竜人心と春の庭園 2
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「番が見つかったそうだな? おめでとう」
その男は、宝石に彩られた、彼にしか似合わないだろう豪華な椅子に座っている。
その声を聞いて、アーロンはいらだちを隠せなかった。
目の前にいる男にとってめでたいのは、この王国に一人の竜騎士が縛られたからだろう。
今度こそアーロンは、もう竜の王国に戻ることはない、と理解してしまったから。
「どうした? 番が見つかったのに、うれしくなさそうではないか」
目の前の男は、銀の髪に赤い瞳をしている。
生まれたときから全てを手にしている。
黒い髪に金の瞳をしたアーロンと対極に位置するような男だ。
人間の国の王、ガルーダ・ドルトムント。広大な王国を支配する絶対者。それが、アーロンの目の前にいる男だった。
「――――お前の普段の様子から、番を見つけた瞬間に無理にでも連れ帰るのだろうと思っていたのだがな?」
アーロン自身も、そう思っていた。
なぜなら、この人間の王国にアーロンが縛られているのも、竜の王国に帰ることができないのも、ただ番がいないことだけが理由だったからだ。
――――家族が大事だと。
「ウェンライト男爵家は、貴族にしては珍しく家族仲がいいらしいな」
もちろん、国王はすでにアーロンの相手がミリアであることを掴んでいる。
それくらいできなければ、広大なこの王国を治めることなどできるはずもない。
「――――彼女と彼女の家族に手を出せば、わかっているだろうな?」
アーロンの金の目がギラギラと輝いて、瞳孔が縦に細くなる。
確かにアーロンは竜人だ。人とは違う種族だ。
「…………彼女を保護するさ。そうあってこそ、お前をこの国に縛ることができる」
平静さを取り戻したアーロンは、黙って立ち上がる。
「――――話はそれだけでしょうか」
ミリアが見たら驚いてしまうだろう、それくらい冷酷な表情。
しかし、その直後に披露した騎士としての礼は、完璧な作法に則っている。
「――――お前の忠誠の礼。初めて見たが、完璧だな」
「当然でしょう……。いままでやらなかっただけですから」
国王陛下に対してでも、竜人であるアーロンが膝をつく理由などない。
はじめてアーロンが忠誠を表したのは、ただミリアのためだ。
「人にでもなる気か?」
「竜人は人にはなれません。国王であれば、よくご存じのはず」
もし、人になることがミリアに受け入れられる唯一の方法だとしても、アーロンは竜人だ。
その事実を変えることができないことは、太古から繰り返し証明されている。
美しい緋色のマントをはためかせ、アーロンは国王に背を向けた。