動き出したMSRエージェントたち
もう随分前からMSRのエージェントで魔術師見習いのサラはギネヴィア・アリーナ4階のエレベーターに1番近い部屋の隣の部屋で、入り口のドアを少し開け、その隙間から水晶玉ファイバースコープカメラを使い廊下で起こった出来事を一部始終見ていた
そして今、隣のエレベーターに1番近い部屋から、こちら側に歩いてくるメイドを見た瞬間、水晶玉ファイバースコープカメラで左右を見て廊下に誰もいないことを確認すると、メイド姿のサラは急いでそのメイドの前まで行き言った
「あ、あの! アリーシャ様は1階に移動されましたよ! えっと、アリーシャ様が、その……あなたにすぐ来て欲しいとのことです」
「えっ、そうなのですか? 分かりました、ありがとうございます……では」
そう言ってメイドがエレベーターに向かうため後ろを向いた瞬間、サラは小型催眠スプレーをメイドの後頭部に向けて噴射すると、メイドはたちまち後ろに倒れ込んできたのでサラは倒れ込んできたメイドを両手で抱きとめると、今自分が隠れていた部屋にメイドを引きずりながら運び込んだ
そしてまた素早く廊下に出たサラは俺たちがいるVIPルームのドアをノックしたのであった……
その数時間前……ちょうど、俺たちがギネヴィア・アリーナに着いて間もない頃……
ギネヴィア・アリーナから少し離れたところにあるアーサー王が住む宮殿、キングアーサーパレスの地下の研究施設の一室に可愛いうさぎの獣人ミーナがいた
そう、ここは元アーサー王国首相の可愛いうさぎの獣人ミーナが、首相を電撃辞任したあと長官として就任し作った、アーサー王直属諜報機関MSRがある一室なのである
現在の可愛いうさぎの獣人ミーナの肩書きはMSR長官……ああ、MSRとは、正式名称【ミーナの秘密の部屋】の頭文字を取っているわけだが……そのMSR長官の他にもアーサー王国海軍提督、つまり海軍の将軍でもあった
さらに可愛いうさぎの獣人ミーナには、旧アルテミス領の南部にあった王立海軍士官学校の校長としての肩書きもあったが、皆さんご存知の通り突然アルテミス国が建国されたと同時に学校は閉鎖されたので今は校長の肩書きはなかった
可愛いうさぎの獣人ミーナはアルテミス国が建国された直後、MSRのエージェントで、魔術師見習いのサラとハシビロコウ獣人のシビロ中尉と共に、丸みを帯びたカラフルで可愛いキャンピングカーに乗り王都に帰って来ていたのだった
その後可愛いうさぎの獣人ミーナはアーサー王に謁見し、ことの次第を報告ののち、オリンポス派の元首相でもあるにも関わらず……いや、アーサー王の強い反対のおかげもあってギネヴィア第1王妃たち天界派に失脚させられることもなくアーサー王の側近として、またオリンポス派の重鎮としてその力を失わずにいたのであった
さて、この一室の1番奥のデスクに座り手元の水晶玉を見ていたミーナは突然顔を上げると目の前にいる者たちに向かって静かに言った
「ギネヴィア・アリーナにヘラ様が、お忍びでいらしたという報告が入ったわ……」
するとMSRエージェントでこの研究所の所長、スパイグッズ開発担当のナマケモノ獣人マッケモー大尉は言った
「えっ! そうなんで……すか……グー」
マッケモー大尉が眠りに落ちたのを見てミーナはサラに言った
「サラ、マッケモー大尉を起こしてあげて」
「分かりました……マッケモー大尉起きてください!」
「うーん、もうちょっとだけ寝かせてママ……」
「ちょっと! 何言ってるんですか? 私ですよ、サラですよ!」
「えっ、ああ、サラか……すまない……今シャキッとする……から……グー」
再び眠りに落ちたマッケモー大尉を見てハシビロコウ獣人のシビロ中尉がミーナに言った
「ミーナ長官、大尉殿はほっときましょう」
ターゲットを見張らせたら右に出る者はいないと噂だけのハシビロコウ獣人、シビロ中尉は鋭い眼光で睨みながらミーナをまじまじと見ている
「そ、そうね、そうしましょう……サラ、もうマッケモー大尉はほっときなさい」
「えっ、いいんですか?」
「いいのよ、それより、今からすぐにギネヴィア・アリーナに行ってもらえるかしら……ちょうど私が予約しておいたVIPルームで張り込みをしながら、うまくヘラ様の部屋に部屋付きのメイドとして潜入してヘラ様に関する情報を逐一報告して欲しいの……出来る?」
「はい、出来ますけど……なぜヘラ様を?」
「理由? 理由は……また今度話すわ……やるの? やらないの?」
「やります! やらせてください!」
「分かった、じゃあお願いね……あっ、一応何があるか分からないからサラと分からないように変装して行ってね……じゃあ、マッケモー大尉、変装グッズをサラに……って気持ち良さそうに寝てるわね……マッケモー大尉起きて! ジャガス刑事が来たわよ!」
「フガッ! ジャガス刑事! ど、どこに?」
「うふふ、起きたわね、うそよ、それより、こんな時のために頼んでおいたスパイグッズをサラに渡してあげて」
ちなみにジャガス刑事とはジャガーの獣人でありミーナが提督を務めるアーサー王国海軍の中の兵士の内偵などを行う海軍特別警察隊の隊長なのである
たまにこのMSRにやって来てはマッケモー大尉に難事件の相談をしているが、マッケモー大尉はジャガス刑事が大の苦手なのであった
「なんだ、嘘ですか……良かった、分かりました……じゃあ、サラ、向こうの部屋で渡すから一緒に来てくれ」
「はい」
サラがマッケモー大尉に返事をするとミーナは言った
「サラお願いね……じゃあ解散! あっ、シビロ中尉は残って、まだ話があるから」
サラはマッケモー大尉からスパイグッズを3つ受け取った
まず一つ目のスパイグッズは、自分が隠れながら外の様子を確認出来る水晶玉ファイバースコープカメラだ
マッケモー大尉の説明によると、小さな水晶玉に取り付けられたファイバースコープカメラの映像が手元の小さな水晶玉に映るらしい
二つ目のスパイグッズは、相手にスプレーすると、スプレーされた相手が、たちまち眠りにつくという小型催眠スプレーだった
最後にマッケモー大尉から渡されたスパイグッズは、化粧水のようなものであった
マッケモー大尉の説明によると、乱反射の影響と、あと何か、よく分からない説明が、なんとかかんとかで……とにかくこの化粧水のようなものを顔に塗ると他人からは別人に見えるらしい
サラはさっそくその化粧水のようなものを自分の顔に塗るとMSRの研究施設を出てギネヴィア・アリーナに向かい、その数時間後の今、サラは俺たちのいるVIPルームのドアをノックしているというわけであった……
俺たちがいる部屋のドアをノックする音がした
「ルキ、ドアを開けに行ってたもれ」
「えっ……はい、分かりました、ヘラ様の仰せのままに」
「うむ……ああ、それはそうとルキ、わらわと2人だけの時はもうタメ口でもよいぞよ」
「えっ、いいのですか? ヘラ様……それは俺もずっと悩んでました……しかし皆が崇拝する女神様ですし……」
「よいのじゃ、わらわとルキは付き合っておるのじゃし、なんといってもわらわはルキのフィアンセなのじゃからな」
「そうですか……それでは……やったー! ヘラ、嬉しいよ! ヘラ、大好き!」
「うっ……な、なんと切り替えの早い……まあよいでおじゃる……わらわもルキが大好きなのじゃ……では、ドアを開けに行ってたもれ」
「分かった、じゃあ、行ってくるね、ヘラ、帰りを待っててね」
「おおー、行ってらっしゃいじゃ、ルキ、帰りを楽しみに待っておるぞよー」
俺はヘラを熱く見つめた……ヘラも俺を熱く見つめ返してきた……そして自然と、お互いに誓いの指輪、プロメテウスの指輪をはめている方の指と指とを絡め合わせながら、どちらからともなく顔を近づけていったのだった……
「こんなところでキスなんてさせないわよ!」
いつの間にかテラスから部屋に戻ってきていたヘラの側近で虹の女神イーリスが突然ソファーの後ろから現れ俺の耳元で言った
「わっ! イーリスかよ、びっくりさせるなよ!」
「はっ? なーに、やってんのよ、ルキ、バカップルみたいに……」
その瞬間ヘラがイーリスをギロリと睨んだ
それを見たイーリスは慌てて、たじろぎながらヘラに言った
「あっ、ヘラ様、ヘラ様の事ではありませんよ……というか、今こやつ、いえ、この下僕のルキがヘラ様に対しタメ口を使っているのを聞いたもので」
俺は間髪入れずにヘラより先にイーリスに言った
「誰が下僕だよ! それにタメ口はヘラがいいって言ったんだよ」
「ちょっと……あんた……今なんて? ヘラ様のことを、よ、呼びすてにした?」
「ああ、言ったよ、ヘラって」
イーリスは血の気が引いたのかフラっとしながらヘラに言った
「このようなルキの振る舞い、良いのですか? ヘラ様」
俺はまたヘラより先にイーリスに言った
「ヘラが呼びすてでもいいって言ったんだよ」
「ちょ……ちょっとあんたは黙ってて! 殺すわよ!!!!」
「こっわ、イーリスこっわ……」
するとイーリスの怒る姿を見ていたヘラが言った
「まあよいではないか、イーリス、タメ口くらいでそう目くじら立てるでない……わらわが許したのじゃからよいのじゃ」
「な、なりませぬ! 私は断固反対です!」
「では、そなたは追放じゃ」
「な、なんと……そんな……それだけは……わ、分かりました……ですが、2人が付き合っていることを知らない者の前ではくれぐれもバレないように細心の注意を……」
「分かっておる……ではルキ、ドアを開けてきてたもれ」
「ああ、分かった、ヘラ、開けてくる」
俺はイーリスに向けて勝ち誇った顔をしながらソファーから立ち上がってドアまで歩いていきドアを開けた
「あ、あの、私……この部屋のメイドと交代するように言われて来たのですが、あっ!」
メイドが俺の顔を見た瞬間、驚いた様子を見せたので俺は言った
「何? 俺の顔に何かついてる?」
「い、いえ何でもありません、失礼いたしました」
サラはそう答えながら考えていた
(わー、焦ったー、この人、たしかカフェ・ド・セリーナにいたルキさんだよね、一体どうしてここに……)
少し戸惑っている様子のそのメイドに俺は言った
「えっ、この部屋にいたメイドはどうしたの?」
「はい、少し体調を崩しまして……」
「そうなんだ、大丈夫かな……まあ、でもそういうことなら、さっ、入って」
メイドが部屋に入ろうとした瞬間、テラスにいたはずのドーナツ人形の大賢者ササーヤンと、チュロス人形のアイスの魔女セリーナが、知らない内に部屋に入ってきていたのか、突然2体揃ってメイドの方に向かい全速力で走ってきた
「では失礼いたしま……えっ? キャー!!!! 魔物、そこに魔物が!!!!」
「えっ、ああ、あれは魔物じゃないよ、そんな気にしなくていいから」
俺がそう言ってる間にも身長20cmほどのドーナツ人形とチュロス人形はサラの足をよじ登りメイド服を、ガシッ、ガシッと掴みながらどんどん上に登ってきていた
「キャー!!!! 取ってください、魔物が~!!!! イヤ~!!!!」
「えっ、じゃあ、俺が取ってあげ……」
俺がメイドに、へばりついたドーナツ人形のササーヤンとチュロス人形のセリーナを取ろうと、そう言いながらメイドに手を伸ばした途端、急に俺の手は固まったように動かなくなったのだった
「ルキ、ほっとくのじゃ」
俺はその声を聞きヘラを見ると不機嫌そうな顔で俺を見ていたので俺はピンと来た
(なんだ、ヘラの仕業か……)
その時メイドの両肩までよじ登ったドーナツ人形とチュロス人形がメイドに言った
「私たちは怪しい者じゃないわよ……私はササーヤン……で、あっちはセリーナよ、よろしくね」
「ササーヤン様とセリーナ様……」
サラは思った
(あれっ、セリーナってあのセリーナさんかしら、ちょっと見ない間に随分と小さく……あっ、そうか、魔女だから、魔法の力で変身してるんだわ……でもセリーナさんも、どうしてここに)
その時、俺の固まっていた手が急に動いた
俺はホッとしメイドに言った
「じゃあ、よろしくね」
「はい、かしこまりました」
メイドがそう返事をした途端、突然テラスの方から大きな音がしたので俺はびっくりして思わず振り返った
するとすぐに俺の目に飛び込んできたのは、テラスの床から徐々に二つの大きな物が、せり上がってきている光景だったのであった……




