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アオイさんのノート ——その7

「……アオイはさ、人を笑わせるのが好きな奴でねェ。ふざけてばっかで、優等生ってワケじゃあなかったケド。誰からも好かれる人気者だったよ」


隠神が「どうしたらそんな人が呪いのノートなんか残すと思えるんですか」とレイバーン先生の背中に問いかける。語気はまだ強かったが、口調は元通りになっていた。


「手厳しいねェ、隠神は」

「私、根も葉もない噂が大嫌いなので」


タイムカプセルを掘り当てた俺たちは、あらかじめノートの内容を確認していた。恨み辛みで埋め尽くされていると言われていた"アオイさんのノート"。その噂が事実無根であると知ったとき、隠神は激昂した。

謂れのない噂によって不当に評価を下げられた誰かがいる。隠神にはその事実が我慢ならなかったのだ。"アオイさんのノート"は隠神が最も嫌悪するタイプの怪談だった。


「レイバーン先生はさっき『ノートの内容を知るのが怖い』とおっしゃってましたよね。呪いではなく、内容が、と」


俺がそう聞くと、レイバーン先生は振り向きもせず「そうだねェ」と言った。


「……このノートはさァ、アオイのロッカーに残されていたものなんだ。彼のクラスメイトが見つけて、タイムカプセルに入れることになったって聞いてる」

「当時、レイバーン先生は現物を見ていなかったんですか?」

「オレはアオイの担任ではなかったからねェ。遺品のノートをタイムカプセルに入れるとは聞いてたケド、書かれてる内容までは知らなかった」


百鬼椰行では、ノートに関わった者が立て続けに不幸に見舞われたとある。しかし実際には、伊江尾 葵のノートはなんのトラブルの種にもならなかったらしい。

ノートはごく平穏に発見され、亡き友人の遺品としてなにごともなくタイムカプセルに封入された。悪意ある噂がゆるやかに事実を捻じ曲げていったのは、その後だ。


「アオイが亡くなってから数ヵ月ほど経った頃かなァ。一部の生徒の間で、アオイのノートには恨み言が書かれていた、なんて変な噂が流れたんだ」


ある者は、伊江尾 葵のノートには恨み言が書き殴られていたらしいと言う。それを聞いたある者は、ノートがタイムカプセルに入れられたのは"封印"のためだったのだと言い出す。

いいかげんな憶測は、じわりじわりと広がっていった。百鬼椰行"アオイさんのノート"の原型は、伊江尾 葵の死から一年と経たずに芽を出した。


「こっちが注意しても、よくないウワサは広がるばかりでねェ」

「そういう噂って、無理に隠そうとすると逆に広まりますからね」

「そうそう。先生は何かを隠してる、なんて言う子らも出てきちゃってさァ」

「じゃあ、先生はノートの呪いなんか最初から信じていなかったんですね」

「呪いはね。ケド……ノートの中身は見てないから、恨み言が書かれてた、ってウワサまでは否定できなかった」


表向きは元気で人当たりのよかった伊江尾 葵にも、人には見せない裏の顔があったのではないか? 鬱屈とした想いや、抱えきれない闇があったのではないか?

生前の彼を知っているはずの教師陣にさえ、不気味な噂と共に疑念が侵食していった。そしてレイバーン先生もまた、よくない疑念に囚われた一人だった。


「アオイのノートには、本当に恨み辛みが綴られていたんじゃないか? アオイが何かに苦しんでいたなら、オレは教師としてアイツのSOSに気づいてやるべきだったんじゃないか? アイツは鬱屈とした想いを誰にも話せないまま逝ってしまったんじゃないか? ……とか、そんな不安が拭えなくなっていったよ」

「それでレイバーン先生も"アオイさんのノート"の噂を信じるように?」

「オレだってアオイがそんなコトするワケないって信じたかったさ。でも『アオイはそんなコトしない』って妄信するのも違う気がしたんだ。そんなの結局、オレの理想像をアオイに押し付けてるだけなんじゃないかって」


真相を確かめようにも、伊江尾 葵のノートはとっくに土の中。

教師の一存でタイムカプセルを掘り返すわけにもいかず、レイバーン先生は悶々としたまま教師生活を続けてきた。


「もしかすると自分だってアオイを追い詰めた側の人間なのかもしれない。いつからか、そんなふうにも思うようになった」


レイバーン先生が恐れていたのは、呪いや怪奇現象ではない。教え子が抱えていたかもしれない闇、かつての自分が犯していたかもしれない過ち。それらと向き合うことが怖かったのだ。

"アオイさんのノート"はレイバーン先生にとってトラウマの塊だ。知らなかったとはいえ、俺たちがズカズカと踏み込んでいい領域ではなかったと今さらながらに後悔する。


「……すいません、そんな事情があったとは知らず。俺たちが無神経でした」

「いや、キミらにノートの話を振ったのはオレだしねェ。それに……肩の荷が下りたよォ。アオイは、やっぱりアオイだった」


振り向いたレイバーン先生の顔は優しくて、目には涙が浮かんでいた。


「まァ、いち教員としては、勝手にタイムカプセルを掘り返したキミらを叱らなければならないんだけどねェ」

「それは……その、中庭に花壇を作ろうとしていたら偶然掘り当ててしまったということでひとつ……」

「ハッハッハ、そういうことにしておいてあげようか」


校舎内を歩くこと数分。特殊教室が集まるC棟の三階、もうすぐ放送室が見えるというところで、レイバーン先生がポケットからキーチェーンを引っ張り出した。


「……お礼、というわけじゃないけど。隠神が知りたがっていたこと、教えるよ」


レイバーン先生が放送室のカギを開け、ドアノブを回す。キィィと小さく呻いた扉の向こうには、無人の放送ブースがあった。

入り口すぐ脇の壁を手探り、パチ、という音と共に灯りがともる。そうして隠神に向き合ったレイバーン先生の表情には、どこか翳りがあるように見えた。


「それじゃあ少し、話をしようか。DJユウレイ――伊江尾 葵について」

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