皮削ぎビリィちゃん ——その2
――"私"は生まれつき加害者だった。
物心ついたときには周りの子より二回りも三回りも背が高かったから、喧嘩になれば大人はすぐに私を止めようとした。
先に手を出してきたのが向こうでも、数人がかりで襲い掛かられても、相手が武器を携えていたとしても、大人は決まって私を悪者にした。
背が高い、というのはそれだけで悪らしい。チビ助どもが私に加える危害は「じゃれつき」で、私がやり返すことは「暴行」と呼ばれた。
生まれつき栗色の髪も、私への風当たりを大いに強めてくれた。
この国の大人は髪の色で人を差別する。ただ明るい髪色をしているというだけで、どういうわけか彼らは私を「不良」と決めつけるのだ。
教師は「生徒指導」と称して私の髪色を否定する。生まれつきだと主張すると、それなら黒く染めてこい、と意味不明な要求をしてくる。
中学時代の社会の授業、世界の人種差別問題について熱く語る教師を見て吐き気を感じた。私の髪の色を否定したその口で、どうして差別を糾弾できるのか。
いつしか私は、大人を敵視するようになった。教師を見下し、彼らの教えに興味を失った。
向けられた悪意を黙って受け入れるのもやめた。やり返そうと、耐えようと、あいつらは結局"私"が悪いと決めつける。
どちらに転んでも、悪いのは私。なら、やり返さなければ損ではないか。
『――というわけで三途の川からお届けしましたユウレイラジオ! お相手はこのオレ、DJユウレイでした! また来世でお会いしましょう! うらめしや~!』
物思いに耽っていたら、大好きなユウレイラジオの後半を少し聞き逃してしまった。録音は上手くいったようだから、べつにいいけど。今日の放送はあとでゆっくり聴き返そうと決めて、スマホの録音アプリをオフにした。
椰子木高校、生徒会室。曲がりなりにも生徒会副会長であるこの私――隠神伊予は、このところ生徒会室を私物化していた。ここなら誰にも邪魔されず、ゆっくりとユウレイラジオを楽しむことができる。
ここには私と、和泉ちゃんしかいない。彼はユウレイラジオを楽しむ私に気を遣って物音を立てないようにしてくれるから、お昼の生徒会室はいつも静かだった。向こうがどう思っているのか知らないが、私はこの穏やかな時間が好きだ。
「ユウレイラジオは終わったので、もう声を出してくれてもいいですよ。和泉ちゃん」
「…………」
「和泉ちゃん?」
食べかけの弁当をそのままに、和泉ちゃんは何やら深刻そうな顔で固まっていた。冷や汗がすごい。
「どうかしたんですか?」と聞くと、彼はハッとしたように「いや、なんでもないよ。考え事をしていただけだ」とごまかした。
「考え事……ですか。思春期だからって"そういうこと"ばかり考えるのも感心しませんよ」
「待て。とんでもない濡れ衣を着せられている気がするんだが」
「あらあらまあまあ。濡れた衣ですって、いやらしい。和泉ちゃんはいつも、女子をそういう目で?」
「見てない!」
「では男子を?」
「とんだ濡れ衣だ!」
いつもながらに、からかい甲斐のあるチビ助である。私からみれば世の男の大半がチビ助なわけだが、和泉ちゃんはその中でもとびきり小さい。身長……たしか150センチとか言ってたか。
しかし和泉ちゃんは私に「じゃれついて」きたりしないので実に好ましい。まぁ、彼はそこらの大人よりもよっぽど口うるさいのが玉に瑕だけれども。
「……じゃ、本当は何を考えていたんです?」
「いや、その……だな」
やはり、どうにも様子がおかしい。まさか本当にエッチな妄想に耽っていたわけでもないだろうけれど、言いづらい内容には違いなさそうだ。
当人が言いたくないなら無理に聞き出すこともない。知る必要のあることなら、放っておいてもいずれは教えてくれるだろう。彼が言わないなら、きっと私がまだ知るべきではないことなのだ。
「ま、なんだっていいですけど。それより和泉ちゃん、例の調査は今日から始めるんですか?」
「例の調査? あ、ああ。"皮削ぎビリィちゃん"か」
――皮削ぎビリィちゃん。
放送部部長の蟷螂坂えちごが、例のごとく生徒会に持ち込んできた百鬼椰行である。
話はこうだ。何年も前に廃部になった手芸部の旧部室に、不気味な人形が起きっぱなしになっている。
歯をむき出しにして笑い、目はあらぬ方を向き、緑や紫の絵の具が塗りたくられている。その人形の名は、ビリィちゃん。
ビリィちゃんは"呪いの人形"として恐れられている。なんでもある条件を満たすと、ひとりでに歩き出すのだそうだ。
条件は「ビリィちゃんに恨まれること」。殴ったり、罵倒したり、汚したり……方法はなんでもいいらしい。とにかく人形に恨まれそうなことをすれば、ビリィちゃんは動くのだという。
動き出すのは放課後。誰も居なくなった校内で、ビリィちゃんはひたひたと歩き出す。自分に危害を加えた人間に恨みを晴らそうと、学校中を探し回るのだ。
かちゃかちゃ、きききき。カッターナイフを床に引き摺る音が聞こえたら、ビリィちゃんが近づいてきた合図。恨みを買った人間は、決してビリィちゃんに見つかってはいけない。
見つかったが最期、復讐されてしまうからだ。ビリィちゃんは大きなカッターナイフを犯人の肌に突き立てて、じっくりと時間をかけて人間の生皮を削ぎ取っていく。恨んだ分の気が晴れるまで、削ぎ取る皮がなくなるまで、犯人が動かなくなるまで。
そんな物騒な噂から、その人形は"皮削ぎビリィちゃん"と呼ばれるようになった。多くの生徒は気味悪がって近づこうともしないが、ときどき「肝試し」と称してビリィちゃんに手を出す生徒もいるらしい。
「危害を加えると復讐しにくる人形……だったな。ま、まぁ、荒唐無稽だ。ここまで突飛な話になると逆に怖くもなんともないっていうか……」
「へぇ。それじゃあ今回の調査は一人で行ってみますか?」
ちょっとイジワルを言ってやったら、和泉ちゃんは爽やかな笑顔で「無・理☆」と言い切った。そんな即座に降伏するなら虚勢なんか張らなければいいのに。
「俺、呪いの人形アレルギーなんだ。きっと呪いの人形に触ったら涙が出るし、呼吸困難にもなる」
「それじゃあ一人で調査は無理ですねぇ。アレルギーなら仕方ない。着いていってあげますよ」
もうすぐ昼休みが終わる。本格的な調査は放課後からになるだろう。私は午後の授業なんかサボったって構わないが……まぁ、たまには出席日数でも稼いでおくか。
予鈴と共に席を立ち、私は「ほら、五時限目が始まりますよ」と和泉ちゃんを促す。珍しくまともに午後の授業を受けようという私に気づき、和泉ちゃんはパッと嬉しそうな顔をした。そんなに喜ばれるなら、たまには授業に出てやってもいいかもしれない。
和泉ちゃんは食べかけの弁当にフタをして、「行くか」と私に声をかける。しかしそれから一瞬だけ表情を暗くして、彼はよくわからない質問を投げかけてきた。
「……なぁ隠神。"巻き戻し"ってわかるか?」
「え? "早戻し"のことですか?」
和泉ちゃんは「合ってる」とだけ言って、生徒会室の扉を開けた。結局、今のはなんのクイズだったんだろう。
巻き戻し、巻き戻し? 最近、どこかで聞いたような気がする。どこだっけ。和泉ちゃんの背中を追いかけながら、私は首を傾げるばかりだった。




