生者を笑うモノ ——その6
レイバーン先生はなんだかんだで隠神のサボリも容認してくれたらしい。そろそろ三時限目のチャイムが鳴るという頃、レイバーン先生は教室棟に向かっていった。
俺はその足で"生者を笑うモノ"の調査に向かう。プールがあるのは「特別教室棟」とも呼ばれるC棟の屋上。水泳の授業がなければ入り口は施錠されているので、念のため真白さんからプールのカギも借りてきた。これでもしプールの中から笑い声が聞こえても、すぐに飛び込んで犯人を捕らえられるという寸法だ。
「こら。二分遅刻ですよ、和泉ちゃん」
「サボリで遅刻を咎められることってあるんだ」
先んじてスタンバイしていた隠神は屋上入り口の階段でふんぞり返り、小型機でゲームなどしつつ、お菓子を広げて食べていた。
禁止物の持ち込みに買い食い、あと態度。そもそもがサボリ。こうも不真面目のコンプリートセットを見せつけられると、注意する気を通り越してちょっとウケてしまった。まぁ、今日は俺もサボリなのだから注意する立場にはないか。
「ほら、和泉ちゃんも座って。ほらほら、遠慮なく」
「ここはお前のナワバリじゃないんだけどなぁ」
「ナワバリみたいなものですよ。この場所に不良が寄り付かないのは、私のおかげなんですから」
プールの授業でもないのにここへ来たのは初めてだが、屋上入り口はなかなか快適なスペースだった。人通りがなく静かで、すりガラスから差し込む日光が穏やかに空間を照らしている。
授業をサボるのに、こんなに居心地の良い場所もそうないだろう。しかし我が校の不良生徒の間で、ここは隠神伊予の出現ポイントとして認知されていた。ブレイクタイムに虎の巣穴へ飛び込む馬鹿はいない。ゆえに不真面目な生徒ほど、用もないのに屋上に来たりはしないらしい。好き勝手やっているようでいて、不良の世界にも上下のしがらみがあるのだ。
「必要悪、というやつですよ」
「当の本人が言うことではないな。それにお前は、言うほど悪人じゃない」
「悪人ですけどね、普通に」
「自分でそんなこと言ってるから誤解されるんだぞ。もっと周りにアピールしなさいよ、『ボク わるい いぬがみ じゃないよ!』ってさ」
「表面だけ取り繕っても、中身が伴ってなければ、アピールするだけ無駄でしょう」
「中身が表面に引っ張られることだってあるさ。形から入るタイプなんだろ?」
そう、隠神は形から入るタイプだ。むやみに丁寧な言葉遣いも、お手本のような制服の着こなしも、形から真面目になろうという決意の表れなのである。
言動や行動が形に伴っているとは、まだまだ褒めてやれないが。本人なりに努力しているのは俺の認めるところだ。ならば俺は生徒会長として、友として、隠神の更生を見守ってやりたい。
「レイバーン先生も心配してたぞ。成績と出席日数がヤバいから授業に出てほしいってさ」
「あの教師が私の心配なんかするわけないじゃないですか」
「なんでトゲのある言い方をするかなぁ。薄々思ってたけど、レイバーン先生と仲悪いのか?」
「逆に聞きますけど、この私が生徒指導の教師と仲良しだとお思いで?」
「なんで自信満々なんだよ」
レイバーン先生はべつに隠神を嫌っているわけではないと思うのだが。むしろ、かなり気にかけてくれているような気がする。
二人の仲が険悪なのだとすれば、問題は隠神のほうにあるのだろう。DJユウレイの正体をはぐらかされているのも一因ではあるだろうが、隠神はもともと教師不信なところがあるから。
「そりゃ、すべての教師が聖人君子だとは言わないけどさ。悪い先生もいれば、良い先生だっているんだぞ」
「ふん。教師なんてどれも同じようなものですよ、どーせ」
「相手のことを知ろうともせずにレッテルを貼るのは、ユウレイラジオを悪く言う生徒と同じなんじゃないか?」
「う゛……痛いところを突きますね」
「それに、お前にいろいろ押し付けてくる奴らともな」
「……か弱い女子に正論パンチとは。和泉ちゃんの暴力亭主め」
「誰がか弱くて、誰が亭主だって?」
隠神は床に広げたスナック菓子をつまんで口に放り込み、バツが悪そうに目を逸らした。俺も勝手にひとつ食う。
「生徒会長が買い食いしていいんですか?」と聞かれたので、「これは買い食いじゃない。盗み食いだ」と返した。
「教師にいい思い出がないんですよ。昔から、怒られてばっかりです」
「悪いことをしたならちゃんと怒られろ。不当に怒られたなら、俺に言え。一緒に抗議してやる」
「私なんかに味方するから、ヘンテコな学校で青春を潰す羽目になるんですよ」
「うるせぇ。俺が決めたことだ。あと、私なんかとか言うな。自信を持てといつも言ってるだろ」
「……でしたね。自信を持たねば。私は全人類の超越者にして、やがては神々さえも超える器。美の女神も泡を吹いて卒倒する完全無欠のアルティメット美少女、隠神伊予なのですから。ひれ伏せ」
「まぁ、うん。自信つっても、限度はあるけどな。お前の中にちょうどいいラインって存在しないの?」
隠神はやることなすこと無茶苦茶だし、品行方正とは真逆の生き方をしてもいる。けれど、いいところだってたくさんある。
話してみれば存外、面白いヤツでもあるのだ。当人がもっと素直に人と関われるようになれば、理解者はきっと増えると思うのだが。
「それにほら、レイバーン先生と仲良くなればユウレイラジオのことも何か教えてくれるかもしれないぞ」
「む……それはたしかに。でも、教師と仲良くなるにはどうしたらいいんでしょう……」
「真面目に授業を受けるのが一番だろ」
「却下。他には?」
「却下すな。他って言われてもな……あ、そうだ。超絶スーパー面白ギャグで笑わせるってのはどうだ?」
「ほう。超絶スーパー面白ギャグですか。気になりますね、お手本を見せてください」
「しまった。最悪のカウンターを喰らった」
想定していた「先生の前でギャグなんてしたくない」→「じゃあ真面目に授業を受けるしかないな」という会話の流れにはならず。
隠神は「おーもしろ! それ、おーもしろ!」と嫌すぎるコールでギャグを催促してくる。約束された地獄への道。ここでどんなギャグを披露しようともスベる未来は決まっていた。
かといって、日和って逃げたと思われるのも癪である。俺はこれで負けず嫌いなのだ。どちらを選んでもバッドエンドが確定しているなら……ここはいっそ、勢い任せのギャグで一発逆転を狙う!!
俺はおもむろに階段を駆けおり、踊り場で「ピィーーーーー!!」と奇声を上げながら暴れ狂った。さぁ聞け隠神。これが今の俺にできる精一杯のギャグだ!!
「ダイナミックに動く点P!!」
刹那、静まり返る空間。それは俺の人生のなかで最も長い数秒間だった。まるで地球上から人類が消え去ってしまったかのような……いや、むしろ人類なんて消え去ってしまえばいいのにと思えるような、無限の静けさが肌に染み込んだ。
「あはははは……」
止まりかけた時を動かしたのは、ほんのわずかな笑い声だった。
俺は縋るような気持ちで顔を上げ、「ど、どうだ隠神! 面白かったか!」と尋ねた。しかし隠神は、すんとしたまま「いえ、ぜんぜん」と無慈悲に言い放った。
「え? でもお前、今笑って……」
「……私、笑ってないですよ?」
ほとんど二人同時に、屋上の扉に目を向けた。カギは閉まっている。向こうに誰かがいるはずはない。けれどたしかに、それは扉の向こう側から聞こえてきた。
「「「はは、はははは……ぎゃははははははははははははははははははははははははは!!」」」
いる。扉の向こうに、確実に何かが。それも一人や二人じゃない、無数の何かが。




