはまだ動いていた。老朽化し、音質の悪化した伊江尾 葵の声をひたすら流し続けていた。ユウレイラジオは終わっていなかった。
「椰子木高校に戻ってきたら、ユウレイラジオにいろいろとよくない噂がついててねェ……やっぱり続けるべきではなかった、って何度も後悔したよ」
「それでもユウレイラジオを終わらせなかったのはどうしてですか?」
「……できなかったんだ。このスイッチを押したら、本当にアオイがいなくなってしまうような気がして」
チェンジャーデッキの主電源に親指を当てながら、レイバーン先生はそう言った。
「自分でも変だと思うよ。こんなのアオイが求めてたことじゃない、ってわかってるのに。結局オレが一番、こんな機械にアオイの面影をみてたんだ」
レイバーン先生はひとつ、ふたつ、チェンジャーデッキを撫でた。
そして隠神に視線をやって、優しい顔で「ユウレイラジオを好きになってくれてありがとな」と告げた。
「――ケド、もう終わりにしよう。ユウレイラジオは、本日をもって放送終了だ」
レイバーン先生がチェンジャーデッキの主電源を強く押す。プツ、と小さく鳴き声を上げて、稼働中のランプがすっと消えた。
俺はスピリチュアルなものを一切を信じない。けれどたしかにその瞬間、放送室に縛りつけられていた何かが消失したような気がした。




