黄昏時
「暗くなる前に帰らないとオバケが出て連れ去られるよ」
誰もが小さい頃に一度は親から言われたセリフではないでしょうか。
小さい子供に『怖い人に誘拐されるかもしれないから』『単純に、ただ危ないから』等といった理由で早く帰りなさいと言っても、理解しないもしくは言うことを聞かない可能性がある。
なので子供にも分かりやすく伝えるために、親は『オバケがでる』と表現して伝える所もあったと思います。
今回、私がこれから語る体験話は、親が語る『嘘の話』ではなく、私が当時住んでいた学区内限定の『噂』や『都市伝説』類に属したものです…。
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あれは、私がまだ小学校4年生くらいだった頃の話。
両親は共働き、両親が帰るまでの間預かってもらうといった親戚なども近くにいないという理由から、鍵っ子だった私は、誰もいない家に帰ってもつまらないからという理由から、その頃仲の良かった友達…ここではA君B君としておきましょう。友人の二人と学校が終えた後も教室で遊んでいた日のことです。
ガラガラガラ…。
前日に放送されたアニメの話や、もうすぐ始まる夏休みに何をして遊ぶかなどの話していると、閉めてあった教室の扉が開いた音が鳴り、そちらに目をやると私達の担任の田中先生が入ってきました。
「お前たち、まだいたのか…早く帰りなさい。何時だと思ってる。」
教室の壁にかかる時計を確認すると、時間はまだ4時になったばかり。
正直そこまで遅い時間ではないと思いました。子供からしてみればまだ遊べる時間で、外の公園にいけば5時をすぎても遊んでいる人だっている考えていたからです。
「えぇ…先生、5時位までいたらダメですか?時間がすぎたらすぐに帰ります。」
家にいても退屈なだけという理由からあまり早くに帰りたくない私は、先生に言ってみる…が、返ってきた言葉はダメの一言。
「遊びたい気持ちは分かるが、お前たちも親から言われなかったか?『黄昏時前に、家に帰らないと子供は幽霊に連れ去られる』と。」
「…言われたことないです。黄昏時ってなんですか?」
「黄昏時ってのは、大体5時から7時の間の時間帯だな。道を歩いてすれ違う人の顔が、暗くて見えなくなる時間『誰そ彼時』ともいう。顔が見えないということは、それが人かどうかも分からない時間だからな。それを知っている幽霊が、その時間を狙って無防備で捕まえやすい子供を攫っていくんだぞ。」
ヒュードロドロと手を下にお化けの真似をしながら先生は笑いながら説明してくれた。
普通ならここで怖がるのかもしれない…でも普段から家で1人両親の帰りを待ってる身の自分としては、それが、怖いと思わなかった私はつい言い返しました。
「えー!幽霊なんているはずがないじゃん!それにその言葉って親の嘘話でしょ?早く帰りなさいとかじゃないの?」
…今思えば、ずいぶん生意気な子供だったとおもいます。
「…いや、他はともかくこの辺りでは、それは嘘ではなく、起こる可能性のある話だよ?『学校の七不思議』『都市伝説』みたいな類の話さ。それに、実は先生も体験したことがあるんだ…良かったら聞いてみるかい?作り話かも知らない話を。」
そんな生意気な子供を揶揄うつもりだったのだろうか、先生は少し考えるように無言になったかと思うと、雰囲気を出すためなのか、少しいつもとは違う口調で自分に問いかけてきました。
とはいえその雰囲気に、気づいていない自分は暇つぶしの面白い怪談話だと思いながら聞くことにしました。
これからは先生の体験話。
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それはまだ先生が自分らの年とあまり変わらない年代の夏の話。
先生は、あまり親の言うことを聞かない、よく言う『悪ガキ』で友達数人と公園で暗くなるまで遊んでは、帰ってきては親に「遅い!」とよく怒られていた子供時代を過ごしていたそうです。
そんな日々を過ごしていたある日の事、夏休みに入ったのもあってか先生は、いつも通り遅くまで遊びまわるつもりで友達数人を引き連れていつもの公園に行ったそうです。
ただその日はいつもと少し違っていました…。
その頃、少しずつ塾に通う子供が増えてきた時代。先生と遊ぶ周りの友達も、なにかしらの塾に通うことになったとのことで、5時前になると、1人…また1人と帰って行ったそうです。
最後には公園に1人となった先生…。
1人になったのなら、そのまま家に帰れば良いだけの話。でも時間は5時過ぎ…夏のこの時間は、まだ空は明るく遊べるはずの時間。
普通に帰るだけでは勿体無い、1人でも遊べる何かがないかと先生は考え込んでいました。
「…おーい!○○ー!!」
そんな先生の後ろから突然、先生の名前を呼ぶ声が聞こえてきたそうです。
後ろを振り向くと…そこには自分と背丈が、そう変わらない、声からすると多分男の子。
なぜ、多分かと言うと距離があるのか、いまいちその子供の顔が分からない…。
誰だろうと思いながらその子に歩いて近づいていく先生…。
「…おーい!…○○!」
本当は、先生は近づく前から、違和感に気づいていたといってました。なぜならこの時間帯にしてはあまりにも自分を呼ぶ子供の顔は暗いのです。まるで日が落ちきる前のように…。
「誰ー?」
それでも先生は、近づくことをやめません。それは興味だったのか、それとも1人公園に残ったことの寂しさだったのか…。
一歩…一歩…また一歩と、その子に近づく。
…近づくにつれて増していく違和感。
なぜなら…
「おー(ザザッ)い!○(ザー)○ー!」
その子の言葉の合間に、まるでラジオで聞くノイズのような音…。
「(ザーー)い!(ザザッザー)!」
それだけではありません。近づくにつれて分かるその子供の顔が…。
「(ザーザ)!(ザーーーーーーー)!」
前に夜遅くに見た、深夜、放送時間を終えたテレビ画面の…砂嵐。
ザー
ザー…ザッ!
ザーーーーーーー…
『早くこっちにこいよ…』
砂嵐の中、背後からはっきり聞こえた声
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(ガラガラガラ!)
「おい!いつまで教室に残ってるんだ!早く帰らないか!」
突然の教室の扉の音と大人の声に、私はハッと意識が戻ったかのようになりました。
(パチッ!)
「…たくっ!こんな暗い中1人で教室の中で立ったまま何をしてるんだお前は?」
電気をつけながら尋ねてくる先生。時計の時間を見ると6時を回っています。
「えっ!?何って…さっきまでA君、B君と一緒に担任の田中先生の怖い話を…。」
周りを見回しましたが誰もいません…。
「はぁ?AとBは今日、風邪で休んでるだろうが。それに担任の田中先生って誰だ?お前の担任は私だろうが。寝ぼけてるのか」
…そうだった。自分の担任の先生はこの人だった。
その後、外も暗くなってるのもあり、危ないからと先生に車で家まで送り届けてもらいました。
夜遅くまで教室にいたことは、しっかり親に報告され、お叱りを受けたのは言うまでもありません。
『暗くなる前に帰らないとオバケが出て連れ去られるよ!』
定番とも言えるその言葉を言われながら。
最後に、自分はあの時聞かされた話は、実際に起きた話だったのだろうと思います。
なぜなら…今思い出すと、あの時…担任の先生と思い込まされていた田中先生の顔は、砂嵐に覆われていたからです。
もしかしたら、子供の頃に攫われた先生が同じような幽霊となって似た子供を引き込もうとしてるのかも…しれません。