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幽霊の、正体見たり、壊したり ——その2

我が校にはうんざりするほど多くの怪談がひしめいている。

それはいわゆる「学校の七不思議」なんて生易しい数ではない。


一年一組~三年六組までの全教室、理科室や音楽室といった特殊教室、階段や廊下の隅々に至るまで、ありとあらゆる場所に"いわく"があるのだ。

図書室には呪われた本が七十冊くらいあるし、各教室には呪われたでっかい三角定規だとか、呪われた黒板消しクリーナーなんてものまで存在する。もう、ホント勘弁してほしい。


七不思議の器に収まりきらない膨大な怪異譚は、生徒の間で"百鬼椰行ひゃっきやこう"と呼ばれている。

が、確認されている怪談の数は100や200じゃ利かないので、この大風呂敷な名称ですらとっくに破綻しているという始末だった。その膨大さゆえ、オカルトマニアの蟷螂坂でさえ百鬼椰行のすべてを把握しきれてはいないらしい。


そのうえタチの悪いことに、百鬼椰行はこの期に及んでじわじわと増え続けている。

さっきの"漆黒の一反木綿"が良い例だ。件の目撃者はきっと友人知人に「一反木綿を見た」と吹聴し、動画を見せて回っているのだろう。そうして学校中に噂が広まっていき、やがては"漆黒の一反木綿"が新たな百鬼椰行として語られるようになっていくわけだ。


「この学校、楽しいじゃないっすか。どこもかしこもオバケの話でいっぱいで」

「俺はもっと普通の高校生活が送りたかったんだよ! なんかこう……クラスが一丸となって体育祭に望みッ! 合唱コンクールで共に歌いッ! 涙を流しッ! 時には恋をしッ! 恋をされッ! ……みたいな空気を肺いっぱいに吸い込むッ……! そんな感じの青春をッ……!」

「それはそれで高校生活に夢を見すぎな気もするっすけどねぇ」


小学生の頃、何気なくつけたテレビで熱血教師ドラマの再放送を観た。タイトルも知らないし、ストーリーも難しくてあまり把握できなかった。けれど俺は、その登場人物のキラキラした青春の在りように心を奪われた。

泥臭くて、恥ずかしいほどに真っすぐな友情の物語。高校生活ってこんなに輝いているものなんだ。ああ、自分も大きくなったらこんな青春が送りたい! 影響されやすい子供だった俺は、ドラマのような青春に強い憧れを抱いたのだ。


……しかし椰子木高校での日常は、"普通の青春"とはほど遠かった。迂闊にもオカルトまみれの高校に入学してしまった時点で、思い描いた青春は粉々に砕け散ってしまったのである。


「校庭で人面犬の目撃が頻発している」というバカみたいな理由で体育祭が延期になったり、「ピアノが"人喰いピアノ"に進化した可能性がある」というアホみたいな理由で合唱コンクールが中止になったりする我が校。

少しでも青春っぽいことがしたい! という想いから立候補した生徒会にも、オバケ絡みのトラブルばかり持ち込まれてしまい……テンプレートな思い出を何一つ作れないまま、高校三年生の四月。今さらながら、俺は進路選択の失敗を痛感していた。


「会長も強情っすねぇ。こんな学校でオカルト否定派だなんてナンセンスっすよ? いい加減、認めちゃえば楽なのに」

「嫌だね。俺は非現実的なものは信じない主義なんだ。怪談なんて、どれもニセモノのツクリモノのマガイモノに決まってる。実際、蟷螂坂が持ち込んできた怪談も全部そうだっただろう」

「やれやれ。なんでもかんでも科学で証明できると思ったら大間違いっすよ会長。"オバケなんてないさ理論"も大概にしなきゃ」

「いないものはいない。オバケなんて嘘さ。寝ぼけた人が見間違えたんだろ、きっと」


そんな話をしていると、廊下のほうからドタバタと足音が近づいてきた。音は生徒会室の前で止まり、ガラリと勢いよく扉が開く。

入ってきたのは見知らぬ男子生徒。彼はこちらを見るや否や、「白蔵会長! 助けてください!」と叫んだ。白蔵はくら 和泉いずみは俺の名前だ。……すごく、嫌な予感がする。

生徒会室に持ち込まれる相談には、大きく分けて二つのパターンがあった。ひとつはオカルト関連、百鬼椰行にまつわるトラブルの相談。そしてもうひとつ、百鬼椰行に匹敵する頻度で持ち込まれる厄介事といえば――


「隠神先輩が……! 美術室で暴れてます!!」


学校一の問題児、隠神いぬがみ 伊予いよにまつわるトラブルである。

その名が飛び出した瞬間、蟷螂坂は「げ」と小さく声を出した。


「隠神センパイ、今日来てるんすか?」

「ああ……珍しく午後の授業まで受けてると思ったらコレだよ」

「へ、へー……? あッ! わ、私、放送部の仕事があるんでそろそろお暇しますね! それでは!」


捕食者から逃げ出す小動物のごとく、蟷螂坂はあっという間に姿を消した。隠神とは関わり合いになりたくないのだろう。まぁ、無理からぬことだ。

隠神伊予は、世間一般に「不良」と称されるタイプの人間である。その悪名が県内全域に轟いているとか、そういうレベルの。隠神が歩けば周囲の不良は腰を90度に折り曲げて、嵐が去るのをじっと待つ。さながら大名行列のように。

以前は隠神を倒して名を揚げようという血気盛んなやつらもいたが、最近はそういう話もとんと聞かなくなった。そういった輩は隠神が一人残らず返り討ちにしてしまったからだ。県内最大規模の暴走族をたった一人で壊滅させた……なんていう噂がたったあたりで、隠神に逆らう者は誰もいなくなった。


「……美術室だっけ? とにかく急ごうか」


とるものもとりあえず、俺は美術室に向けて走り出した。

廊下を走ってはいけません、なんて注意してくる教師はいない。生徒会長である俺が校内を走り回るのは、たいてい隠神絡みのトラブルを解決するためだとみんな知っているからだ。

生徒はおろか、教師の中にさえ隠神を畏怖する者がいる。だから隠神がなにか問題を起こすと、その相談は教師ではなく俺のところに持ち込まれることが多い。俺は諸般の事情により、隠神にモノを言える数少ない人材だったからだ。


「隠神ィ! なにやってんだお前はまた!」


そう叫びながら美術室の扉を開ける。目に飛び込んできたのは、右手で美術部部長の胸倉を掴み、左手でヴィーナスの石膏像をわしづかみにする隠神の姿だった。

周囲では美術部員たちがおろおろと動き回っていて、みな一斉に「たすけてくれ」という視線をこちらに向けてきた。どういう状況なのかさっぱりわからない。わからないが、今まさに隠神が問題を起こしていることだけはひしひしと伝わってきた。


「あら。和泉ちゃんじゃないですか。ごきげんいかが?」

「……よぉ隠神。ごきげんは最悪だよ、おかげさまで」


ぜぇぜぇと息を切らしながら隠神の巨体を見上げる。悲しいかな、俺の身長は隠神よりもリンゴ五つ分ほど小さい。

隠神伊予。俺と同じ高校三年生で女子生徒。二メートルジャストの身長と、人間離れした筋力。トップモデルのようなスタイルから繰り出される、バーサーカーのごとき格闘術。泣く子がもっと泣く"椰子木の怪物"と言えば、この町で知らぬ者はいない。


「で、隠神? 今日はどのような悪事を働いていらっしゃるんだお前は」

「その言い方だと、まるで私が毎日悪いことをしているみたいじゃないですか」

「そう聞こえたなら身に覚えがあるんだろ。いいから、とりあえず部長さんを離してやれよ」


隠神が右手をパッと開くと、解放された美術部部長が「ひぃぃ」と声をあげながら俺の背後に回りこんできた。

たぶん隠神に聞いても詳しい事情はわからないので、俺は美術部部長に対して「何があったのか説明してもらえますか」と声をかけた。


「ヴィーナス像を盗もうとしているんです、その人!」


さながらプロレス技のアイアンクローのように、隠神はヴィーナス像の顔を鷲掴みにしていた。

それ自体はこの美術室の備品で、主にデッサン用のモチーフとして使用されている石膏像だ。


「盗もうとしているだなんて人聞きが悪いですね」

「違うのか? 俺の目には今まさにヴィーナス像を盗む女が映っているんだが」

「違いますよ。私はただ、このヴィーナス像をブチ壊そうとしているだけです」

「なお悪いわ」


先ほどから俺を盾にして震えている美術部部長に、さらに詳しい話を聞いてみる。

およそ十五分ほど前。美術部の皆さんがヴィーナス像のデッサンをしていたところ、隠神はいきなり乱入してきたらしい。突如として現れた"椰子木の怪物"に固まる美術部員たち。タイミング悪く、顧問の先生も不在だった。

隠神は「ごめんあそばせ」と一言だけ発すると、むんずとヴィーナス像の頭部を鷲掴み、そのままどこかへ持ち去ろうとしたそうだ。美術部部長はパニックになりつつも、勇敢に「うちの備品を持って行かないでください!」と叫んだ。その隙に下級生の一人が生徒会室へと走り……俺が呼ばれて、現在に至るということだった。


「どうして部長さんの胸倉を掴んでたんだ。まさかとは思うが、怪我させてないだろうな」

「させてませんよ。その方、足元がおぼつかない様子だったので支えてあげていただけです」


ちらりと後ろに目をやる。美術部部長は膝をガクガクと震わせていて、たしかに今にも倒れてしまいそうだった。隠神のことがよほど恐ろしかったらしい。

彼が転びそうだったから支えてあげた、という隠神の主張におそらく嘘偽りはない。中学時代から付き合いのある俺にはわかる。隠神は保身のために嘘をつくような小物ではないからだ。

本人が善意でやったと言うなら、きっとその通りなのだろう。何を隠そう、隠神は世間で言われているほどの大悪人ではない。しかしこの女、常識では考えられないような超ド級のアホなのだ。


「……隠神。転びそうな人を支えるときはせめて胸倉以外を掴むようにしろ」

「金玉などですか?」

「胸倉と金玉以外を掴むようにしろ」


人並外れたフィジカルと、ネジの外れた思考回路。それらが隠神の悪名を高める一因となっていた。

優先席で騒ぐ不良をボコボコにしておばあさんに席を譲る……みたいな異常行動を取り続けた結果として、今の隠神の評価がある。

世間じゃ"椰子木の怪物"なんて呼ばれているが、その実態は力の使い道を間違え続けてきた悲しきモンスターなのだ。

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