ユウレイの、正体見たり、しゃべったり ――その1
伊江尾 葵が、DJユウレイ。
その真相を告げられた時、驚きよりも強い落胆を覚えた。
あぁ、やっぱりそうか、と口には出さずに納得する。本当は、とっくに勘付いていた。DJユウレイが今はもうこの世にいないという事実に。気づいていて、目を逸らしていた。
「ちょっと待ってください……! 伊江尾さんって亡くなったんでしょう!? どうしてDJユウレイと同一人物だなんて……!」
しかし隠神は混乱していた。無理もない。ずっと会いたかった人が、お礼を言いたかった人が、憧れの人が、とっくにこの世を去っていると告げられてしまったのだから。
レイバーン先生が「白蔵はなんとなく気づいてたんじゃない?」と言い、俺は「確信はなかったですが」と返す。隠神は縋るような目でこちらを見た。
「……DJユウレイが『プール掃除を手伝わされた』って話してた回があったろ。けど、俺たちが"生者を笑うモノ"の調査に行ったとき……プールは汚いままだった」
ユウレイラジオでプール掃除の話が出た直後、俺たちは百鬼椰行の調査で屋上に足を運んでいる。しかし清掃済みであるはずのプールには大量の藻が張り、水中はヤゴやボウフラの楽園と化したままだった。
この時点で思い当たったのは二つ。プール掃除のエピソードが丸ごと作り話だったか、あるいはDJユウレイが「過去」の話をしているという可能性だ。
「つまり今のユウレイラジオは、過去のアーカイブなんじゃないかと思ったんだ」
「アーカイブ……録音を流していただけ、ってことですか?」
「その可能性を念頭におけば、放送の中にヒントはいくらでもあった」
ユウレイラジオを聴いていると、時おり奇妙な引っかかりを感じることがあった。軽快なトークの中に混じる、ちぐはぐな異物感。
聞きなれない単語、古臭い言い回し、誤った情報。取り立てて言うほどでもない引っかかりの原因が「古さ」にあると気づいたとき、DJユウレイの正体はおのずと見えてきた。
「DJユウレイの話の中に『腰洗い槽』って出てきてたけど、隠神はなんのことだかわかるか?」
「……いえ、知りません」
「プールに入る前に体を消毒するための水槽だってさ。昔はどこに学校にもあったらしいけど、2000年代に国内のほとんどの学校で廃止されてる」
無論、椰子木高校でもとっくの昔に腰洗い槽は廃止されている。女子更衣室のプレハブは、かつて腰洗い槽があったスペースに建てられているらしい。
俺たちの世代にとっては古臭いものをさも常識のように扱っていたことから、DJユウレイはかなり上の世代だと推定できた。
「『巻き戻し』とか『写メ』とか……DJユウレイは微妙に古い言葉を使う傾向があった。だからDJユウレイはとっくの昔に卒業した生徒だと思ったんだ」
とはいえ、最初はDJユウレイが故人であるとまでは考えていなかった。
ユウレイラジオはかつての生徒が手掛けていたコンテンツで、DJユウレイは無事に椰子木高校を卒業していったのだと。そう予想して、そう期待していた。
しかし隠神をはぐらかし続けるレイバーン先生を見ているうちに、なんとなく見当がついてしまった。DJユウレイがただの卒業生なら正体を隠す道理はない。隠神に真実を話したくない理由が、レイバーン先生にはあったのだ。
「……アオイが生きてた頃はさァ、けっこう人気あったんだよ。ユウレイラジオ」
壁際に積まれた雑多な機材を片しながら、レイバーン先生が懐かしそうに言った。
今でこそ"呪いの校内放送"として多くの生徒に忌避されているユウレイラジオ。しかしDJユウレイが健在だった当時、ユウレイラジオは単なる校内放送の枠組みを超えるほどの市民権を獲得していた。
「アオイが人を楽しませるためにやってたユウレイラジオが、今じゃあ人を怖がらせてるんだ。こんなに寂しいコトはないよなァ……」
「……そう思うなら尚のこと、私に早く真実を教えてくれればよかったじゃないですか。私はユウレイラジオの悪評を払拭したくてがんばっていたのに……!」
「言えないよ。隠神はユウレイラジオの最後のファンなんだから。アオイに――DJユウレイに会いたいって言ってる子に、アイツはもう死んだよ、なんて。言えるワケない」
「…………!」
制作側の意図しない形でユウレイラジオが消費され続ける現状。これを快く思っていないのは隠神もレイバーン先生も一緒だった。根っこの部分で、二人のモチベーションは同じなのだ。
隠神はユウレイラジオの風評被害を取り払いたかった。レイバーン先生はユウレイラジオの"最後のファン"である隠神を落胆させたくなかった。それはどちらもユウレイラジオのため、DJユウレイ――伊江尾 葵のイメージを守るための行動だった。
「ヨッ、と……ホラ。コレが今の"ユウレイラジオ"の正体だよ」
現役で稼働しているデスクアンプの奥。放送室の壁際にはレトロな機材が雑然と積まれていた。
ブラウン管テレビに、カセットテープ用のプレイヤー、その他もろもろ。何世代も前の生徒が使用していたと思しき放送機器たちが埃をかぶっている。
その寂しげなジャンクの山の中に、ひとつだけ埃よけの布をまとった機材が紛れていた。レイバーン先生が布をめくると、その巨大な機材だけは今も現役で稼働しているのか、主電源を示す緑色のランプが点灯していた。
「これは……」
「チェンジャーデッキって言うんだけどね。まァ、キミらの世代じゃ馴染みないか。ジュークボックスのCD版みたいなモンだよ」
「ジュークボックス?」
「あァー……それも分かんないかァ。ジェネレーションギャップって怖いねェ」
つまりチェンジャーデッキというものは、あらかじめ装填しておいたCDを自動的に再生し続ける放送機器らしい。
ユウレイラジオのアーカイブはすべてCD-ROMに焼かれていた。なにしろ容量1ギガバイト以下のUSBが第一線で活躍していた時代だ。音声をデータのみで保存し続けるコストが今よりも高かったため、容量の大きなデータは安価なCD-ROMなどに出力して保存することが多かったらしい。
大型のチェンジャーデッキに積み込まれた数百枚のCD-ROMは、あらかじめ設定された再生時間に合わせてユウレイラジオを流し続ける。DJユウレイ亡きあとも、延々と。これが無人の放送室から流れ続ける奇妙な校内放送――"放送室の幽霊部員"の真相だった。
「レイバーン先生。どうして伊江尾 葵さんがいなくなったあともユウレイラジオが続いていたんですか?」
「……アオイがよく言ってたんだ。ユウレイラジオを100年続く番組にしたい、って」
「こんなの……録音を垂れ流しにするのがDJユウレイのためになんて……!」
「わかってるよ。こんなのはアオイの本意じゃない。でも当時のオレは……止められなかったんだ。アオイのためじゃなく、残された生徒たちのために」
「……どういうことです?」
レイバーン先生は俯き、チェンジャーデッキをひとつ撫でてから語り出した。
ユウレイラジオが百鬼椰行"放送室の幽霊部員"と化すまでの、その経緯を。




