番は読書仲間 2
向かい合ったまま、なかなか話し出さないアーロンの手を、ミリアはそっと握った。
ほんの少し肩を揺らして、アーロンがミリアに金色の瞳を向けた。
ためらったように、口を引き結んだのは一瞬。
アーロンは、低く耳障りのいい声で話し始める。
「――――竜人は、ある程度の年齢になると番を見つけ出し、それからはずっとそばにいるものだ」
「――――子どものうちから一緒にいるのですか?」
「…………そうだ。ずっと一緒に過ごす。家族と一緒にいる時間よりも、遙かに長い時間」
ミリアは、思っていたよりも番というものは、家族に近いのかもしれないと感じた。
あるいは、ずっと一緒に過ごして最終的に結婚に至る、幼い頃からの婚約者だろうか。
「……けれど、俺には番が見つけられなかった」
昨日、帰ろうとした時に「番なのに?」と聞いてきたのには、そんな事情があったのかと、ミリアは納得した。それと同時に、アーロンがさみしそうにしていたのも当然だと思う。
番は、恋人であると同時に家族なのだ。
「じゃあ、ずっと一人で王都にいたのは」
「番が見つからない竜人は、旅に出る。…………番が見つかるまで、竜の国に帰ることは許されないし、実際番が見つかるまで、竜人も帰ろうとは思わない」
「――――旅をしていたんですか」
家にこもって本ばかり読み、出かけるにしても本を携えての庭園くらいというミリアにとって、旅なんて物語の中の出来事だ。
きっと、たくさんの国や地域を見てきたに違いないアーロン。
少しだけ、その旅路に思いをはせる。
「…………今日はここまで。本を読む時間がなくなってしまうよ?」
つらい旅だったのかもしれない。そのことを感じさせるように、少し眉根を寄せて閉じられたアーロンの瞳。アーロンのまつげは漆黒で、頬に影が落ちるほど長い。
「アーロン様。やっぱり、出会った瞬間わかる番の感覚というものが、私にはわかりません」
「それは……。仕方がないことだろう」
確かに、ミリアには番の感覚は全く分からない。
――――出会った瞬間恋に落ちるって話は、聞いたことがあるけれど、アーロンに恋に落ちたわけではないと思う。
それでも、アーロンに興味を持ってしまったのは事実だ。
「――――アーロン様は、一人なのですか?」
「そうだな。ずっと一人だった」
「私たちは、読書仲間ですよ?」
アーロンから提案したことだが、読書仲間というのは、友達より上なのだろうか……。下なのだろうか……。
そんなことが、アーロンの脳裏をよぎった。
けれど、ミリアは、あまりに真剣な瞳で、アーロンのことを心配しているかのように語りかけてくる。
「仲間は一緒にいるものです。ちなみに、私は毎日ほとんど読書をして過ごしていますので、読書仲間であるアーロン様とは、いつもいっしょです」
「えっ」
「――――もし、よろしければ、この場所で本を読んでいてもいいですか? ――――まあ、夜は家に帰りますけど」
「――――本当に?」
番というものは、アーロンにとって想像の中にしかなかった。
ミリアは、番が相手に感じる恋慕も、熱も、愛も、執着も全く分かっていないのだろう。
だって、ミリアは本の虫で、まったくもって世間でいう恋愛感情に疎い。
それでも、近くにいることを選択した理由が、ミリアにはまだ分からない。
「こちらこそ、こんな素敵な図書室に毎日来ることができるなんて、幸せです」
「――――そうか」
アーロンが、おもむろに首に提げていたチェーンを外し、ミリアの首に掛けた。
そのチェーンには、黒い宝石がはめられ、竜の文様が彫り込まれた鍵が下がっている。
「これは?」
「――――この鍵があれば、いつでも図書室に来ることができるから」
「――――あの、やっぱりすぐに信用しすぎなのでは」
「番とは、そういうものだ。それに、これは君に渡すために用意したんだ」
そっと、手のひらにのせた鍵は、ずっしりとしている。
恐らく純金でできているのだろう。金の鍵にはめられた黒い宝石。
まるで、アーロンのような色合いの鍵だとミリアは思った。
「お借りします」
「借りるのなら、永遠に借りておいて」
「……重いです」
「竜人の番への愛は、重くて深い。そういうものなんだ」
――――愛!
そんな言葉を平気で口にしたアーロン。どことなくその瞳は、光を消してミリアのことを飲み込みそうな雰囲気を醸し出している。
けれど、そんなの見間違いだったとでも言うように、ミリアに微笑みかけるアーロンの笑顔は爽やかだ。
「肌身離さないで……。お願いだ」
「――――え?」
「お守りも兼ねているから。絶対に身につけておいて?」
「――――わかりました」
アーロンがミリアにお願いするなんて、出会ってはじめてかもしれない。
結局、もらったのはミリアのほうなのに、なぜかお願いされたことがうれしくて、鍵をぎゅっと握りしめ、服の中へと押し隠す。
「――――確かに、そろそろ本を読まないと、読む時間がなくなってしまいますね!」
なぜか感じた照れくささと、うれしさを押し隠すように、ミリアはやっぱり今日も難解な、番に関する古い本に視線を向けたのだった。
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