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番は読書仲間 1


 黒い竜の背から、抱き上げられて下ろされる。

 いつの間にか、通り雨は去って、青空がのぞいていた。


「さ、図書室に行って本を読んでいるといい」

「――アーロン様」

「なんだ?」

「アーロン様の髪の毛を拭くのが先です。あと、さっさと着替えてください」


 出迎えてくれた執事から、タオルを受け取ってミリアはアーロンの髪をゴシゴシと拭いた。

 タオルをかぶせられたアーロンは、身動きすることもなく、黙って髪を拭かれている。


「どうして私だけ濡れないようにしたんですか?」

「――――君は、番というものを知らないからそんなことが言える」

「…………え?」


 ゴシゴシと拭いていたミリアの細い手首をアーロンはそっと掴んだ。

 そのまま、まっすぐに金色の瞳が、ミリアのすみれ色の瞳をのぞき込む。

 拭き切れていなかった滴が一筋、アーロンの頬を伝って落ちた。


「…………」

「…………」


 沈黙の時間が流れる、コクリとミリアの喉が上下する。

 手首を離したアーロンは、まだ濡れた前髪を鬱陶しげにかき上げた。


「…………はぁ。そうだな。君の言うことを聞かなかった、俺が悪い」

「――――アーロン様?」

「着替えてくる。君こそ冷えていないか? 温かいココアでも飲みながら、図書室で待っていてほしい」


 やはり、どこかさみしそうに見えるアーロンは、ミリアから視線をそらして背を向ける。


 ――――こんなの、気になってしまうに決まっている。


 モヤモヤした気持ちのまま、一口飲んだココアは、温かくて甘かった。

 そのまま、何より優先するほど大好きなはずの本すら手に取ることができずに、ミリアはアーロンが戻ってくるのを図書室で待っていた。


 ――――おかしいわ。本が目の前にあるのに。


 背中を反らして後ろを見てみれば、天井まで続く本棚。

 そこには、世界中の本が所狭しと詰め込まれている。

 図書室の奥の方には、古代の資料。あの本があった場所だ。


「――――アーロン様。早く入ってきたらいいと思います」


 椅子の上で、お行儀悪く背中を反らしたせいで、入り口からこちらを伺っているアーロンと目が合ったミリア。


「…………ミリア」

「番について、知っていることを洗いざらい教えてください」


 古代語の専門用語が分からないということもあるけれど、ミリアには番についての基礎知識がなさ過ぎる。それならば、知っている人間に教えを請えばいい。それが近道だ。


「――――番について。君に?」

「そうです。だって、アーロン様が言ったのですよ? 私が番だって」


 ミリアは立ち上がり、そっとアーロンの手を引いた。

 抵抗する様子もなく、アーロンは手を引かれ、ミリアの目の前に座る。


「番については、竜人にとって大切な相手だと言うことくらいしか、伝わっていません」

「そうだな……」

「でも、アーロン様は、知っているのですよね?」

「まあ、体験談程度には……」


 ミリアは首をかしげた。

 あんなにうれしそうに、幸せそうにミリアのことを番だと言ったアーロンが、なぜかうつむいてしまったから。


「…………きっと、聞いたところで」


 ミリアは、そっと両手でアーロンの頬を挟む。

 みるみるうちに、アーロンの頬が赤くなる。

 手を離さないまま、ミリアはアーロンをまっすぐ見つめた。


「――――私には、番というものが分かりません。だから、知りたいんです」

「知りたい?」

「そうです。アーロン様が、私のことを番と言うからですよ? 知りたいんです。読書仲間でしょう?」

「俺のこと……?」


 けれど、多分聞かなかった方がよかったということも、世の中には多いのだ。

 聞いてよかった半分、聞かなければよかったが半分。


 恐らく、これからアーロンからミリアが聞き出すのは、そんな話に違いない。

 だって、歩み寄るにはあまりに距離が遠くて、知ってしまえば近づかずにはいられない類いの話なのだから。


 それでも、今日初めてアーロンは微笑んだ。切なげに眉を寄せて。

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