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アオイさんのノート ——その2

「き、聞きましたか今の!? 今のォォォ!!」


椰子木高校、お昼の生徒会室。ユウレイラジオを聴き終えた隠神が、長机をバンバンと叩きながら怒り狂っている。

先日からこの部屋で飼い始めた金魚――すくすくロボマッチョ三世が、机の振動に驚いて金魚鉢を泳ぎまわっていた。


「やっぱりあの教師ッ……! DJユウレイと知り合いなんじゃないですか!」


DJユウレイについて教えろという隠神の要求に対し、レイバーン先生はこれまで「何も知らない」の一点張りだった。

ところが今日の放送中、DJユウレイはたしかに『レイバーン先生。そんな冷たい目でこっち見ないでくださいよ』と言い放った。ブース内のレイバーン先生に笑いかけるように、親しげに。

もともと疑わしくはあったがこれは決定的だろう。間違いなく、レイバーン先生はDJユウレイと繋がっている。


「もう我慢なりません! 私、これから放送室に乗り込んできます!」

「待て待て! 今から行っても間に合わないだろ!」


俺は慌てて隠神の左手を掴んだが、隠神はそれをまったく意にも介さずに生徒会室を飛び出した。

残念ながら一人分の体重では隠神の推進力を止められない。俺は水上スキーみたいに廊下を引きずられながら、なんとか隠神の説得を試みる。


「落ち着け隠神! レイバーン先生にはあとでちゃんと話を聞くから!」

「今すぐ問い詰めれば白状するかもしれないじゃないですか! "案ずるよりウニのお寿司"って諺もあるでしょう?」

「ない!」

「とにかく! 確認しなきゃ気が済まないんです! ほら、とっとと行きますよ!」


隠神はそう言うと、俺の体をひょいと持ち上げた。驚くなかれ、なんとお姫様抱っこである。

どうも俺を言いくるめるのは無理とみて、荷物として持ち運んだほうが手っ取り早いという結論になったらしい。


「お、おろせぇ!」

「三枚にですか?」

「床にだ!」

「嫌ですよ。降ろしたら邪魔するじゃないですか」

「こちとら高三男子ぞ!? 女子にお姫様抱っこされるとか、プライドがズタズタなんだが!?」

「私の前で今さらプライドも何もないでしょうに」

「お前はいいけど他の生徒に見られまくってんでしょうが!」


隠神は俺を抱きかかえたまま、全速力で廊下を駆け抜けていく。人通りの多いお昼休みの校舎。女子にお姫様抱っこされた生徒会長は、そりゃあもう衆目の的だった。

いたるところからクスクスと笑い声が聞こえてくる。男子生徒たちの「ええ……?」「生徒会長だよな、あれ……」という呆れ声。女子生徒たちの「かわいー」「子供?」という嘲笑。生徒会長としての尊厳が粉々に砕かれていくのを感じた。


「こ、殺してくれぇ……」

「三枚におろせばいいですか?」

「ヒエ……すごい具体的なプランを提案してくる」


周りにいくら笑われようとも、隠神は足を止めない。やがて俺はすべてをあきらめ、両手で顔を隠して無になった。

男子生徒を一人を抱えたくらいじゃ、隠神のフィジカルにさしたる影響はない。生徒会室から隣の棟の三階――放送室まで移動するのに、ものの数分とかからなかった。

正直、行っても無駄だと思っていた。ユウレイラジオのオンエア中に張り込んだって放送室からは誰も出てこないのに、放送終了後に慌てて向かうなんて非効率的でしかない。そう思ったから俺は隠神を止めたのだ。

ところが、である。現地に到着した俺たちが目撃したのは、ちょうど放送室から出ようとするレイバーン先生の姿だった。


「……ヤー、お二人さん。公衆の面前でお姫様抱っことは、青春してるねェ」


レイバーン先生は笑い交じりにそんなことを言ったが、黒目はそぞろに動いていた。放送室から出てくる瞬間を俺たちに目撃されて、あからさまに動揺している。


「いるんですか、その中に……DJユウレイがっ……!」


しかしレイバーン先生以上に動揺しているのが隠神だった。俺を抱きかかえる腕が、小刻みに震えている。

「おろせ、隠神」と要求すると、今度は素直に降ろしてくれた。隠神の瞳孔が開き、頬は紅潮している。憧れの人がすぐ扉の向こうにいるかもしれない、という期待と不安で様子がおかしくなっている。


「ダレもいないよォ? オレはただ、機材の点検をしてただけだし。これでも放送部の顧問だからね」

「とぼけないでください! だって今日の放送でDJユウレイがアナタの名前を……!」

「疑うんならさァ、入って見てきなよ」


レイバーン先生は放送室の扉を開き、「どうぞ」と揃えた指先を向ける。隠神はわずかに逡巡して、意を決したように放送室へ入っていった。


「白蔵は行かないの?」

「それより、レイバーン先生にお聞きしたいことがあって」

「なにかな」

「先生は、DJユウレイの正体を知っているんですか」

「……まいったな。今日は本当に機材チェックをしてただけなんだケド」


レイバーン先生は難しそうな顔で頭をかいた。

DJユウレイの正体を知っているのか? という問いに、彼はもはや肯定も否定もしない。


「では、質問を変えます。レイバーン先生が秘密を守るのはDJユウレイのためですか? それとも……隠神のためですか?」

「……そんな聞き方するってコトはさァ。白蔵はもう、だいたいわかってるんじゃないの?」

「隠神の影響で、俺もユウレイラジオを聴くようになったんです。それで……なんとなく、そうなのかなって」


"放送室の幽霊部員"の真相について、俺の中にはひとつの仮説があった。軽くカマをかけてみたが……レイバーン先生の反応を見る限り、どうやら真実はそう遠くないらしい。

しかし現時点で想像できるのは、レイバーン先生が"放送室の幽霊部員"の真相を隠したがる理由までだ。まだ確証はなかったし、DJユウレイがどこの誰なのか、という肝心な部分はわからない。


「隠神はユウレイラジオの悪評を払拭したいだけなんです。先生の口から、真実を伝えてやってくれませんか」

「……どうするのが正解なんだろうねェ。正直さ、オレにもよくわからないんだよ。彼女、ユウレイラジオのファンなんだってさ。だからDJユウレイが生きた人間だと証明するんだ……とか、何度も詰め寄られたよ」


レイバーン先生はどこか悲しそうに笑って、「そんなふうに言われたらさァ、余計に話すわけにはいかないジャン?」と言った。


「ダメです、和泉ちゃん。中には誰もいませんでした」


放送室から隠神が出てきた。内部をくまなく調べてみたが、やはりDJユウレイはどこにもいなかったのだという。

レイバーン先生は隠神を見るや口を閉ざして、放送室を施錠した。まだ納得のいかない隠神が食い下がろうとすると、彼は「おっと、怖い話はやめてくれよ? ジャパニーズホラーは苦手なんだ」と嘯いて耳を塞ぐ。


「またそうやって……! はぐらかすのも大概にしてください!」

「はぐらかすも何も、苦手なんだから仕方ないジャン」

「オバケなんて非科学的なもの、いるはずがないでしょう!?」

「そう思うなら証明してくれよ。オバケが存在しないってことをさァ」


不毛な押し問答。レイバーン先生はこれまでもこうして隠神を言い込めてきたのだろう。

オバケが怖いから"放送室の幽霊部員"の話なんてしたくない。オバケがいないというならそれを証明してみせろ。まるで子供のケンカだが、レイバーン先生はその一点張りで隠神の要求をやり過ごしてきたのだ。

なるほど隠神が"百鬼椰行"そのものに嫌悪を示し、そのすべてを破壊し尽くそうとするわけである。"放送室の幽霊部員"の真相に見当がついた今となってはレイバーン先生の気持ちも理解できるが、あまり賢いやり方だとは思えなかった。


「私たち生徒会は数々の百鬼椰行を解明してきました! 本物のオバケが引き起こした事件なんて、これまでに一件もありませんでしたよ!」

「そいつは立派だけど、オバケが存在しないって証明には不十分でしょ。キミらが運よく解明可能な怪談にあたっただけで、残りも全部そうだとは限らないジャン」

「ハァ!? じゃあ百鬼椰行をひとつ残らず解明すればいいってことですか!?」

「まー、最低でもそれくらいはしてもらわないとねェ」


さすがにヒートアップしすぎなので、隠神を落ち着かせる。このまま言い争ったってレイバーン先生は折れてくれそうにもない。

そうこうしているうちに予鈴が鳴った。レイバーン先生はこれ幸いと「ほら、早く行かないと午後の授業に遅れるぞ」とその場を立ち去ろうとした。

俺はとっさにレイバーン先生を呼び止める。この機を逃すと再び真相から遠ざかってしまうような気がした。だから、なにか取っ掛かりを残しておきたかった。


「生徒会は百鬼椰行の撲滅を目指しています! 必ず、この学校にオバケなんかいないって証明してみせます!」

「それは頼もしいねェ。ぜひ、そうしてくれ」

「だから、先生が一番怖いと思う百鬼椰行を教えてくれませんか!? まずはそこから片付けます!」

「一番……怖い話、ねェ……」


レイバーン先生はこちらに背を向けたまま、ぽつりと「ノートの話、かなァ」と呟いた。

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