皮削ぎビリィちゃん ——その3
「……というわけで会長! こちらがその"皮削ぎビリィちゃん"の現物っす!」
「ちょっおおおい!? あんまり俺に近づけないでくれる!?」
放課後。私たち生徒会は蟷螂坂えちごと合流し、部室棟三階の手芸部室にやってきていた。件の"皮削ぎビリィちゃん"を調査するためである。
どうも人を怖がらせることに生きがいを見出しているらしい蟷螂坂えちごは、鷲掴みにしたその人形を和泉ちゃんに押しつけてご満悦だ。和泉ちゃんが半泣きなのは、アレルギー反応だろうか。
「しかし実際、なかなか不気味な造形ではありますねぇ」
あまり虐めすぎると和泉ちゃんが登校拒否を起こしてしまいそうなので、私は蟷螂坂えちごの手から人形を取り上げた。
ビリィちゃん人形は、お世辞にも「かわいい」と言えるようなデザインではなかった。目は殴られたかのように腫れぼったく、割けるほど吊り上がった口からはリアルな歯が覗いている。生々しい目や口の造形に反して、鼻や耳があるべき部分はつるんとしていた。
左右の手の長さが違っていたり、足の生える位置がおかしかったりと、全体的には幼い子供が描いた絵を思わせるシルエットだった。それでいて部分部分は人間そっくりに作られているものだから、あたかも人間と人形が合成された物体を見ているような薄気味悪さがある。
「ほら、隠神センパイは普通に持ってるっすよ? 会長もせめてちゃんと見てくださいよ」
「見てる見てる」
「めちゃくちゃ薄目じゃないっすか」
「直視したら目が焼けるかもしれないからな」
「太陽じゃないんすから」
和泉ちゃんが怯えきっているのはいつものこととして。たしかに見た目は強烈だが、実際に持ってみると「普通の人形」以上の感想はない。布と、綿と、プラスチック部品の感触。どう考えたって、こんなものが自力で歩き回るわけがなかった。
ちぎれない程度に引っ張ったり、軽く叩いてみたり。私がビリィちゃん人形をいじくりまわしていると、不審そうな目の和泉ちゃんに「壊すなよ」と警告された。べつに壊すつもりはなかったが、ふと気になったので聞いてみる。
「これに関しては壊したほうが手っ取り早くないですか?」
"血涙のヴィーナス"のときは、ヴィーナス像は学校の備品だから壊すなという理屈だった。"壁になった女の子"や"生者を笑うモノ"は建物や設備に原因があったから、破壊するなというのも理解できる。
けれど今回はどうだ? おそらくビリィちゃん人形はかつての手芸部員が手作りした作品で、今となっては持ち主不明の忘れ物でしかない。我が校の備品でも設備でもないから、破壊したところで困る人間はいないはずだ。
これまでの私が考えナシであったことは否定しないが、今回ばかりは我ながら的を射た意見だと思った。ところが和泉ちゃんはビリィちゃん人形を破壊する案に難色を示した。
「……正直、俺はこの人形を心底気持ち悪いと思う。持ち主に放置されているのは事実だし、壊したって誰も困らないっていうのは実際その通りだと思うよ。けどさ……」
和泉ちゃんは下唇を噛み、私にしっかりと目を合わせてから言った。
「だから壊していい、っていうのは違うと俺は思う。この人形だってきっと誰かが好きで作ったものなんだ。自分には理解できないから、持ち主がわからないから……そんな理由で、誰かの好きなものを無碍には扱いたくない」
ハッとした。作り手の想いも努力も踏みつけにして、ただの"怪談"として処理してしまう。それって結局、ユウレイラジオにあることないこと言ってる奴らと同じじゃないか。
自分が好きなものを否定されるのは許せないのに、興味のないものはぞんざいに扱う。私が提案したのは、そういう恥知らずな選択だった。この人形を破壊して誰かの"好き"を否定してしまったとき、私は胸を張ってユウレイラジオのファンを名乗れるだろうか。
「……全身の毛穴という毛穴からウロコが落ちました」
「気持ち悪っ。まぁ、わかってくれたならいい」
それから和泉ちゃんは「もっと現実的な問題もある」と話を続けた。
「壊すべきは"皮削ぎビリィちゃん"という怪談であって、人形じゃない。物理的に人形を破壊したところで、"皮削ぎビリィちゃん"の噂が消失するとは限らないからな」
「人形そのものがなくなったら、人形が歩き回るという怪談は成り立たないのでは?」
「怪談はいとも簡単に変質するからな。現行の噂に『ビリィちゃんは破壊された恨みを晴らすために今も校内のどこかに潜んでいる』なんて尾ひれがついたとしたらどうだ?」
あ、なるほど。人形そのものを廃棄しても、怪談のほうが都合よく捻じ曲げられる恐れがあるのか。
人形はあくまで"皮削ぎビリィちゃん"という怪談の媒体に過ぎず、本質は"情報"にある。人形の存在を覚えている人がいる限り、"皮削ぎビリィちゃん"はどうにでも内容を変えて語り継がれるかもしれない。
「じゃあいつも通り、原因を地道に調べていく感じですか」
「それしかなさそうだが……今回のはちょっと厄介だな」
「なにがです?」
「解明しようにも、現象が起こりそうにない」
これまでに解決してきた百鬼椰行では、曲がりなりにも不可解な現象が起こっていた。ヴィーナス像が血の涙を流す。壁に女の子の顔が浮かび上がる。無人のプールで笑い声がする。そういう現象が実際に起こっていたからこそ、その原因を突き止められたのだ。
仮にビリィちゃん人形が私たちの目の前で歩き出しでもすれば、きっと和泉ちゃんがメカニズムを説明してくれるのだろうけれど……いくらなんでも人形が自力で動くとは思えなかった。さすがの和泉ちゃんも、起こっていない怪奇現象を解明することはできない。
「一応、ビリィちゃんを動かす条件は『人形に恨まれるようなことをする』って話でしたよね」
「殴ったり罵倒したり、ってやつか……そんなことをして動くとは到底思えないけどな」
「言っときますけど私はやりませんよ。もう人の好きなものを無碍に扱わないと誓ったので。さっき」
「え!? 言っとくけど俺も絶対に嫌だからな!? 『呪いの人形に恨まれるようなことだけはするな』って祖父の遺言があるから!」
私も和泉ちゃんもやりたくないなら、残りは一人しかいない。
二人そろって蟷螂坂えちごをじーっと眺めると、彼女は「ええ!? アタシっすか!?」と困惑した様子だった。
「嫌っすよ! この流れでビリィちゃんを虐めたりしたら、アタシだけメチャクチャ悪者みたいじゃないっすか!」
「いやいやいや……まぁ……ね? これもビリィちゃんの濡れ衣を晴らすためだから。ここは蟷螂坂にいっちょ頑張ってもらいたいっていうか」
先輩としての頼り甲斐も、生徒会長としての誇りもなく、和泉ちゃんはへすへす笑って蟷螂坂えちごを実験台にしようとしている。
それなりに付き合いの長い私にはそれが彼の悪ふざけだとわかるが、蟷螂坂えちごの目には普通に最悪の先輩として映っていないだろうか。
「真面目な話、人形に復讐されるなんてことはあり得ないからさ。軽く罵声を浴びせるだけでも頼むよ」
「えぇ~……? じゃ、じゃあ……えっと、ビリィちゃんのバーカ。アーホ。お前の母ちゃんデーベソ」
「……悪口の語彙が小学生すぎるな。果たしてそんなんでビリィちゃんは反応するんだろうか」
「だっ、だってアタシ悪口とか苦手なんすもん! どう言ったらいいかわかんないっすよ!」
「どうやらお手本が必要みたいだな。よし隠神、ちょっと俺に悪口を言ってみてくれ」
「妖怪アルティメット意気地なし豆チビ王国ムッツリスケベ担当大臣」
「よーしそこまでだ。俺への悪口はスラッスラ出てきやがんなコイツ」
私たちは結局、蟷螂坂えちごの「バーカ。アーホ。お前の母ちゃんデーベソ」で、ビリィちゃんに恨まれる条件を満たしたと考えることにした。
というか、ただの人形を相手に恨みを買うだの危害を加えるだのと真剣に考えるのがあほらしくなってしまったのだ。"皮削ぎビリィちゃん"は今までの百鬼椰行とは違って実害を受けた生徒もいないらしかったので、それなら他の調査を優先しようという話になったのである。




