26 - 交流
盛大な勘違いで盛大に空回った後、私は一人でルールーの屋敷を訪ねていた。ついてこようとするセルジュには一方的に休暇を言い渡した。彼が私の空回り行動をどう捉えていたかは分からないものの、今日一緒に行動するのはあまりにいたたまれなくて逃げたのだ。
セルジュは突然降って湧いた休暇に、そこまで戸惑いを見せることなく、それならとまじないでどこかへ姿を消した。何かあれば呼んでくれ、と一言残して。
「あ」
「どうしました? ルールー」
ルールーと二人、庭に設置したベンチで読書を楽しんでいたときだった。隣から小さな声が上がったので本から視線を上げれば、ちょうどルールーが持っていた本をパタンと閉じたところだった。
「チカが持ってきてくれた本、全部読んじゃった」
数日に一度何冊かまとめて新しい本を持ってきているものの、ルールーの読書スピードはどんどん速くなっていって、どうやら今彼女が読み終わった本で最後だったようだ。
娘の成長に感動を覚える母親のような気持ちを噛みしめつつ、つまらなそうに口をとがらせるルールーに声をかけた。
「それなら明日新しい本を持ってきますよ。どんなお話のものがいいですか?」
「……自分で、選びたい」
「え?」
予想外の返答に私は目を丸くする。
自分で選びたい。それはつまり私の屋敷に来る――町に足を踏み入れるということだろうか。
驚いて固まってしまった私に焦れたのか、ルールーは上目遣いで私を睨みつけた。
「だってあんた、本選ぶセンスないんだもん」
「ご、ごめんなさい」
きっと憎まれ口は照れ隠しだ。その証拠に、ルールーの耳が赤く火照っている。
けれどそれを指摘すればへそを曲げてしまうだろうから、私は気づかなかった振りをして、憎まれ口に対する謝罪を口にした。
***
「まぁまぁ、ようこそ、ルールー」
私たちを出迎えてくれたのは嬉しそうなペルナさんの笑顔。深く話は聞いていないけれど、彼女はルールーの父・フィフィと交友があったようだし、ルールーに対する思い入れもある様子だった。だからルールーが町まで来てくれたことに大層喜んでいるようだ。
「上がっていいの?」
「もちろん。書斎はこちらです」
いつもの堂々とした態度はどこへやら、借りてきた猫のように身を縮こまらせているルールーを書斎へ案内する。
「いっぱいある……」
書斎に到着するなりルールーは目を輝かせて本棚に駆け寄った。彼女の宝石のような瞳が、綺麗に並べられた背表紙を辿っていく。
ルールーの屋敷にも空き部屋を利用して書斎を作った。屋敷の掃除中に見つけた本を集めたのだが、どれも彼女の父親が嗜んでいた本のようで、ルールーぐらいの年頃の子が楽しめる本ではないのだ。だから彼女は私が持ってくる本を毎回楽しみにしているのだと、薄々気づいていた。
本選びの邪魔にならないように私は書斎の入口付近で控えていた。ルールーが本棚から引き抜いていく本に目を凝らし、彼女が好きなジャンルを推測する――
「チカお姉ちゃん、いるのー!?」
不意に玄関から名前を呼ばれて私は廊下に顔を出した。すると愛らしい少女――リコが私の顔を見るなりぱぁっと瞳を輝かせた。
廊下をこちらに向かって走ってくるリコ。私もゆっくりと彼女に歩み寄って、ちょうど玄関と書斎の入口の真ん中あたりで抱き着かれた。
「メリアからお姉ちゃんの姿を見たって聞いて、来ちゃった」
若干頬が紅潮している。きっと屋敷まで走ってきたのだ。それを嬉しく思うのと同時に、寂しい思いをさせてしまっているのではと不安になった。
「リコ、チカお姉ちゃん」
小さな体を抱きしめていると、再び玄関の方から名前を呼ばれる。顔を上げれば、町の子どもたちが数人遊びにきてくれたようだった。リコに私を見たと報告してくれたメリアにニーナ、ブリジット……彼女たちはもしかすると集まって遊んでいた最中だったのかもしれない。
訪ねてくれたことが嬉しくてみんなを手招きする。そうすれば素直に近くまで来てくれたのだが、ふとブリジットの視線が私の背後に向かった。
「あの子、だれ?」
ブリジットの呟きに、皆一斉に彼女の視線の先を辿る。するとそこには――何があったのかと書斎の入口から顔を覗かせているルールーの姿があった。
紹介するべきか、一瞬悩んだ。まだ町の子どもたちと触れ合うには早いのではないか、と躊躇った。すると私が決断するより早く、腕の中にいたリコがするりと抜け出したかと思うとルールーに近づく。そして、
「あたし、リコ! 仲良くしてね」
笑顔で右手を差し出した。
ルールーは驚きに目を丸くして、差し出された手とリコの顔を数度見比べる。もし困っているようならすぐに間に入れるようじっとルールーに視線を送っていたが、彼女はこちらに助けを求めるようなことはしなかった。
ゆっくりと、ルールーの手がリコの手を握り返す。
「……ルールー」
「よろしく!」
そうして彼女たちは友達になった。私が勝手に抱いていた悩みも躊躇いも飛び越えて。
リコに続くようにして、私の周りにいたブリジットたちもルールーへ近づく。そしてルールーが持っている本に目を付けた。
「あ、その本、絵が綺麗だよね! 私も読んだ」
「その本、自分で読めるの? すごーい! 難しいのに!」
そのまま自然と全員で書斎の中へ入っていく。私は彼女たちの邪魔をしないよう、廊下から様子を窺う。
「ねぇねぇ、これは読んだ?」
「これも面白いよ!」
リコたちから話しかけてばかりでルールーは一言も発していないが、その唇が薄い笑みを描いているのが遠目にも分かった。おすすめしてもらった本を一冊一冊本棚から抜いて確かめているし、まんざらでもないようだ。
ルールーが町の子どもたちと交友を持てたことはとても大きな一歩だ。子ども同士なら気兼ねなく付き合えるだろうし、リコたちのおかげでルールーも自然と町に馴染めていけるかもしれない。
目の前に広がる美しい光景に感動していたときだった。
「まぁ、お客様がいっぱい」
「ペルナさん」
甘い香りを纏ったペルナさんがやってきた。
「たくさんスコーンを焼きましたから、お庭でティーパーティーでもいかがです?」
本を囲んでティーパーティー! なんて素敵な響きだろう。きっとルールーたちの仲もいっそう深まるに違いない。
ペルナさんからの素晴らしい提案に大きく頷いて、私は子どもたちに声をかけた。皆、ペルナさんのスコーンを食べられると聞くやいなや目を輝かせて、我先に庭へ向かっていく。
かくして、想定外のティーパーティーが開催される運びとなったのだった。




