皮削ぎビリィちゃん ——その8
彼女は答えなかった。私の足元でうなだれたまま、ただ小さく震えている。
"皮削ぎビリィちゃん"のカラクリは今までで一番単純だった。えちごっち――蟷螂坂えちごによる自作自演。それが答えだ。
そもそも私たちに"皮削ぎビリィちゃん"の案件を持ち込んだのが彼女である。嘘の怪奇現象を起こそうと思えば、いくらでもチャンスはあった。
手芸部室の調査に同行する際、彼女は生徒会室に荷物を置きっぱなしにしていた。リュックサックに突き立てられていたカッターナイフは、おそらく部屋を出る時点で自ら刺しておいたのだろう。あたかも無人の生徒会室にビリィちゃん人形が入り込んだかのように見せかける演出だ。
そして手芸部室での調査が不発に終わると、「窓の戸締りを確認する」などと言い訳をして一番最後に部屋を出る。私と和泉ちゃんが先に部屋を出たのを見計らって、彼女はビリィちゃん人形を適当な段ボール箱に隠したのだ。乱雑に荷物が積まれているこの部屋には、いくらでも隠し場所があった。
彼女がやったのはたったこれだけ。あとは生徒会室に戻ってリュックサックに突き立てられたカッターナイフを私たちに発見させ、怖がる演技をしながら手芸部室に戻ればビリィちゃん人形が消えたように見えるというわけである。こんな単純なトリックに、和泉ちゃんはまんまと騙されていたのだ。
「こんなことだろうと思って私がカギを預かっていたんですよ。で、今朝のうちにビリィちゃん人形を見つけておいたんです」
私たちが目を離した数秒で物を隠せる範囲なんてたかが知れている。最初から彼女の自作自演を疑っていた私には、隠し場所の見当もついていた。事実、ビリィちゃん人形は手近な段ボール箱に押し込まれていただけだった。
では何故すぐにビリィちゃん人形の在り処を言い当てなかったのかといえば、蟷螂坂えちごが隠したという証拠がなかったからだ。いや本来、私でも和泉ちゃんでもないなら、犯人は彼女でしかあり得ないのだけれど。
その場で隠し場所を言い当てても、自分は人形に触っていないと主張されたら言い逃れられかねない。かわいい後輩が涙ながらにそう訴えてきたら、馬鹿な和泉ちゃんはコロッと騙されてしまうだろう。
"オバケのせい"にできる状況を作り上げた時点で、彼女の計画は成功していた。隠し場所が見つかろうと、見つかるまいと、彼女にとってはどちらでもよかったのだ。隠す瞬間さえ見られなければ、「ビリィちゃんが勝手に動いた」という主張は崩しようがなかったのだから。
「ふ、ふへ……ど、どうかな、怖かった……?」
「ええ。なかなかの迫力でしたよ、赤々熊ちゃん」
ドアを軽く開けて覗き込んできたのは赤々熊ちゃんだ。何を隠そう、この茶番劇を提案してきたのが彼女だった。ドアの前にカッターナイフを置いたのも、部屋のドアを激しくノックしたのも、赤々熊ちゃんだ。
ちなみに、蟷螂坂えちごの足元にこっそりビリィちゃん人形をセットしたのは私である。ノックのおかげで彼女の視線はドアに釘付けだったので、隙をつくのは簡単だった。
「そう怖がらなくて大丈夫ですよ。今のは私と赤々熊ちゃんのイタズラですから。昨日、アナタがしたのと同じようにね」
蟷螂坂えちごは答えない。へたり込んだまま、押し黙っている。
「……どうして和泉ちゃんがこんなに稚拙なトリックを見抜けなかったか、わかりますか?」
彼女は俯いたまま、ゆっくり首を振った。
「アナタに裏切られるなんて、あの人は毛ほども考えていなかったからですよ」
「…………ッ」
密室から人形が消えたとなれば、普通はまず誰かのイタズラを疑うものだろう。けれど和泉ちゃんはそれをしなかった。いや、むしろ脳内からその可能性を真っ先に排除してしまったのかもしれない。
なにしろあれは友人を庇うために進路を変えてしまうほどのお馬鹿ちゃんだ。身内に裏切られている可能性なんて、真面目に考えもしなかったのだろう。自分を慕ってくれる後輩を信頼していたからこそ、和泉ちゃんは彼女を容疑者に含めなかったのだ。
「さて、そろそろ教えてくれませんか。どんな道理があって"皮削ぎビリィちゃん"なんて騒動を起こしたのか――アイツの善意につけこんで、何をするつもりだったのか」
口に出してみて初めて気づいた。どうやら自分で思っていた以上に、私はこの事件にイラついていたらしい。
つい語気が荒くなってしまい、赤々熊ちゃんに「隠神さん、しゃべりかた」と諭されてハッとした。「あー……こほん。すいません」と一呼吸置いて、なるべく冷静に努める。
ただのイタズラなら、そう目角を立てることでもないだろう。節度を保ってさえいれば、和泉ちゃんに懐く後輩を微笑ましく見ていられもした。
しかし彼女が起こした騒動は、生徒会が推進する「百鬼椰行の解明」の明確な妨害行為でもあった。あまつさえ被害者ぶって和泉ちゃんの優しさにつけ込もうというのなら、私は決して彼女を許せない。
彼女はへたり込んだまま、しばらく口を開かなかった。けれども少しして。ぐす、ぐす、と彼女がすすり泣く音が聞こえ出した。
「だ、だっで……だって会長が……うあああ゛ーーーん!」
しまった、泣かせてしまった。ほんのちょっと脅かそうとしただけで、泣かせるつもりまではなかったのに。
私がわかりやすく狼狽えていると、赤々熊ちゃんが彼女を抱き寄せて「ごめんねぇ。怖かったねぇ」と落ち着かせてくれた。
「ご、ごべんなさい……アタシ、会長に……ひぐっ……仕返し、したくて……」
「……仕返し? 和泉ちゃんに何かされたんですか?」
「う゛っ……たぶん、会長は……気づいてもいない、っすけど……ひっく」
彼女は泣きじゃくりながら、たしかに「仕返し」と言った。私と赤々熊ちゃんは思わず顔を見合わせる。
和泉ちゃんは馬鹿だが、人に恨まれるようなタイプではない。だから私にとっても、彼女の動機が「仕返し」だというのは寝耳に水だったのだ。
「……あの、先輩方は……"屋上のキューピッド様"って噂を知ってるっすか?」
私はまったく知らなかったが、赤々熊ちゃんは「あ、知ってる、かも」と手を挙げた。いわく、女子生徒の間で"屋上のキューピッド様"はかなり有名な百鬼椰行らしい。
なんでも椰子木高校の屋上には「キューピッド様」とやらが住んでいて、そいつに気に入られたカップルは永遠に幸せになれるといわれているそうだ。私はこの手の噂を信じるタイプではないが、百鬼椰行にしてはポジティブな内容で好感がもてる。
気になる異性と二人きりで屋上に行き、そこで告白してOKをもらうことがキューピッド様に気に入られる条件なのだという。なんのことはない。日本全国の学校に似た話がありそうな、怪談というよりはジンクスに近い類の話だった。
「どうしてその話が和泉ちゃんへの仕返しに繋がるんですか?」
「……隠神センパイ、こないだ"生者を笑うモノ"の調査してたっすよね」
「えぇ。アナタも一緒だったじゃないですか。私が一階でたむろしている連中を片づけている間に、和泉ちゃんと一緒にプールで待機してい……て……」
あ。察してしまった。
彼女はぷるぷると震え、顔を真っ赤にして叫んだ。
「そうっすよ! 授業中に! クラスメイト全員の前で! "屋上"のプールに呼び出されて! 会長と二人きりで! 待機してたんすよ!」
「あー……告白、されました?」
「されてないっすよぉ!」
それはそれは……なんというか、不憫すぎる。
例の一件のあと、彼女がクラスメイトから鬼のような質問攻めを喰らったことは想像に難くなかった。色めきたつ友人たちに「勘違いだった」と弁明しなければならなかった彼女の心情を思うと、あまりにやるせない。
和泉ちゃんはそんなジンクスなんて知らなかったろうし、悪意なんてこれっぽっちもなかったはずだ。しかし思春期の女子にこれだけの大恥をかかせておいて「知りませんでした」で済ませてよいものだろうか。
「つまり……恥をかかされたから仕返しをしたと」
「そういうことっす。……大人げないことして、すいませんでした」
秘めた想いを吐き出して冷静になれたのか、彼女はすっくと立ちあがって頭を下げてきた。これだけ素直に謝られてしまうと、こちらとしては立つ瀬がない。
というか事情を聞いてしまうと、大人げなかったのはむしろ私のほうなのではないかという気がしてきた。
「こちらこそごめんなさい。つい熱くなりすぎてしまって……」
「わ、わたしも、ごめんねぇ。おどかしすぎちゃったねぇ」
「いえ……お二人はなにも悪くないっすよ、ぜんぶアタシが……」
和泉ちゃんの善意につけこむ輩は容赦なく排除してやる、と私は心に決めていた。が、今回はその誓いが空回ってしまったようだ。
えちごっちは「イタズラ」の範疇から大きく逸脱するほどの悪意はもっていなかった。きっと私が余計なことをしなくたって、彼女は早晩ネタばらしをするつもりだったのだろう。
「あの……今日は会長、まだ生徒会室にいるっすか?」
「いるはずですよ。全部終わってから報告するつもりだったので、待っててもらってます。一緒に謝りにいきますか?」
「はい……お願いします」
緊張が解けたのか、えちごっちは再びぽろぽろと泣き出してしまった。理由はどうあれ、後輩を泣かせてしまうのはバツが悪い。
今回の件、彼女にも悪いところはあったし、私の解決法も褒められたものではなかった。しかし事の発端はやっぱり――
「あのデリカシー皆無男に、もうちょっとだけ仕返ししておきましょうか。生徒会室の窓からビリィちゃん人形を覗かせてビビらせましょうよ」
「へ!? いや、でも……もう充分……」
「あ、じゃ、じゃあわたし、またドアを叩く役やりたい、ふへへ……」
せっかくだから、謝る前にもう少しだけ懲らしめておこう。なんだか楽しくなってきたが、これは決して、決して、私のイタズラ心がうずくといった私的な理由ではなく。
年下の乙女に恥をかかせた報いということで。大切な友人の過ちを正すのもまた、友人の務めなのだから。
えちごっちの手を引き、ビリィちゃん人形を連れて、私たちは生徒会室へと駆けだしたのだった。




