生者を笑うモノ ——その4
「その"生者を笑うモノ"でしたっけ。たぶん私、何度かその笑い声を聞いたことがあります」
「「は???」」
思わず、蟷螂坂とシンクロしてしまった。
「それ、いつの話だ?」
「えーと、最近だと先週くらいでしたかね。プールの入り口は閉まってるんですけど、扉の向こうから笑い声が聞こえるんですよ。ぎゃははは! 的な」
「わー! まさにそれっすよ! "生者を笑うモノ"の怪!!」
オカルトマニアの蟷螂坂は、意外な人物から飛び出した心霊証言にテンションがブチ上がっていた。一方、俺はテンションだだ下がりである。
ああ隠神よ。お前だけは味方でいてくれるんじゃなかったのか。お前まで幽霊を見たとか聞いたとか言いだしたら、俺はこの先どうやって恐怖心と戦えばいいのだ。
「それで、なにか霊的なものを感じたりはしました!? 鳥肌が立ったとか、急に肌寒くなったとか、些細なことでいいので!」
「いえ、特には。私、普通にドアの向こうにサボリの生徒でもいるものだと思ってましたから」
「背中がぞわっとしたとか、誰かに見られているような気がしたとか……なんでもいいから感じなかったんすか?」
「うーん……強いて言うなら、ですが。ときどき『フジツボって生きてて楽しいのかな?』と感じることはありますね」
「感じたことなんでもいいとは言ったっすけど、そこまでフリーダムな所見は求めてないっす」
にわかにテンションが上がり、苦手意識を忘れて隠神を質問攻めしていた蟷螂坂。ところが当の隠神がアホな返答しかしないので、蟷螂坂は目に見えてクールダウンしていった。
「フジツボって貝じゃなくてカニに近い生物らしいですよ。なにを思ってあんなバッドエンド進化を遂げたんでしょうね」
「いつまでフジツボの話してるんすか。それ、プールの笑い声と全然関係ないじゃないっすか」
「まぁ、あの場所で変な笑い声を聞いたことがあるのは事実ですよ。毎回ってわけじゃないですけど、屋上に行くとけっこうな頻度で聞こえますね」
「むー……そこが不思議なんすよね。実はアタシも聞いてみたくて待ち伏せしてみたことがあるんすけど、結局一度も聞けなかったんすよ」
蟷螂坂は面白くなさげに「やっぱアタシって霊感ないんすかねぇ」と呟いた。
隠神と真白さんには聞こえて、蟷螂坂には聞こえなかった謎の笑い声。しかしオカルトそのものを否定する立場の俺としては、そこに「霊感」なんて不確定な要素が関わっているとは思いたくない。そんな曖昧な判断基準より先に、確認しておくべき事項もあるわけだから。
「隠神、お前がその笑い声を聞いたのって、もしかして授業中か?」
「そうです。プールの授業がない日は、教師もなかなか屋上まで上がってはきませんから」
「……じゃあ、霊感は関係ないな」
「ないでしょうね」
真面目な下級生の二人は、このやり取りを聞いて頭に「?」を浮かべている。
この純粋な後輩たちに我が生徒会副会長の不真面目さを露呈するのも気が引けるが、説明しないわけにもいくまい。
「つまり隠神は授業中によく屋上でサボってるから、聞ける確率が高いってだけだ」
足しげく屋上に通っているなら、そりゃ屋上で発生するという怪奇現象にも遭遇しやすくはなるだろう。霊感も運もない。単に頻度の問題だ。
授業をサボるという発想が根本的にない下級生の二人は、ひきつった笑顔で「なるほど……?」と取り繕っている。
「隠神への注意は一旦置いておいて、だ。真白さんがその笑い声を聞いたのも授業中だったんだよね?」
「は、はい……現国の教科書を部室に置き忘れていて……三限が始まってすぐだったので、十一時ごろだったと思います」
「蟷螂坂が屋上で待ち伏せしたのは放課後?」
「そうっすね。あと、何回か休憩時間にも試してみたけど何も出なかったっす」
「基本、授業中に発生する現象ってことか……一応、なにかしらの法則性はありそうだな」
それを聞くと、真白さんの顔が少し明るくなった。彼女は遠慮がちに「解明、できそうですか……?」と聞いてくる。
「まだわからないけど、屋上を調べればきっとなにかわかるはずだよ」
「そうですか……あの、わたし、実はあの気持ち悪い笑い声が耳から離れなくて、それで……あれは幽霊の声なんかじゃない、って、安心したくて……」
屋上で響く不気味な笑い声のメカニズムを解明し、恐怖体験のトラウマを和らげてほしい。それが真白さんの依頼だ。誰よりも臆病な俺にとって、これほどまでに共感できる依頼動機もない。
恐怖に怯える生徒を救うのも、この学校の生徒会長としての務め! 俺は真白さんに少しでも安心してもらおうと、彼女の目を見て穏やかに語り掛けた。
「安心して。そんな怪談、デタラメだから。それは、きっと俺たちが証明してみせる」
「は……はい、よろしくおねがいします……!」
「万が一にも本物だったら隠神に押し付けるから、真白さんは何も心配しないで」
「え……はあ、よろしくおねがいします……?」
「なーんで余計な一言をつけ足すんすかね、この人は」
日頃から隠神や蟷螂坂のような変わり者に囲まれていると、さも俺だけが臆病者のように見えてしまうが……まっとうに百鬼椰行を恐れている生徒は、俺の他にいくらでもいる。
真白さんもそのうちの一人だ。オカルトをオカルトとして楽しむ者を否定するつもりはないが、オカルトに虐げられる青春などあっていいはずがない。こんなものに学校生活を蝕まれている生徒がいる限り、俺は立ち止まるわけにはいかないのだ。
「しかし授業中だけ現れる怪異か。問題はどうやって調査するかだな……」
「なにが問題なんです? いつも通り、授業をサボって屋上に行けばいいだけじゃないですか」
「うん、あのね隠神。授業をサボるのが『いつも通り』なのはお前だけなんだよ? 知ってた? 授業中って、授業を受ける時間なんだよ?」
「わかってないですね和泉ちゃん。『授業をサボる』というのは授業中にしかできない行為なんですよ? つまり授業をサボる私こそ、誰よりも授業を満喫している生徒なのです」
「女装は男にしかできないから最も男らしい行為、みたいな理論をやめろ」
真白さんがくすくすと笑っていた。こんな馬鹿馬鹿しい会話でも、後輩の緊張をほぐすのに役立ったなら何よりである。




