王命による結婚 2
色とりどりの花で埋もれそうな図書室。
控えめな香りの花を集めたのだろう、まるで花畑にいるような香りに包まれながら、かといって読書の邪魔になるわけではない。
ミリアの背では、とても届かないほど高い本棚。
インクの香りがかすかに香る。
この場所が、ミリアは本当に好きだ。
ちらりと横を見れば、物憂げな様子の美男子が、分厚い本を凝視している。
魔導ランプの光が、ほのかに黒髪を照らし、金の瞳がきらめく。
このまま絵画にして、寝室に飾りたいと、多くの女性が願うだろう。
――――完璧。完璧な美しさなのに、どうして本が逆さまなの。
豪奢な装丁の本、よく見れば題名が上下逆さまだ。古代語で書かれているため、気づかない人間が多いかもしれないが、語学に堪能なミリアにはお見通しだ。
悩みでもあるのだろうか、ミリアは声を掛けようとゆっくり立ち上がる。
明らかに、その瞬間アーロンが肩を揺らす。
そして、何事もなかったかのように、再び視線を本へと落とした。
けれど、その金の瞳が少しだけ揺れたのをミリアは、眼鏡越しに見た。
「アーロン様?」
上目づかいにこちらを見上げる、満月のような瞳。明らかに、何かを隠している。
「何かな?」
「先ほどから、何か思い悩むことでもあるのですか?」
「…………この本の内容で気になることがあって」
「…………本が逆さまですよ?」
「えっ!」
分厚い本が、バサリと音を立てて磨きあげられた床に落ちた。
ため息をついたミリアは、そっとアーロンに近づくと、その本を広いテーブルにのせた。
「どうしたのですか? アーロン様らしくもない」
アーロンらしくないといいながら、アーロンがこんな風になってしまうのは、たいがいミリア絡みであることを、すでにミリアは理解している。
ミリアと初めて出会ったときは、まっすぐに突き進んでくる感じだったのに、最近のアーロンはおかしい。
「まっすぐに、伝えてみた方がいいことって、多いですよ?」
ましてや、アーロンとミリアは、恋人同士になったのだ。
そんなに悩んでいることなら、ミリアだって知りたいに決まっている。
「君は…………」
「はい」
「…………可愛すぎる、好きだ」
「はい?」
確かにまっすぐに伝えた方が良いとは言ったが、アーロンから返ってきたのは、予想外の言葉。
会話の脈絡がつかめずに、ミリアが首をかしげる。
その仕草さえ、好きすぎて、結婚なんて言い出して、断られたり嫌われたなら生きていけそうもない。
初対面で、ミリアのことを番だと思ったときは、なんとも思わずに伝えられたのに。
しばらく、ミリアのすみれ色のまんまるい瞳は、まっすぐアーロンを見つめていた。
「……ガルーダ・ドルトムント陛下に、何を言われたのですか?」
「それは……」
アーロンは、先日の謁見後から様子がおかしい。
ミリアは、ため息を一つついた。
国王陛下と直に会えるお方と恋人になるなんて、ほんの少し前まで考えたことがなかった。
「……私みたいな男爵令嬢では釣り合わないとでも言われましたか?」
その瞬間、うつむいていたアーロンは、なぜか金の瞳をギラつかせるようにして、ミリアの肩をつかんだ。
「ミリアのことを否定したなら、たとえ国王でも許さない!」
「えっ、そんな問題発言……。あの、私は気にしませんし、その言い方だと違うんですよね?」
「……釣り合わないのは、俺の方だ」
そっと離されたアーロンの大きな両手を、ミリアは小さな手でつかんだ。
「お互い後ろ向きなことを言い合っても仕方ないですね。さ、白状してください」
その力は案外強くて、アーロンは逆らえないと悟ったのだった。




