幽霊じゃあない
ガタガタガタガタ……
突然メイドのそばにある冷蔵庫が揺れ始めた
「えっ、何何? 冷蔵庫がひとりでに動いてるわ……」
メイドがそう言って身構えた途端、冷蔵庫の方から、かすかに声が聞こえてきた
「……けて……けて……あ……けて」
「いやー!!!! 幽霊ー!!!!」
メイドは叫び、その場にうずくまってしまった
ソファーでドーナツを食べていたオリンポス最高神、大女神ヘラ様はメイドの方に振り向くと、振り向きざまにメイドに言った
「開けるのじゃ……」
「えっ、ヘラ様、今なんとおっしゃったのですか?」
「その、冷蔵庫のドアを開けよと言ったのじゃ」
「そ、そんな恐ろしいこと、私には無理です……幽霊は苦手で……」
「それは、幽霊ではないぞよ」
「そ、そうなんですか? でも私やっぱり無理ですぅ……」
「ヘラ様、私が開けてきます」
突然ヘラ様の隣に座っていたアリーシャ公国の公爵令嬢アリーシャが、そう言っておもむろに立ち上がると冷蔵庫のそばまで歩いていき、さっと冷蔵庫のドアを開けた
「えっ、ええ? なんてこと! サ、ササーヤンが冷蔵庫の中にいるわ!」
アリーシャが冷蔵庫の中を見ると冷蔵庫の中には大賢者ササーヤンがいたのだった
いや、正確にはササーヤンが冷蔵庫の中に入っていたわけではなく、何か画面というか、映像のようにも見えた
その冷蔵庫の中の大賢者ササーヤンが口を開いた
「あっ、アリーシャやん、久しぶりやん!」
「え、ええ……お久しぶりです、ササーヤン……」
その時、ササーヤンが突然、喚き声を上げた
「ちょっと、セリーナ、後ろから押すのやめるやん!」
するとアイスの魔女セリーナの声が冷蔵庫の中から聞こえてきた
「アリーシャ様ー、アリーシャ様ー、私もいますよー、セリーナですよー」
「あっ、セリーナもいるの? お久しぶりです、その節は世話になりました……でも、これは一体どういうことなの?」
公爵令嬢アリーシャが困惑してそう言うと大賢者ササーヤンが言った
「今、私たちはカフェ・ド・セリーナにいるんだけど、セリーナの魔法のおかげで、カフェ・ド・セリーナの冷蔵庫とリコッチーから教えてもらったその部屋の冷蔵庫を魔法で繋ぐことが出来てるやん」
「そうなのですね……でも、どうして……」
「ああ、リコッチーから、カーリンが異種生物格闘レースに参加するのを聞いて儲ける……いえ、応援するために冷蔵庫同士を繋いだやん……でも、これじゃ、カーリンを見れないやん」
「ええ、そうですね、困りましたね、どうしましょう……あっ、それはそうと、今この部屋には、ヘラ様とイーリス様もいらっしゃるのですよ」
アリーシャがそう言った瞬間、ヘラ様がアリーシャに言った
「レディ・アリーシャ……ササーヤンとセリーナにその場で横になり、目を閉じろと言うのじゃ」
アリーシャがヘラ様に返事をしササーヤンとセリーナにそう伝えると、突然テーブルの上にある皿の上に山のごとく盛られたドーナツとチュロスの中から、ドーナツ数個とチュロス数個がちぎれて冷蔵庫の方に飛んでいったかと思うと、そのまま冷蔵庫に飛び込んだあと冷蔵庫のドアが閉まったのであった
その数秒後、冷蔵庫のドアがゆっくりと開いた
「えっ、これはどういうことやん、私冷蔵庫の中にいるやん、あっ、私の体ドーナツやん」
「そ、そうね、ササーヤン、私の体はチュロスになってるわ」
アリーシャは驚いた
開いた冷蔵庫の中には20cmほどの人型のドーナツと、人型のチュロスが動きながら喋っていたからだ
その姿はさしずめドーナツ人形と、チュロス人形と言ったところであった
しかもドーナツ人形からはササーヤンの声が、チュロス人形からはセリーナの声が聞こえている
「ササーヤン、セリーナ、はよう、こっちに来るのじゃ」
アリーシャの後方からヘラ様の声が聞こえてきた……その次の瞬間、突然ドーナツ人形とチュロス人形は、お腹を何かに引っ張られるように動いたあと、冷蔵庫を飛び出し宙を舞ってヘラ様の目の前のテーブルに着地したのであった
「どうじゃ、ササーヤン、セリーナ……そのほうがカーリンを応援しやすかろう? 」
「はい、ヘラ様、まるで本当に、この場所にいるみたいな感覚です」
チュロス人形であるセリーナはヘラ様にかしずきながら、そう言った
「それはそうじゃ、何しろ、そなたたちの五感と能力の全てをドーナツ人形とチュロス人形に移したのじゃからな」
「ヘラ様ってすごいですね! ちょっとササーヤン、ヘラ様にお尻向けてるんじゃないわよ、こっち向いて!」
しかし、大賢者ササーヤンはテラスの方を見たままヘラ様に言った
「ヘラ様、あれ、ルキやん、ルキがいるやん!」
「そうじゃ、あそこにおるのは、いかにもルキじゃ……わらわとルキは一緒に旅をしておるのじゃ……」
俺が前方から、ものすごいスピードで、こちらへどんどん近づいてくる物体が鳥だと思ったその瞬間……
ガッチーン!!!!!!!!
ものすごい音と共にその物体は俺の目の前のテラスの手すりにとまったのだった
手すりにとまっているその物体のそれぞれの足にある鋭く長い4本の爪、コウモリのような大きな羽、先の尖った鋭く長いくちばし、頭部の後ろにある長くて大きなトサカ……体高は3mくらいあった……鳥じゃあない……
そう、それは鳥なんて可愛いものじゃあなかった
「プ、プテラノドンだ……」
俺が驚く間もなく、そいつは俺が手に持っているドーナツ目掛けてくちばしでつついてきた
「わっ、やめろ! 危ない! 」
だが、俺のドーナツは見事にプテラノドンに奪われてしまった
プテラノドンはドーナツを丸呑みにし、さらに俺を凝視している
緊迫した空気が流れた次の瞬間
「あっ!」
プテラノドンが部屋の中のドーナツに気づいたらしく、俺から視線を外し俺の後方にある部屋の中を伺い始めた
プテラノドンはこちらへ向かって飛び立とうと低い態勢になり、肩の筋肉も徐々に動き始めている
どうする?
俺は自問自答した……
ああ、こんな時に槍があったら……
「えっ!!!!」
なぜか次の瞬間、俺の手には、しっかりと槍が握られていた
「えっ、どういうことだ? まあ、考えるのはあとだ! えい!!!!」
俺は槍でプテラノドンを追い払おうと槍をかまえ、掛け声と共に1歩前に出た
だが、その瞬間、俺の顔の横を何かが通ったような気がした
バタン……
突然プテラノドンが床に倒れた
見た感じ、カチンコチンに固まっているようである
(なぜ、カチンコチンに? まあ、とにかく、助かった……)
俺がホッと胸を撫で下ろした瞬間、急に手に持っていた槍がみるみる小さくなっていき、1本の剣になった
「あっ、ソーちゃん!」
それは俺の使い魔、魔剣マジカルデビルソードのソーちゃんであった
「ソーちゃんが、なんで……」
「はい、先程ルキ様の、槍があったらなという真剣に念じられた波動をわたくしが受け取りまして参上したしだいにございます」
「えっ、それって、知らない間に俺がソーちゃんを召喚したってこと?」
「はい、我々使い魔は常にご主人様の要望にお答えするために見張って……いや、見守っておりますので」
「あ、ありがとう! ほんとに助かったよ! 今度ちゃんとお礼するからね」
「はい、ありがとうございます、またいつでもお呼びください、ではわたくしはこれで……」
そう言うとソーちゃんは俺の手の中からすーっと消えたのであった
俺はテラスの方に向き直り、プテラノドンを見た……
死んでいるのか?
突然右の方から声がした
「あいかわらず、ルキは弱っちいわね」
「なんだと!」
俺は右を向いた
「わっ、わっ、わっ……何だよこれ! この変な人形みたいなの!」
俺は驚いて叫んだ、なぜなら俺の右肩に20cmほどの奇妙な人形が立っていたからだ
「失礼ね、 私よ、私……セリーナよ」
「セリーナ? なんか見た目が変わったな、背が縮んでるし、ちょっと太ったか?」
パチーン!
「いてててて……今耳たぶをビンタしたろ!」
「ルキが酷いこと言うからでしょ! これはチュロスを人型にしたチュロス人形よ!」
その時、今度は左の方から声がした
「全く、ルキは女心が分かってないやん」
俺は左を向いた……俺の左肩には右肩にいるセリーナのチュロス人形と同じような20cmほどの奇妙な人形が立っていた
「わっ、もう1匹出たよ!」
「私を虫みたいに言うのはやめるやん! 私はササーヤンやん!」
「えっ? ササーヤン? もしかしてこっちはドーナツを人型にしたドーナツ人形ってこと?」
「その通りやん、勘がいいやん!」
「いや、そのくらい分かるだろ……でもどうしてそんな姿に?」
俺がそうドーナツ……いや、ササーヤンに問いかけるとササーヤンは、俺がテラスに出てからの経緯を説明してくれた
「なるほどな……しかし何で突然プテラノドンが倒れたんだろう」
「ああ、それはルキが食べられそうだったから、私が魔法を使ってプテラノドンをチョコアイスに変えたのよ」
「ああ、だからあの時……顔の横を……」
俺はひとり納得した……
その時、部屋の入り口のドアを激しく開く音が聞こえ、誰かが部屋に入ってきた
その誰かは言った
「私はこの大会の係員です、ちょっと失礼しますよ」
そう言うと係員はズカズカ部屋に入るとテラスに一直線に向かいプテラノドンを発見すると俺たちに言った
「誰です? この大会の予選出場生物プテラノドンをこんな目にあわせたのは!」
俺が係員に本当のことを話そうか迷っていると、突然ヘラ様が叫んだ
「わらわじゃ! わらわがプテラノドンを凍らせたのじゃ!」
「えっ、あなたですか、ちょっと困りますよ」
そう言いながら係員はヘラ様に近づいていった
だが突然係員の態度と声が変わった
「えっ、ま、まさか、そのお姿、話され方、もしやあなた様は、あのオリンポスの最高神であらせられる大女神ヘラ様ではありませんか?」
「うむ、いかにも、わらわはヘラじゃが」
「やはりそうでしたかーーーー!!!!!!!! こ、これは失礼いたしました! 私の無礼な態度をお許しくださいませーーーー!!!!!!!!」
そう言って係員はヘラ様の前でひれ伏した
「よいのじゃ、プテラノドンを凍らせたのは、わらわなのじゃから……プテラノドンは元に戻すので許してたもれ」
そうヘラ様が言った次の瞬間には、チョコアイスになっていたプテラノドンは元の姿に戻り一声鳴くとテラスの外へ飛んで行った
それを見た係員はヘラ様に、さらに何度も何度も詫びと感謝の言葉を繰り返し部屋のドアから出て行ったのであった……
俺は部屋に戻りヘラ様の隣に座ると言った
「助かりました、ありがとうございます、ヘラ様」
「うむ、よいのじゃ……セリーナを係員に突き出すわけにもいかんじゃろ……」
だが、ヘラ様はそんなふうに俺と受け答えしながらも、視線はずっとパンフレットに釘付けだった
俺はヘラ様にひっつき、ヘラ様の視線の先を見た
そこには、この大会の優勝者に与えられる大きな優勝杯の写真が写っていた
その優勝杯の形はまるで、サルピンクスと呼ばれる天使が吹くとされる1mを超える細長いラッパのようでもあった……




