ラッコの獣人シオタさん
ラッコは自らの両脇の下の皮膚のたるみをポケットのようにして使っているのである……ポケットには、エサや貝を割る石などが入っているのである
「チホリリス様、私の大好物のラッコが、どうしたと言うのですか?」
「あっ、そうそう、ナツーキス、ラッコなんだけど、私、最近見たわよ」
「えっ! そうなんですか? どこでですか? ラッコの肉食べたいです!!!!」
魔界のクイーン、チホリリスの側近で侍女の魔獣使いナツーキスは、以前食べたラッコの肉の味を思い出しているのか、今にもヨダレを垂らしそうな勢いで恍惚の表情を浮かべている
「それが……」
チホリリスがギネヴィア・アリーナに訪れる少し前、ランチを食べにカフェ・ド・セリーナに来ていた時のこと、突然この店の店長で巨大な白熊の獣人カゴシャンの声が店内に響き渡った
「ちょっと、シオタさん、何度言ったら分かるんですか! 他のお客さんにご迷惑ですから、床に寝っ転がって食べるのはやめてください!」
カゴシャンがシオタさんと呼んだそのラッコの獣人と思われるシオタさんは今床に寝っ転がってお腹の上に大きな石を置きホタテの貝殻をその石に打ち付けていた
コンコンコンコンコン……コンコンコンコンコン……コンコンコンコンコン……
「あのー、シオタさん、私の話聞いてます? いや、しかし、ものすごいなホタテの連打、1秒間に5回は打ち付けてるじゃないですか……って感心してる場合じゃなかった……ちょっとシオタさん! シオタさん!」
するとシオタさんは、ホタテの貝殻が割れたのか、ホタテをむしゃむしゃと食べながら言った
「えっ、何? 私の事、呼びました?」
「ええ、ええ、呼びましたとも……シオタさん、床に寝っ転がってると他のお客さんにご迷惑なんですよ」
「ああ、そうでしたか、それは申し訳ない……いやね、注文が遅いもんでちょっと持ってきたホタテを食べていたんですよ」
「シオタさん、何サラっと私どものせいにしちってるんですか! 今すぐお持ちしますからちゃんと席に座って待っててくださいよ」
「はいはい、分かりましたよ、何ですか、この店は客に説教するんですか!」
「ちょっとシオタさん! 何カスハラ発言しちゃってくれちゃってるんですか! とにかくまずその私に対してガン飛ばすのやめてもらえますか! 今オーナーのセリーナ様がいたら、シオタさん即刻アイスにされちゃってますよ! それにヘラ城の執事がそんなことやってるとヘラ様にもご迷惑がかかるんじゃありませんか?」
ヘラ城とはご存知、俺の愛するフィアンセのヘラがアルテミス国の裏鬼門の位置南西エリアに建てた城で、現在その一帯はヘラ領としてヘラの側近で侍女の3人の女神たちがヘラの代わりに治めているのである
そしてこのラッコの獣人シオタさんはアルテミス国の冒険者ギルドでヘラ城の執事募集の貼り紙を見てヘラ城にやって来て採用となるや毎日のようにカフェ・ド・セリーナにやって来てランチをしているのであった
ラッコの獣人シオタさんが落ち着くとカゴシャンは近くにいたチホリリスに言った
「お騒がせしてすいません、チホリリスさん」
「アラ、いいのよ、ホタテの連打楽しかったし」
その時、チホリリスと目が合ったノースリーブの執事服らしき服を着たラッコの獣人シオタさんが突然立ち上がり近寄ってきた
「おおー! なんとお美しい 相席よろしいですかな」
チホリリスは思った
(ナンパかしら……)
「いいですけど、私もうランチ食べちゃったので帰るところなんです」
「そうですか、それは残念……ではお近付きのしるしにこれをどうぞ」
そう言うとラッコの獣人シオタさんは自分のたるんだ両脇の皮の間に手を突っ込んで名刺を取りだしチホリリスに渡した
「いつでもお越しください、お待ちしております」
「はぁ……」
「……というわけなのよ」
「なんですか、そいつ、いきなりチホリリス様をナンパして、失礼極まりないですね! 私今度そいつ懲らしめてやります、いえ食べてやります!」
ナツーキスがほっぺたを膨らませて怒ったその時、不気味に佇んでいた悪魔の扉の表面に書かれてある古代文字が光り扉が開いた
ガチャッ……
ギィーッ……
恐る恐る開けられた悪魔の扉から出てきたのは、不安な表情を浮かべている一人の神官服を着た美しい女性であった
その途端、イケメン悪魔、マルバス男爵が叫んだ
「えっ、あ、あなたはユーカリスさんでは?」
そう、悪魔の扉から出てきたのはアルテミス神殿の神官ユーカリスであった
「あっ、マルバス卿……どうしてこちらに……」
お互い顔を見合わせているその時悪魔の扉から悪魔猫、魔王ベレトが出てきた……手にはキンキンヒエヒエ酒を持っている……モジモジしているユーカリスを見たベレトはマルバスに言った
「なんだマルバス、ユーカリスを知ってるのか? さすがイケメンは違うな」
するとすかさず魔界の宰相リーパーが割って入ってきて言った
「なあに、嫉妬してるんでちゅか、ベレトにゃん」
「うるさいぞ、リーパー! 殺すぞ!」
「やってみなさいよ、ベレトにゃん、ただし、魔界の死神の異名を持つこの私を殺せるかしら? うふふ」
「なんだと! 今すぐ殺ってやる!」
悪魔猫、魔王ベレトが死神と恐れられる魔界の宰相リーパーに飛びかかろうとした瞬間、魔界のクイーン、チホリリスが叫んだ
「ベレト、やめなさい!!!!」
突然のチホリリスの恐ろしい形相に恐れおののいたベレトが慌ててチホリリスの前に膝まづき言った
「チ、チホリリス様……チホリリス様の御前で申し訳ありませんでした」
それを見た宰相リーパーがニヤニヤしながら言い放った
「ベレト君、反省だにゃん」
ため息をつきながらチホリリスは宰相リーパーに言った
「リーパーも、もうベレトをからかうのはやめて……」
「チホリリス様、申し訳ありません……それでこの女、ユーカリスとかいう天使をどうされるおつもりですか…… そうだ、私が貰ってもよろしいですか? 前から1度天使を拷問してみたいと思っておりましたので」
「えっ! 拷問……」
ユーカリスの顔が恐怖で引きつった
「リーパー、ユーカリスを脅すのはおよしなさい……それに、どうもこうもないわ……だって私もユーカリスを、知ってるもの……あなたカフェ・ド・セリーナでバイトしてたでしょう?」
そうチホリリスに言われ、まじまじとチホリリスの顔を見ていたユーカリスが突然叫んだ
「えっ、あっ!!!! チホリリスさんじゃないですか!!!! チホリリス様ってあのチホリリスさんなのですか? 本当に魔界のえらい方だったのですね」
「えらいというか、みんなのおかげで今の地位につかせてもらってるだけよ……それより魔界の上層部に会いたいというのは何かわけがあるの?」
「はい、それは、あの……私、大天使ミカエル様を裏切って……でもアルテミス様も同じで……で……えっと……」
震えるユーカリスを見て悪魔猫、魔王ベレトが優しく声をかけた
「落ち着けユーカリス、大丈夫だから」
「え、ええ……」
「リーパーお前が脅すからだぞ!」
今にも泣き出しそうなユーカリスを見て悪魔猫、魔王ベレトが宰相リーパーに食ってかかった
「ふん、天使に優しくしろってほうが無理ってもんだわ」
そう言って冷たく笑う宰相リーパーを見たチホリリスは、玉座から立ち上がるとユーカリスに近づき肩を抱き言った
「ユーカリス、落ち着いて……アルテミスってオリンポスの月の女神アルテミスのことでしょ?」
「は、はい、そうです……私は大天使ミカエル様の裏の顔を知りミカエル様を裏切ってオリンポスの月の女神アルテミス様にお仕えして参りましたが、ある時、私は同じようにアルテミス様の裏の顔を知ってしまったのです……ミカエル様の時と同じでもう私ショックでどうしていいか分からなくて……そんな時、私の大事な友達の一人であるセリーナ……アイスの魔女セリーナの天真爛漫な姿に救われて……セリーナと契約しているルキさんも悪魔なのにいい方で……マルバス卿もいい方で……」
「えっ、ユーカリス、今セリーナと契約しているルキって言った? それはカフェ・ド・セリーナにいるルキのこと?」
「はい、そうです」
「ちょっと聞くけど、ユーカリスはルキとはいつ知り合ったの? 出会った時は強かった? それにセリーナはいつルキと契約したって言ってた?」
「私がルキさんと初めて会ったのは私がまだ修道女ながらに戦うパラディンとしてシスター・ユーカリスと名乗って各地を冒険していた頃、アリーシャ公国の冒険者ギルドで怪物クジラの討伐参加メンバー募集の貼り紙を見て参加した時です……でもその時にはもうセリーナはルキさんと一緒にいたし、ルキさんは今と同じようにそんなに強くはなかったです……それにセリーナがルキさんと悪魔の契約をしていることを知ったのはそれからずっとあとのことですし……私も詳しくは分からないです」
「そう……分かったわ……それであなたはこれからどうしたいの?」
「私……出来るなら、デビルプリーストになってチホリリス様にお仕えしたいです」
それを聞いた魔界の宰相リーパーが間髪入れずに言った
「はっ? 悪魔でもない天使がデビルプリーストに? それは前代未聞だわね、あはは……チホリリス様、まさか天使のそんな戯言をお聞きになりませんよね? それにこの女、どうも信じられない、どこかおかしなオーラを感じますし」
「いいえ、私はユーカリスを信じるわ……でもユーカリス、デビルプリーストの件は、もう少しよく考えてからにしない? とにかくまずは客人としてそばにいなさい、分かった?」
「はい、分かりました……ありがとうございます、チホリリス様」
「じゃあ、みんなもユーカリスは私の客人だから、そのつもりで……この話は終わり! さあみんなで冷や麦を食べましょう、ユーカリスもね」
その時真っ白な冷や麦の中に数匹いるピンク色の冷や麦が勢いよく大釜の中から跳ね上がった
その途端、悪魔猫、魔王ベレトが言った
「あのピンクの冷や麦は俺が貰うからな!」
だがすかさず宰相リーパーが悪魔猫、魔王ベレトに言った
「はっ? あのピンクの冷や麦は私が狙っていたのよ!」
「よし、リーパー、それならジャンケンで勝負だ! やるか?」
「やってやろうじゃないの!」
ジャーン、ケーン、ポン!
「よし! 俺の勝ちだな! ざまあみろ」
「えー! 猫だからグーと思ったのにチョキを出すなんてー!」
「ふんっ! ベレト様を甘く見るなよ……あれ、ピンクの冷や麦がいないぞ!」
するとイケメン悪魔、マルバス男爵が静かに言った
「ああ、ピンクの冷や麦は私が食べましたよ」
「マ、マルバス、てめぇ……」
その時何も知らないユーカリスが数十本の冷や麦を豚バラとネギのつけつゆにつけ口に加えた途端、その数十本の冷や麦全てがユーカリスの頭に巻きついたのだった……




