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幽霊の、正体見たり、壊したり ——その1

もしも我が校に"学校の七不思議"があったら、どんなに良かっただろうと思う。

それは裏を返せば、校内にたったの七つしか怪談が存在しないということなのだから。


「聞いてくださいよ会長! 出たんですって! "漆黒の一反木綿"が!!」


ここは私立 椰子木高等学校やしきこうとうがっこう 生徒会室。

オカルトマニアの後輩は、今日も今日とて新しい怪談を仕入れてきていた。


たしか一昨日は"異世界に繋がるトイレ"。昨日は"時速1万キロで走るババア"。そして今日は"漆黒の一反木綿"ときた。生徒会長に就任して以来、俺は一体いくつの怪談を聞かされてきただろう。

毎日毎日、業務とは無関係なオカルトばかり持ち込まれて辟易する。この後輩、生徒会をオカルト部か何かと勘違いしてやしないだろうか。


「あのな、蟷螂坂かまきりざか。何度も同じことを言うけれども……」

「『オバケなんていない』でしょ? 耳にタコができるほど聞いたっすよ!」

「なら、生徒会にオカルトを持ち込むのをやめてくれよ」

「違うんですって! マジで! 今回のは正真正銘ホンモノの怪異なんすよ!」

「『正真正銘ホンモノ』ね。それこそ耳にタコができるほど聞いたよ」


ホンモノだろうが、ニセモノだろうが、怪談は怪談。いずれにしても生徒会の業務とは無関係だ。

しかし困ったことに、この後輩——放送部部長の蟷螂坂えちごは、日々新しい怪談を見つけては生徒会に持ち込んでくるのだ。

蟷螂坂の目的はただひとつ、俺をぎゃふんと言わせることにある。狂信的なオカルトマニアである彼女は、オカルトを真っ向から否定する俺を目の仇にしているのだ。


「……はぁ。で、一反木綿がなんだって?」


ちゃんと聞くまで帰ってくれそうにもないので、俺は仕方なく彼女のほうへ向き直る。

すると蟷螂坂はにんまりと笑い、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。


「"漆黒の一反木綿"っすよ! どうっすかコレ! 今回のは証拠映像まであるんすよ!」


俺は嫌悪感を包み隠さず「うわッ」と声を出した。そうしてぎゅっと目を瞑り、ダメ押しに両手で目を塞ぐ。

蟷螂坂がこちらにスマホの画面を向けてから、この絶対防御のフォームに入るまでわずか0.5秒。我ながら実に無駄のない動きであった。


「ちょっと会長、なんで見てくれないんすか」

「何度言えばわかるんだ。そういう映像を見せるときは事前に申請しろと」

「……怖いんすか?」

「バカおまえ、怖いわけあるか。ただ、心の準備というものがだな」

「じゃあ、ちゃんと見てくださいよ。大丈夫っす、今日のはジャンプスケアじゃないんで」

「本当に? 目ぇ開けたら急に血まみれゾンビが映ったりしない?」

「しないんで、そんなに怯えないでくださいよ」


決して一ミリも怯えてなどいない俺は、ものすごーく嫌々ながら薄目を開けた。

スマホに映っていたのは、薄白く曇った空の映像。画面の端々には木製電柱の頭が写りこんでいる。ざざざざ……と風のノイズが酷いが、うっすらと「やばいやばい!」と騒ぐ女性の声が入っているようだ。

一瞬、画面がぼやけてピントが上空に合わせられた。ズームアップされた先で、なにやら黒い物体が蠢いている。人の手など到底届きようもない上空で、ヘビのように細長くて黒い何かがくねくねとうねりながら宙を舞っていた。周囲にビルなどはなく、糸で吊られている様子はない。


「……よし、あんまり怖くないな。いや、そもそも俺ははじめから全然まったくこれっぽっちもビビってなどいなかったわけだが」

「はいはい。それで、会長はどう思うっすか? これ」

「この動画は蟷螂坂が撮ったのか?」

「いえ、隣のクラスの子からのリークっす。見つけたのは昨日の夕方だって言ってました」

「場所は?」

「帰宅中に目撃したって言ってたんで、たぶん通学路っすね」

「アバウトだな。人によって違うだろう、通学路は」

「同じようなもんっすよ。地球は丸くて、すべての道はローマに通じてるんすから。そんなことより、どうすか? "漆黒の一反木綿"。今度こそ会長もホンモノだと思うっすよね?」


蟷螂坂にスマホを渡されて、あらためて画面を凝視する。なるほど、"漆黒の一反木綿"か。画面に映りこんだ謎の飛行物体は、色こそ真っ黒だが、たしかに妖怪・一反木綿に見えなくもなかった。

画面内に比較物が少ないので正確なところはわからないが、見た感じ全長は五~六メートルといったところだろうか。その動きはヘビのようでもあり、水中を漂うボウフラのようでもあった。

これだけ巨大な物体がダイナミックにうねりながら浮遊していれば、摩訶不思議な生物が飛んでいると錯覚するのもわからなくはない。しかし……


「……農業用のビニールシートだろ、これ」


スマホを突き返しながら結論を下すと、蟷螂坂は露骨に不機嫌そうな顔をした。


「また夢のないことを言う……」

「現実ってのは夢がないもんなんだよ」


俺は自分のスマホを取り出して、検索窓に「農業 黒いビニールシート」と打ち込んだ。ざっくばらんな検索ワードでも真相に近づけるのがインターネットの便利なところである。

お目当ての画像はすぐにヒットした。雑草の成長を妨げるために土壌に張り付ける黒いシート。正式には「マルチシート」と言うらしい。十中八九、これが"漆黒の一反木綿"の正体だ。

検索結果を開いたままスマホを渡すと、蟷螂坂は画面を数秒見つめてから「どうしてそう言い切れるんすか」と口を尖らせた。すでに不利を悟りつつ、完全に論破されるまでは悪あがきするつもりらしい。


「動画に木製電柱が映ってただろ。このあたりじゃ、あのタイプの古い電柱は畑地のほうにしかない」

「畑の近くで目撃されたってだけで農業用シートと決めつけるのは暴論っすよ」

「あとその動画、ノイズが酷かっただろ。昨日はかなり風が強かったからな。農業用シートは風の抵抗を受けやすいから、押さえが緩いとけっこう簡単に飛ぶんだよ」

「で、でも明らかに飛び方が変だったじゃないっすか! まるで生き物みたいに、一ヵ所に留まってる感じで! 強風で飛んだなら、どこかへ移動していくはずっすよね?」

「そうでもない。昨日の風が強かったのは低気圧が接近してたからだ。低気圧ってのは上昇気流を生むから、軽いものは上方向に飛ぶ。だけど農業用シートみたいに柔らかい素材は風を受け流すから、飛べる高さには限度があるんだ。ようは飛ぶ力と落ちる力がつり合って、空中の一点で留まっているように見えるわけだな」


蟷螂坂は何か言い返したそうに、口を開けて固まっている。ダメ押しに「たぶん畑の周りを探せば落ちてると思うぞ、"漆黒の一反木綿"の死骸がな」と言うと、彼女は負けを認めたようにため息をついた。

ようやくあきらめてくれたか。これでやっと生徒会の業務に戻れる。そう思ったのも束の間、蟷螂坂はふんふん鼻息を鳴らしてリュックに手を突っ込んだ。取り出されたのは、一枚の写真である。


「じゃあこれはどうすか!? 人呼んで"理科室の彷徨う魂"! 新聞部の子から譲ってもらった心霊写真っすよ!」


不意打ちで写真を出されてしまい、今度は目を逸らす暇もなかった。俺もまだまだ修行が足りない。

……しかし、どうやらこちらも大した代物ではなさそうだった。どういう意図で撮られたものなのか知らないが、その写真には我が校の理科室が写っていた。

人のいない理科室。乱雑に消された黒板。出しっぱなしのフラスコ。窓の外はオレンジ色に染まっているから、おそらく放課後に撮影したものだろう。よく見ると窓の近くに、緑色に光る小さな玉のようなものが写っていた。

どうも蟷螂坂は……というかオカルトマニアの皆さんは、このような光の玉を「オーブ」と呼称しているらしい。いわく、それは写真に写りこんだ人の魂や思念といったものの結晶なのだそうだ。


「これはただのゴーストだな」

「おおお!? ついに会長がゴーストの存在を認めたっすね!?」

「違う。幽霊を意味するゴーストじゃなくて、写真用語の『ゴースト』な。太陽なんかの光がレンズの内部で乱反射して写りこむ現象のこと」

「えっ、あのっ、でも、そういうのは人の魂が写りこんだものだって……説も……」

「新聞部の子が撮ったんだろ? けっこういいカメラ使ってるんだろうな。こういう反射はデジカメよりも一眼レフのほうが起こりやすいらしいから」

「…………緑色の幽霊という説も……アグリー・リトル・スパット的な」

「緑色なのは、レンズ内で太陽光の反射が起こると緑の波長帯が最も残りやすいからだ。まぁ、典型的なゴースト現象だな」

「あ、はい……了解っす」


蟷螂坂はしゅんとしてしまった。ちょっと可哀想な気がしないでもないが、仕方ない。彼女にオカルトマニアとしての矜持があるように、俺にも否定派としてのプライドがあるのだから。

悪いが俺は、なにがなんでもオバケなんてものの存在を認めたくなかった。空気の読めない男だと罵られようが、かわいい後輩に嫌われようがそれは変わらない。そこだけは決して譲れないのだ。


「満足したなら自分の仕事に戻んなさいよ。蟷螂坂、仮にも放送部の部長だろ」

「いーんすよ、イベントごとでもなきゃ、放送部なんてたいがい暇なんすから」

「そうなのか。じゃあ放送部の部費を下げるよう申請しておこうかな」

「わー、嘘! 嘘っす! 放送部はいつだって大忙しっす!」


そうは言いつつも、蟷螂坂は生徒会室から出ていこうとしなかった。まぁ四月は大きな学校行事もないし、放送部の活動内容が緩い時期には違いないだろう。

本日の分のオカルトトークは終わったようだし、邪魔さえしなければ生徒会室にいてもらっても一向に構わない。俺は先ほど中断したところから、書類の整理を再開した。


「会長、今日はなんのお仕事してるんすか?」

「目安箱に入れられた投書の仕分けだ」

「あー。ロビーに置いてある……お悩み相談的なやつっすよね?」

「ざっくり言うとな。生徒からの投書を読んで、よりよい学園づくりに活かす。これぞ生徒会の本分というやつだよ」

「ちなみにどんなお悩みが届いてるんすか?」

「プライバシーに関わるような内容は教えられないが、そうだな……」


一例を挙げてやろうと思い、手近にあった投書を一枚めくってみる。そこには「二宮金次郎が校庭を荒らすのを何とかしてほしい」と書かれていた。送り主は野球部だ。

俺はすぐさま「これはイタズラだった」と言い切って、その投書をゴミ箱に捨てた。しかし蟷螂坂はそれを拾い上げ、勝手に読んで「ああ」と納得したように声をあげた。


「これ、"墓掘り金次郎"の怪談っすね。校庭の二宮金次郎像が夜な夜な自分のお墓を掘ってるっていう」

「何が悲しくて自分の墓なんか掘るんだよ。第一、二宮尊徳さんは立派なお墓に入っていらっしゃるわ」

「でも、ときどき校庭が荒らされてるのは事実らしいっすよ」

「おおかた野良犬でも入り込んでるんだろ」

「どうして調べもせずに犬のせいにできるんすか」

「逆に聞くが、どうして調べもせずに銅像のせいにできるんだキミらは」


そりゃ調べてはいないが、野良犬が穴を掘った可能性と、銅像が穴を掘った可能性、どちらが高いかは一目瞭然である。

しかしそんな常識的な反論は聞き流され、蟷螂坂は勝手に投書の束をめくって読み上げ始めた。


「こっちは吹奏楽部から『ヴェートーベンの肖像画が部員に噛みつく』って投書っすね。これは匿名希望の生徒から『死後の姿が映る鏡が怖いので撤去してほしい』……と。どれも怪談絡みっすねぇ」

「ようやく生徒会の仕事ができると思ったらこれだよ……もっと普通の投書はないのか、普通の」


俺は意地になって片っ端から投書を開いていく。"家庭科室の妖包丁"、"天井を歩く初代校長"、"保健室で眠るミイラ男"……今週の投書は十一件。なんとそのすべてがオカルト関連の相談だった。

投書から新たなオカルト情報を得てホクホク顔の蟷螂坂。生徒会長らしい仕事をさせてもらえず、ふてくされて机に突っ伏す俺。就任以来、こんなくだりも何度くり返したかしれない。


「どうしてこの高校はこんなにオバケだらけなんだ……」


もう一度紹介しよう。ここは私立 椰子木高等学校やしきこうとうがっこう――通称「オバケやしき高校」。この学校には、うんざりするほど多くの怪談がひしめいていた。

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