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本の虫令嬢は竜騎士様の最愛つがい  作者: 氷雨そら


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番と恋人 2



 真っ暗な中、金の瞳だけが星みたいにこちらを見ていた。


「――――気がついた」


 ずっとそばにいたのだろうか。暗闇と眼鏡をしていないせいで見えないアーロンの表情をなぜかミリアは、容易に想像できた。

 泣かないでほしいと心から思う。


「…………アーロン様」

「俺は、竜の国に帰ろうと思う」

「――――なぜですか」

「竜人である俺が、この国にいるのを許されているのは、竜騎士をしているからだ。だが、こんな風に怪我をするたび、君はこんな風に」


 ガバッと起きたミリアは、左脇の痛みが幾分か和らいでいるのを感じる。

 二人一緒にいることで、回復力が番に流れるという本の内容は、事実だったのだろう。


「アーロン様、私は」


 その瞬間、部屋の中をミリアのお腹の音が鳴り響いた。


「…………うっ」

「っ! ミリア、まだ痛むのか」


 心配しながら自分の方が死にそうなほど悲痛なアーロンの声。

 きっと、その表情も同じくらい苦しげに違いない。


「眼鏡……」

「あ、ああ」


 アーロンが眼鏡をミリアにそっと差し出す。

 眼鏡をすれば、ようやく暗闇に慣れてきた目が、予想通りのアーロンの表情を捕らえた。

 

 ――――私は、うれしいのに。


 ミリアがそっと、その頬に手を添えると、明らかにうろたえたアーロンが距離をとろうとする。

 アーロンは、ミリアから離れようと思いながら、もし目が覚めなかったら、と離れることができなかった。

 そばにいたいのに、いることが相手を苦しめるなんて、アーロンはミリアと番であることを心から疎んだ。


「もう少し、休んだ方がいい。離れていれば、幾分かましだと思うから」


 部屋から出ようと、立ち上がりかけたアーロンの耳に、もう一度、ミリアの空腹の音が聞こえる。


「――――っ。あ、あの」

「…………お腹がすいているの?」

「は、はい」


 そういえば、ミリアはここ三日ほどちゃんと食べられていなかったのだ。

 アーロンが心配すぎて胸がいっぱいで、食欲が全くなかったから、ミリアは本ばかり読んで過ごしていた。


 この気持ちをなんていうのか、すでにミリアは気づき始めている。


「お腹、すきました……」

「そうか……。ふふ、俺もだ」


 少しだけ口の端をゆがめて笑ったアーロンは、「用意してくる」と今度こそ立ち上がった。

 その上衣の裾を、ミリアが指先でそっと掴む。

 なぜなのだろう。アーロンが、少しでも離れてしまうことが耐えがたい。


 これが、番の本能なのか。それともほかの気持ちなのか。その判別は難しい。


「――――行かないで?」

「えっ」


 信じられない言葉を聞いたかのように、振り返ったアーロンの瞳が見開かれる。

 すみれ色の瞳をアーロンに向けて、ミリアは笑いかける。


「――――一緒にいたいんです」

「あまり可愛いことをいわないで……。ただの、読書仲間に」

「…………読書仲間」


 その言葉に、先日までは違和感なんて感じなかった。

 そばにいて、心地よくて、幸せ。ただそれだけだったはずなのに。


「読書仲間、やめていいですか?」

「――――ミリアが望むなら、俺は」


 ミリアが指先だけで握っていたアーロンの上衣を引き寄せた。

 普段、巨大な魔獣を相手にしている王国の英雄であることが嘘みたいに、容易にアーロンはバランスを崩した。


 倒れ込んできたアーロンを、ミリアは抱きしめた。


「出会ったときにアーロン様が言っていた、恋人になって、という言葉はまだ有効ですか?」

「――――え」


 離れようとしていたのに、だから、それはもう無効だと、そうアーロンは言おうとした。

 けれど、喉が張り付いてしまったみたいに、声を出すことができない。


「私をアーロン様の恋人に、してくださいませんか?」


 番であることよりも、アーロンとは恋人になりたいとミリアは思った。

 恋人であれば、アーロンと番であることも受け入れられそうだ。


 だって、ずっとそばにいたい、痛みを感じているなら半分ほしい。それは、毎日大きくなっていく感情だ。アーロンにとっても、ミリアにとっても、毎日大きくなっていく気持ちだ。


 そっと、ミリアはすみれ色の瞳をまつげで覆い隠した。

 それは、あらがいがたい誘惑だ。


「――――ミリア」


 ミリアの気持ちは、まだ名前がついたばかり。

 アーロンの気持ちは、重くて甘い愛だけれど、明確な名前がまだない。


 歪な二人の感情。番から始まった、二人の関係は、まだ発展途上だ。

 月の光が、窓から差し込む。ふわふわの髪をしたミリアは、その影だけでも愛しいとアーロンは思った。


 アーロンがそっと、ミリアの眼鏡を外す。


 影絵のような世界で、二人のシルエットが重なる。

 そっと温かい唇が触れあって、その感覚だけが、この夢みたいな世界は現実なのだと、アーロンとミリアに伝えているようだった。

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