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皮削ぎビリィちゃん ——その7

――中学一年生の頃の話だ。当時の私はすでに身長180センチを超えていて、生まれつき栗色の髪はどういうわけか年々と明るさを増していた。

身長が高いというだけで、上級生は「生意気だ」と私を罵った。髪色が明るいというだけで、教師は私を「不真面目だ」と決めつけた。そんな彼らの期待に応えるように、私はやさぐれていった。


子供の頃から変な輩に絡まれることは多かったが、中学に上がると厄介事に巻き込まれる頻度はますます高まった。

すれ違っただけの上級性に「自分を見下したから」という理由で喧嘩を売られたことがあった。見下したというか、見下ろしただけなのだが。そっちが小さいんだから、物理的にそうなるのは当たり前なのに。

威勢の良さだけが取り柄のような男に「歩く姿が偉そうだった」と呼び出されたこともあった。私は普通に歩いていただけだ。偉そうに見えたのなら敬えばいいものを、どうして喧嘩を売ろうと思うのだろう。


よくわからない理由で絡まれて、よくわからないままに不条理を受け入れるのは嫌だった。

どの道、大人は私を悪者にする。黙って虐げられていても、向けられた敵意に抗っても、私が悪者であるという結論は揺るがない。

だから私は抵抗した。売られた喧嘩からは逃げなかった。抵抗して、抵抗して、気がつけば私の周りには敵しかいなくなっていた。


あるとき、私は大勢の上級性に囲まれた。二十人くらいはいただろうか。みな、過去に返り討ちにしてやったチビ助どもだった。

こっちが手加減してやったのを都合よく解釈し、人数さえ集めれば私に勝てると盛大な勘違いをしていたようだった。子兎が何匹集まったって、ライオンに敵うわけがないのに。実際、彼らをまとめてブチのめすのに大した時間はかからなかった。

最後に残った一人は、慌てふためいてポケットからナイフを取り出した。といってもそれは、銃刀法にも引っかからないようなしょぼい十徳ナイフだった。そもそも彼は威嚇のつもりで出しただけで、本気で人を刺す覚悟なんかなかっただろうと思う。

それでも、刃物を向けられて冷静でいられるほど私は利口ではなかった。頭に血がのぼってしまった。私は彼からナイフを取り上げ、手加減もせずに彼を殴り倒した。血まみれで転がる上級生たちと、ナイフを持って立ち尽くす私。傍から見て、どちらが加害者かは一目瞭然だった。

駆けつけた教師たちは、問答無用で私を取り押さえた。まぁ、当然だろう。そのころにはいくらか正気を取り戻していたが、逃げるつもりも、抵抗する気もなかった。弁解したって無駄なのは知っていた。私は教師というものに、信じてもらえた経験がなかったから。


そのまま"悪者"として連れていかれそうになったとき、突然現れた謎のチビ助が叫んだ。「悪いのはその人じゃない!」と。それが和泉ちゃんとの出会いだった。

校舎三階から中庭を見下ろしていた彼は、私が上級生グループから呼び出しを受けている場面を目撃したらしい。女子生徒がガラの悪い男たちに囲まれているという状況だけをみて、和泉ちゃんは見ず知らずの私を助けにきたのだった。

弱っちいくせに、どう助けるつもりだったのかは知らないけれど。その後先考えずに動いてしまう馬鹿さ加減が、和泉ちゃんの和泉ちゃんたる所以でもある。


しかし彼が現場に到着したとき、すでに喧嘩は始まっていた。というより、終わりかけだった。和泉ちゃんの助けを借りるまでもなく、私はほとんど上級性をのし終えていた。

相手の男がナイフを取り出し、私がそれを奪ったところも、和泉ちゃんはしっかり目撃していた。彼が必死になって弁解してくれたから、私への処分は大幅に軽くなった。無罪放免とはいかなかったけれど、和泉ちゃんがいたから私の正当性はギリギリのところで保たれた。


和泉ちゃんが私につきまとうようになったのはそれからだ。いわく、「隠神は勘違いされやすいから」と。また濡れ衣を着せられそうになったときには、自分がちゃんと証言してやると息巻いて。

最初は普通に鬱陶しかった。やれ学校にちゃんと来い、やれ言葉遣いを改めろと、いちいち小言ばかり言うものだから。しかし彼と過ごしているうちに――私の心境にも少なからず変化が起きていった。

なにかといえば暴力に頼ってしまう癖はなかなか抜けないし、他人を信じる気にもなれない。それでも言葉遣いを直して、服装を正して、普通の学生に擬態しようと思えるくらいにはなった。

人間、そう簡単には変われないけれど。こんな私を信じてくれる馬鹿な友人を、なるべく失望させないように。


「……それじゃあ会長がこの学校を選んだのって……」

「私に着いてきたんですよ。県内で私が受かりそうな高校はここしかなかったので」


和泉ちゃんの学力なら、ここよりずっと偏差値が高くて、オバケの噂なんか一切ない高校にも進学できた。それなのに彼は椰子木高校を選んだのだ。子供の頃から憧れていたという、キラキラした青春とはおおよそ無縁なこの学校を。


「馬鹿でしょう? だから私は和泉ちゃんが好きなんですよ。焼きそばパンと同じくらい」

「そこまでしてようやく焼きそばパンと同格なのもどうかと思うっすけど……」

「これでも恩は感じているんですよ? 和泉ちゃんにも、焼きそばパンにも」

「焼きそばパンにも!?」


私は和泉ちゃんの馬鹿なところが好きだ。馬鹿真面目で、馬鹿正直で、馬鹿みたいに優しいところが好きだ。

けれど私は知っている。正直者は馬鹿をみる、ということを。そんなふざけた理屈で降りかかる火の粉から、私はあの愛すべき馬鹿を守ってやりたかった。


「と、昔話をしていたら着きましたね」

「え……? ここって……」


到着したのは手芸部室。昨日、"皮削ぎビリィちゃん"の騒動があった現場である。


「ちょうど私がカギを預かっていましたからね。ゆっくりお話するにはうってつけでしょう」

「いや、でもアタシは……」


彼女は露骨に嫌そうな顔をした。

昨日の今日でこんな場所に来たくない、というのは正常な反応だろう。


「怖がらなくてもいいですよ。"皮削ぎビリィちゃん"の件なら、私がとっくに見抜きましたから」

「……え?」


ここはひとつ、彼女を落ち着かせておくべきだろう。

手芸部室のカギを開けながら、私はあらかじめ考えておいた"皮削ぎビリィちゃん"にまつわる推理を披露する。


「結論から言いましょう。ビリィちゃん人形の正体は、未来から来たサイボーグだったんです……!」

「…………へ?」


えちごっちが目を点にしている。それはそうだ。突然こんなことを言われて、はいそうですかと信じるほうがおかしい。

しかし反論の隙は与えない。私は淡々と"皮削ぎビリィちゃん"のサイボーグ説を展開していく。


「二十二世紀からタイムマシンでやってきた呪いの人形型サイボーグ・ビリえもん。それが"皮削ぎビリィちゃん"の真相だったというわけです」

「え、いや、待ってください。ぜんぜん理解が追いついてないっす。どういうわけっすか、それは」

「普通の人形が歩くわけないじゃないですか。なら、ビリィちゃん人形には何らかの仕掛けがあるはず。ここまではOKですか?」

「まぁ……それはそうかもしれないっすけど……」

「ならもう、未来からやってきたサイボーグ人形としか考えられないじゃないですか」

「いや、その理屈はおかしいっす」


全然納得してくれない。そりゃ信じるほうが異常だとは思うけれど、信じるフリくらいしてくれたっていいのに。


「……すいません。やっぱりアタシ、この部屋には居たくないっす。お茶会なら、他の部屋でしませんか」

「あら、そうですか? 仕方ないですねぇ」


彼女は張りつめたように踵を返し、さっさと手芸部室から出ていこうとした。ところが彼女が押し開こうとしたドアは、ぎっ、と耳障りな音を立てて半開きのまま固まった。

床に落ちていた物がドアに引っかかってしまったのだ。「あれ?」としゃがんだところまでは普段通りだった彼女の声色が、ドアを止めている物体を確認すると同時に「なに……これ……」と震えだす。


「カッター……ナイフ……?」


手芸部室のドアに引っかかっていたのは、赤錆びたカッターナイフだった。彼女は「あれ……? うそ、なんで……?」と後ずさりし、私のそばに戻ってくる。直後、ダァン! と大きな音と共に手芸部室のドアが閉まった。

ダン、ダンダン、ダンダンダンダンダンダンダンダン!! 手芸部室のドアが激しくノックされている。えちごっちは胸のあたりをきゅっと握り、声も出せずにドアを見つめていた。得体の知れない何かがドアをノックしているのだ。そりゃ怖いだろう。それでも真っすぐに前を見据えて立っていられるだけ立派なものだ。

ここにいたのが和泉ちゃんなら、今ごろ泡を吹いて倒れていたかもしれないな。そんなことを考えているうちにノック音は止み、手芸部室に静寂が戻ってきた。激しく叩かれたドアは、余波でびりびりと揺れている。


恐怖で固まっているえちごっちをそのままに、私は外の様子を伺った。……人の気配はない。

隙間に引っかかっているカッターナイフを拾い上げたら、ドアはすんなりと開いた。廊下をきょろきょろと見回してから「誰もいないですね」と報告する。えちごっちは顔を青くして、ただ茫然としているだけだった。

それから彼女は後ずさりをして、何かに足を取られて尻もちをついた。反射的に足元を見て、彼女は甲高く悲鳴を上げる。


「い、いやぁぁああぁあぁあぁぁああ!!」


えちごっちはスーパーボールみたいに跳ね上がり、私の足元にしがみついてきた。

彼女の足元にあったのは、腫れぼったい目をしていて、だらしなく開いた口からはリアルな歯が覗く、いやに不気味な造形物。

それは、行方不明になっていたはずのビリィちゃん人形だった。


「な、なんで!? なんでビリィちゃんが……!?」

「なんだ、あるじゃないですか。ビリィちゃん人形」

「そ、そ、そんなわけ……だって、だってその人形は……!」


混乱する彼女にすっと顔を近づけ、少しだけ凄んでみせる。


「だって『ちゃんと隠しておいたはずなのに』、ですか?」


彼女はびくりと肩を揺らして黙り込んだ。

頭の良い彼女のことだ。きっと私がなにを言わんとしているのか、今の一言だけですべて理解したのだろう。


「……和泉ちゃんみたいに理詰めはできませんから、ストレートに聞きます。"皮削ぎビリィちゃん"は、あなたの自作自演ですよね」

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