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苦手な方はご注意ください。

月華に翔けよ蝋の翼の贋作達よ

作者: ムルモーマ

第16回書き出し祭り、会場内15/25、全体52/100だった作品です。

 水の枯れた峡谷。

 雨風を凌げる岩陰。

 乾いた暑さ。静かで微かな、砂ばかりを運ぶ風。

 月蝕の後の柔らかな月明かりが、僅かにリーンの輪郭だけを届けてくる。

 リーン。

 彼は人の手によって作られたクリーチャー。毛皮ではなく、鎧のように硬い皮膚で覆われた、人が乗れる程に大きな狼の形をしている。

 また尻尾はとても長く、手のように扱える。

 その先が、ボクの手に乗せられていた。

 クリーチャーであろうとも、長い尻尾の先端にまで、血の通った暖かさがある。

 さらさらと砂が転げていく音。ボクとリーンの僅かな息遣い。

 沈黙。

 ボクは堪えきれなくなって、口を開いた。

「リーン……」

『サっサとシろ』

 歪な声。でももう聞き慣れて久しい、ボクにとっては落ち着く声。

「…………分かった」

 その夜。

 ボクはリーンを殺した。

 首の骨を折った両腕の感覚とその派手な音を、ボクは忘れる事はないだろう。


* * * * *


 ボクの祖父は、世界を滅ぼしかけた。

 祖父の名は月見日陽(つきみにちよう)

 生物への純粋過ぎる知的好奇心と、突然変異とでも言うべき程の類稀な頭脳を持ち合わせていた祖父は、生命の神秘をいとも容易く解き明かした。

 人を即死させる程の電撃を放つ鼠。酸性の血液で金属もあっという間に溶かしてしまう宇宙生物。四足と翼を併せ持ち、口からは炎まで吐くドラゴン。

 ゲームから映画から神話まで。

 技術的なものも含めて、生命を好きに創造する為の制約を取っ払ってしまった祖父は、そんな生き物を実際に作り上げてしまった。しかも繁殖能力をちゃんと備えた上で、野に放った。

 また、その研究成果は瞬く間に広がり、それからの地球ではバイオハザードが至るところで発生し、それらはもう人の手では抑え込む事はできなかった。

 そうして、世界中で人に作られた生物が跋扈するようになった……と思われたが、実際に今でも生きているのは祖父の作った生物だけとなっている。

 元来の生命との生存競争に敗北したり、集団で病気に罹って瞬く間に絶滅したり、子孫を残せなかったり。

 完璧にこの地球という星の上で機能する生命を作り出す為の欠けたピースがどこにあるのか、それは祖父以外の誰にも分からないまま。

 祖父はいつの間にか消息を絶っていた。

 それから半世紀が経とうが、再び新たな生命がこの地球で限られた席を奪うような事もなく、祖父は死んだのだろうと結論づけられた。

 しかし、真っ当な倫理観を理解しながら敢えて無視し続けたその人生の被害者数は、今も尚、増え続けている。

 世界の在り方が変わってしまった昨今では、今でも新たな生命が至るところでデザインされているからだ。

 そしてまた、一つの単語の意味が狭まった。

 エイリアンが元々外国人の名称でもあったのが、一つの映画の為に宇宙人としての名称に限定されたように。

 クリーチャーも元々神の作りし生命全般を指すものでもあったのが、祖父の為に人為的に作られた生命に限定された。


*


 トラックの荷台の中。

 目を覚ませば、僅かな窓から陽の明かりが差し込んで来ていた。

「……おはよう、リーン」

『ン……オはヨヴ』

 人ではない声帯で人の言葉を発する事による、歪な発音。

 隣で薄い布を被って寝ていたリーンが目を覚ます。

 起き上がれば、布がはだけた。

 見た目は人が乗れる程に巨大な狼。ただ、全身は毛皮ではなく、鎧のような皮膚で覆われている。

 細長い尻尾は第三の手のように扱える。

 異質ではあるけれど、奇抜じゃない。そんな見た目のクリーチャー。

 共に背伸びをしていれば、荷台の外から乱雑なノックが響いた。

「おい、起きているか?」

「……起きてますよ」

『オきテいルゾ』

「さっさと出てこい。月蝕杯はもう始まってるんだからな」

 扉が開けられれば、グリズリーも簡単に殺せそうなごつい銃を持った男が手招きをしてきた。

 命じられるがままに外に出れば、草木も生えない岩だらけの景色が広がっている。

 トラックで全く知らない場所に連れて来られたボクとリーン。

 このリーンという名のクリーチャーが突如ボクの目の前にやってきたのが、全ての始まりだった。


 月蝕杯。

 参加者それぞれが作り上げたクリーチャーを持ち寄って、どれが一番優れているかを競う催し。

 勿論、表舞台で開かれるものじゃない。裏社会にどっぷりと嵌まり込んだ人間でも、その存在を知る者は少ない程に秘匿されている。

 また、その名前の通り、月と太陽が重なる時……月蝕を見る事ができる時と場所で開催される。

 外では頑強なアーマーに身を包んだ兵士達が巡回していた。

「それで、ボク達はどこに行けば?」

 扉を開けた男に聞けば「あっちだ」と指差した。その方向には、馬を元にしたような、けれど普通の馬よりも一回りも二回りも大きいクリーチャーが、群衆の中で頭を伸ばしていた。

 その口には、肉を容易く引き裂けそうな鋭い牙が生えている。

『ニクをクウ、うマか』

「リーンより速そうだね」

 そう言うと、尻尾で地面を叩きながら不満気に。

『ワタしのチョうショは、ソこデはナイ』

「知ってるよ」

 案内されるがままに歩いていく。

 その最中、他にも今回の月蝕杯に参加する為に作られたクリーチャー達の前を通る。

 四肢とは別に、背中から物を掴めるような触手を何本も生やしたクリーチャー。

 リーンが足を止めて口を開いた。

『オい、おまエ、ナントいウ?』

「ぎー、ぐー?」

 中々に攻撃的な見た目から気の抜けた声が飛び出してきて、ちょっと笑いそうになる。

 豹のような身軽な見た目でありながら、滑空でもできるようにか皮膜を備えているクリーチャー。

『おマえ、シャべれルカ?』

「グゴアァッ!」

 威嚇されても、リーンは喋れないと分かると無視して先に行く。

 そんなのを眺めながら、ボク達も月蝕杯の参加者として、リーンと共に見世物にされる場所に落ち着いた。

 

 今までの月蝕杯はどのクリーチャーが強いのかを競う、コロシアムのような悪趣味なものだったらしい。

 しかし血を見るのにも飽きたのか、今回に限っては趣旨が思い切り変わって、馬や車のように人を乗せて長距離の移動に耐えられるかというものになった。

 その為に、今回のクリーチャー達は元来の生物の見た目が大体残っているものから、本当にファンタジー世界の住民のようなものまで、そのどれもが人を乗せて走れるだけの大きさと、強靭な四肢を備えていた。

 その代わりに知性はあまり高くないようで、リーンのように人と対等に喋れるクリーチャーは他に居なかった。

 参加者であるボク達も同じように見定められる中、ボクは小さく聞いた。

「がっかり?」

『……そウだな。ホかノクりーちャーニアうのハ、ハジめテだっタかラ』

 ……孫であるボクには、世界を一変させた祖父の頭脳も、生命への飽くなき関心も遺伝する事はなかった。

 リーンもまた、この中できっと誰よりも特異な性質を持つと言うのに、他のクリーチャーに会った事がないどころか、過去の記憶すら持ち合わせていない。

 そもそもボクと祖父の間には、血の繋がり以外は何もない。まだ祖父が世界を大混乱に陥れる前に、我が子には優秀な遺伝子をと願った祖母が、その祖父の精子を購入して誕生したのが、ボクの母だった。

 だから、祖母も含めて誰も祖父に直接会った事はない。

 それなのに、頼れる匂いを探せという言葉だけを記憶だけを残して、気付けば街中を彷徨っていたというこのリーンというクリーチャーは、祖父の存在を隠してひっそりと生きていたボクを探し当てた。

 そして会って数日で、ボクとリーンはまるで小さい頃から一緒だったという程に親しくなっていた。

 ……ボクも、もしかしたらクリーチャーなのかもしれない。きっと、多分……いや、ほぼ確実に。祖父の遺伝子はきっと祖父自身の手で改造されていて、祖父の遺伝子を受け継ぐ者とリーンが出会う事はその時点から仕組まれていた。

 加えて、こんなレース形式になった月蝕杯に参加させられる事まで織り込み済みなのかもしれない。

 ただ、そんな事を画策した祖父の手の者を探すよりもまず、ボク達はこの月蝕杯を走り切らなきゃいけない。


*


 お披露目が終わった後は荷物の最終点検と、ボク達をここまで連れてきた人達との会話と、最後の食事とやるべき事は詰まっていて。

 それらが終われば、あっという間にその時は来てしまう。

 月蝕。

 月が地球の本影に入り始め、赤黒く染まっていく。

 どこからともなく開催を祝福するような拍手が始まり、それが段々と伝播していく中、ボクはぽつりと呟いた。

「余計なお世話だ」

『ホんトウに、ナ』

 荷物とボクを乗せたリーンも呟く。

 実際に自分達がレースをする訳じゃないからって、そう悠長に拍手なんてして。

 誰が一位になるか、娯楽感覚で金を賭けてるのも聞こえてたし。

 でも、やるしかない。

 ボクはリーンを差し出してしまえば、こんな場所に来る事もなかった。でも、そんな事はしなかった。できなかった。

 その選択がボクに組み込まれたものだとしても、ボクはそれを後悔しない。

 そう……決めたから。

 遠くからカウントダウンが聞こえてくる。

 目の前は、大自然が遥かな歳月を掛けて隆起と侵食を繰り返した峡谷へと続いている。

 いつもより薄暗い夕焼けに柔らかく照らされて、不思議な赤みを見せる岩肌達。

 こんな目的で訪れる事にならなければ、とても心が洗われるような光景だった。

 小声で言った。

「終わったら、観光しない?」

『イい、テいあンだナ』

 開始の空砲が、派手に鳴り響いた。

まあ、評価的には余り良くなかったので連載はしない予定。

ただ、雌クリーチャーのアンソロジーに、この設定をベースに別のクリーチャーの視点で、レースが始まってから雌クリーチャーが騎乗者をR18するというのを書いて寄稿する。

https://twitter.com/twelveth_moon/status/1533005849387446273

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