悪魔と女神のデート
「重いぞよ」
テレポートの次の瞬間、そのヘラの声を聞いて俺はハッと我に返り状況を確認すると体勢的にヘラと抱き合う形で、うつ伏せにヘラに覆いかぶさりヘラに全体重を預けていたのだった
「あっ、ごめん」
俺は慌てて起き上がろうとしたが、ヘラは俺の背中にサッと両手を回し引き戻したので俺たちは再び抱き合う形になった
「別に責めてはおらぬ」
ヘラは俺の耳元に自分の唇をあてると甘い声で、そう囁いた
だが、周りの狭く薄暗い空間に不安を覚えた俺はヘラの背中に両手を回し抱きしめたまま上半身を起こし言った
「なんだろう、ここは……洞穴のようだけど……」
「ルキ……振り向いてみよ」
俺は振り向いた……
「あっ!」
洞穴の先には出口らしきものがあったのだ
俺はヘラの手を取り中腰で出口まで進み出口から外を見ると洞穴の先は巨大な滑り台のように見えた
そして、その巨大な滑り台に沿って顔を上げると青空が広がっていた……
俺は滑り台の両ふちについてある手すりから外を覗いた
「おわっ!!!!」
俺はびっくりして声を上げた
なぜなら俺の予想に反してここが、かなり高い場所だったからだ
だが驚いたのは一瞬で、眼下の通りを行き交う人々を見た俺は、すぐに落ち着きを取り戻した
「なんだ、良かった……やっぱりテレポート先がちゃんとイメージ出来ないと微妙にズレるんだな……」
そう、ここは俺がテレポートしようとしたギネヴィア・アリーナへ入るための地上から、ほど近い衣料品店が立ち並ぶ一角の中の店の屋根にある看板、巨大なハイヒールの中だったのだ
俺は、俺たちの乗る最新式小型空浮鑑ココアサンドラ号を、駐車場にとめてからギネヴィア・アリーナまで歩く際、通りの両側に観光客相手に商売している、いろいろな店が立ち並ぶ中に衣料品店が集まっている場所があることを記憶していたのだ
俺は辺りを見回した
道の向こう側にもたくさんの店が立ち並び、その向こうには川があり水面がキラキラと煌めいていた
そして、そのたくさんの店と川の間には、行き交う人々の頭がちらほら見えている
どうやら川沿いには道があるらしい
川の遥か向こうにはアーサー城が重厚な佇まいで鎮座している
ヘラは突然後ろから俺の両肩を持つと、俺の顔の右側から下を覗いた
「下へおりるぞよ」
ヘラはそう言うと巨大なハイヒールのふちをよじ登り、両足で微動だにせず立つと、なんの違和感もなくそのまま壁を垂直に歩いて下り始めたのだった
俺は驚いてヘラに言った
「ヘラ、重力無視すんなよ」
「ルキも歩いてくるがよかろう」
「いや、出来ねーし」
俺は、そう言うが早いか真下の地面にテレポートして上を見上げると俺を見ながら垂直に壁を歩いているヘラは早くも俺の頭上3メートル辺りまで来ていた
「……ったく、ヘラは何でも出来るんだな……えっ!!!!」
突然ヘラが垂直に歩いて降りていた店の壁を蹴って、こちらに向かって飛び降りたのだ
俺は慌てて落ちてくるヘラを両手で抱きとめ、お姫様抱っこをすると言った
「危ないだろ!!!!」
「なんじゃ、怒ったのかの?」
「怒ってねーよ......俺はヘラのことが何よりも大事なんだから心配させんなよ……それに俺はヘラのことがめっちゃ好きなんだよ!!!!」
「わらわも、ルキのことがめっちゃ好きじゃ!!!!」
「ヘラ……」
「ルキ……」
「お取り込み中のところ申し訳ないけど......」
突然俺とヘラに話しかけてきたのはマリアだった
マリアとは最新式小型空浮鑑ココアサンドラ号の中枢コンピュータが3Dホログラムを元に肉体をも自ら作り出す精神体3Dホログラム具現化システムによりリアルな人族の女性の姿をした、言わば感情を持ったAIオペレーターのような存在なのである
俺はヘラを地面におろすと、マリアに言った
「マリア、なんでここに?」
「なんでじゃないわよ……さっきイーリスに預けた連絡用インターホンが、ものすごい勢いで連打されたから慌てて出たら、明らかに不機嫌なイーリスがヘラ様とルキの居所を教えろって怖い声で......私とっさにピンと来て誤魔化しといたけど、一体こんな所で何してるのよ」
「いや、ちょっとヘラの服を買おうと思ってさ」
「なんじゃ、服を買ってくれるのかの?」
「ああ、そのつもり……じゃないと、そのドレスじゃ目立つだろ……あっ、ちょうど良かった、マリア、ヘラのドレスをココアサンドラ号に持って帰ってくれない?」
「まあ、それはいいけど、イーリスの方は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、さあ、店に入ろう」
するとマリアが水晶玉を取りだし俺に言った
「いえ、ルキは店の前でこの水晶玉を持って立ってて」
「なんでだよ!!!!」
「私も店の中を見たいし、ヘラ様と一緒に服を選びたいのよ......知ってるでしょ! 私が外に出られるのはココアサンドラ号が見える範囲に限られるのよ!」
「ああ......そうだったな......それでこの水晶玉は何の関係があるんだよ」
「その水晶玉はリレー装置なのよ......その水晶玉にココアサンドラ号と私の両方が写ってればココアサンドラ号から直接私が見えなくても私はそこに存在出来るというわけよ」
「なるほどな......分かったよ、じゃあここで水晶玉持って待ってるから......」
店に入ったヘラとマリアが、しばらくすると、出てきた
俺はその途端、ヘラの姿に驚愕した
なぜならヘラはオフショルロングワンピースにサンダルを履き、頭にはキャップを被りオシャレなサングラスをしていたからだ
驚きの表情を見せる俺にマリアは言った
「どう......って聞くまでもない表情してるわね......ルキ、目がハートになってるわよ......一般市民はほとんどチュニックとサンダルだから、どうしようか迷ったけど、ヘラ様がこっちがいいって言うからこれにして正解だったわ」
凝視している俺に対してヘラはちょっと照れたように言った
「どうじゃ? ルキ、似おうておるかの?」
「それはもう、よく似合ってて、オシャレで素敵で綺麗で可愛くてセクシーでかっこいいし、惚れ直したっていうか、柄も可愛い、顔も可愛い、仕草も可愛い、とにかく可愛い......」
「ルキ、もうよい、恥ずかしいぞよ......ルキが喜んでおるならそれでよいのじゃ」
その時、いつの間にかそばに立っていた店員が俺たちの会話が終わるのを待っていたのか突然喋りだした
「あ、あの、お支払いを......」
「えっ、ああ、ごめんなさい、今払いますね」
そう言って俺が現金を出そうとするとマリアが制するように言った
「ああ、ルキ、言うの忘れてたけど、最近ギルドに登録してる冒険者は冒険者カードで支払いが出来るようになったわよ……はい、ルキの冒険者カード」
「えっ、そうなんだ、マリアありがとう、じゃあ冒険者カードで支払います」
俺がそう言って自分の冒険者カードを店員に渡すと、店員は俺の冒険者カードを持って店内に入っていった
戻ってきた店員から俺が冒険者カードを受け取るとマリアが俺の脇腹を軽くパンチしながら言った
「じゃあルキ、楽しんで」
「分かってるよ、ありがとう」
マリアは俺にウインクすると水晶玉とヘラが着ていたドレスと共に一瞬でその場から消えたのだった
俺はヘラと手を繋ぎ道を渡った
道の反対側に見えた川沿いの道を散歩するためだ
道を渡り店と店の間の路地に入った時、ふいにヘラが止まった
「ヘラ、どうしたの?」
俺がそう言って振り返ろうとした瞬間、ヘラが止まった理由が分かった
突然目の前の地面が盛り上がり土が跳ね上がったかと思うと、2メートルはあろうかと思われるゾンビが現れたのだ
俺はすぐさま戦闘態勢を取ったが同時に自分の魔力が上下動するのをはっきりと感じた
何かを思い出せそうだった......
「ええい、考えるより試すのみだ!」
俺はヘラを右側の壁際に避難させヘラに向かい壁ドンをした
「なんじゃ、ルキ、このような時に」
だが俺はヘラの言葉を無視しヘラの顎を持って顎クイをした
「ごめんヘラ......」
俺はヘラに熱いキスをした......
体に力がみなぎる......
やはりそうだ......
ヘラとキスをするたびに溢れる魔力を感じてきた……
そうだこの感覚だ!!!!
俺はヘラとキスをしたまま、左の手の平をゾンビの方に伸ばした
手の平の中に確かに何か見えない物体のような物を感じた
俺は手の平の中に感じる、その物体を軽く押してみた
ドンッ!!!!!!!!
するとゾンビがものすごい勢いで川の方にすっ飛んでいった
ドボンッ!!!!!!!!
ゾンビは川の底に沈んでいった
俺は確信した……
これだ、この感覚!!!! サイコキネシスだ!!!! ヘラのおかげでついに取り戻せた……だが、なぜ冥界のゾンビがこの王都の中に......
俺は高ぶる感情と思考がごっちゃになるのを抑えヘラに言った
「ヘラ、じゃあ、行こうか」
「なんじゃ、もう終わったのかの?」
「ああ、ゾンビはぶっ飛ばしたから」
「そっちではない、こっちじゃ」
ヘラはそう言うと俺の唇に自分の指先を置いた
ドクン......
俺は自分の心臓が激しく高鳴るのを聞いた......それと同時にヘラに対するたまらない衝動が俺の内面から溢れ出てくる感覚に襲われ、それが呼吸となって出てきたのか、大きな深呼吸のように俺の両肩は大きく動いた......
俺は俺の唇に置かれたヘラの指先を優しく掴み恋人繋ぎをすると、もう一方の手も恋人繋ぎをして、そのままヘラの体を壁に押し付け欲望に駆られるままヘラに狂おしい、この感情をぶつけるように激しいキスをしたのだった……
路地を出た俺とヘラは再び手を繋ぎ川沿いの道を歩いていた
変装のせいか、すれ違う人々も誰一人、オリンポスの大女神ヘラだということには気づいてないようだった
俺はヘラに言った
「やっぱり本物の外は違うね......ほんと気持ちいい......」
「たしかに魔術の空とは違うのじゃ」
その時、前方に見える川沿いのオープンテラスカフェのような場所から店員らしき者がやって来てメニューを俺に渡し言った
「まったく、暑いですね......どうです? 何か冷たいものでも飲んでいかれては?」
俺はメニューを見てヘラに言った
「あっ、キンキンヒエヒエ酒がある! ねぇ、ヘラ、ギネヴィア・アリーナに戻る前に一杯飲んでく?」
「ルキッ!!!!!!!!」
「そうだよね、ごめん、やっぱダメだよね......」
「是非とも、そうしようぞ!!!!」
「はっ? なんだよ、じゃあ、なんで最初、怒鳴ったんだよ」
「気分じゃ!!!!」
「ああ、そうですか......気分屋さんですか......でも、あれだな、ヘラってずいぶん素直になったよな、前に、人形に取り憑いて俺の肩に乗ってた時はもっと、わがままだったじゃん」
「これ、わらわを悪霊のように言うではないぞよ! あの時とは違うて、今ではあれじゃ......からな......」
「なんだよ、あれって」
「分かるであろう!!!!」
その時、その場に立ち尽くしている店員が言った
「あのー、そろそろ注文を......」
「あっ、すいません! とりあえずキンキンヒエヒエ酒を二つと......あと......これ一つください」
「かしこまりました......しばらくお待ちください」
俺とヘラは純白のガーデンパラソルのテーブル席に座っていたが、しばらくすると店員がキンキンヒエヒエ酒を持ってきた
そして俺がこっそり注文した、レッド・ローズ・クリームソーダもテーブルに置かれた
レッド・ローズ・クリームソーダ......それはグラスに入ったメロンソーダの上に、本物の赤いバラのように赤いアイスで作られた赤いバラのアイスがのせられたものだった
「おお~ルキ! 綺麗なアイスじゃ、これはどうしたのじゃ?」
「ヘラのために、こっそり頼んだんだよ、俺の気持ち、一緒に食べようね」
「ルキ......大好きじゃ! はよう食べさせてたもれ!」
「うん、分かったよ、ヘラ......あーん」
「あーん......パクっ......おお冷たくて美味じゃ!」
「良かった~、喜んでもらえて~」
「お返しじゃ、ルキ......あーん」
「ありがとうヘラ......あーん......パクっ......めっちゃ美味しい!」
俺たちは、周りの誰よりも熱く、そしてバカップルであった......
俺とヘラはその後も、手を繋ぎ川沿いを散歩していた
突然ヘラが言った
「ルキ、疲れたぞよ......もう歩きとうないのじゃ」
俺はすぐにヘラに背を向け、膝まづくと言った
「ヘラ、おんぶしたげる」
「よいのかの?」
「ああ、さあ乗って」
ヘラをおんぶすると、ヘラが前方を指さし嬉しそうな声で言った
「ルキ、あそこに行くのじゃ!」
ヘラが指さしている先......そこは一面の花畑だった
俺がヘラをおんぶし花畑に向かっているとだんだん体が軽くなるのを感じた
その数秒後には浮かんでいた
ヘラの仕業に違いなかった......
「ヘラ、俺たち飛んでますけど......」
「よいではないか......うふふ......」
徐々にヘラをおんぶしている俺は、らせん階段を登るように、くるくると回りながら上昇していった
俺たちは二人で空を飛んでいた
眼下は一面の美しい花の模様であった
美しい花びらが俺たちのまわりをまるで竜巻のように包み込んだ
突然ヘラが暴れだした
「ちょっとヘラ、危な......」
俺はそう言って背中にいるヘラに顔を向けるとヘラは今までに見たこともないような、とびきりの笑顔であった......
俺とヘラは二人で空を存分に楽しんだあと地上に降りた
俺はヘラに言った
「そろそろギネヴィア・アリーナへ戻ろうか......レースが始まるかもしれないし」
「そうじゃな......」
俺とヘラは少し無言で見つめ合ったあと、どちらからともなく手を繋ぎ、ギネヴィア・アリーナへ向けて歩き始めたのであった......




