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番と恋人 1



 それからも、ミリアはアーロンの屋敷を訪れては、本を読んだ。

 はじめに読み始めた本だけでは飽き足らず、古代語で書かれていた本を読み終えてからも、置いてある竜人についての本を片っ端から読んだ。


 今読んでいるのが、最後の一冊だ。

 この本には、竜人の番が相手に使う魔法の詳細が書かれている。

 普通の人間でしかないミリアには、使えそうもない。


「やっぱり、番というものがよくわかりません」


 ため息をつきながら、ミリアは最後の一冊を閉じた。

 アーロンは、討伐に出ていて、王都を離れている。


「――――だって、番であれば、なんとしてもアーロン様は私のことも連れて行くはず」


 本に書かれている番というものは、人間が一般的に考える恋人というものとは違うようだ。

 出会った瞬間から、お互いを番だと認識し、それからはずっと一緒に過ごしていく。

 ともに戦い、命を分け合い、子どもが自分の番を見つけるまで育てる。


 そして、決して離れない。

 番から引き離された竜人は、眠ることも食べることもできないという。


 だが、いつもアーロンはミリアを置いて討伐に出かける。

 確かに、三日と経たずに魔獣の討伐を終えて帰ってくるけれど……。


「――――眠れないのも、食べられないのも、なぜか私」


 アーロンと出会って三ヶ月。

 読書仲間として過ごす二人は、一緒にいる時間は長いけれど、何の進展もない。

 それでも、アーロンはミリアと一緒に過ごせることが、さもうれしいとでも言うように微笑んでくれる。


『ここで、待っていて?』


 アーロンが討伐のため遠征している間も、ミリアはアーロンにもらった鍵を使って、図書室で過ごしている。

 アーロンがいない屋敷に入るなんて、と遠慮したのだが、「ほかの場所で過ごすなんて危険だから、図書室にいてほしい」とお願いされたので、お言葉に甘えることにしたのだ。


「…………アーロン様、今回はもう一週間ですよ?」

「そう? ……待っていてくれたのならうれしいな」


 その声にミリアが勢いよく振り返ると、アーロンが図書室の入り口に立っていた。


 帰還したなんて聞いていないのに、いつの間に帰ってきたのだろうか。


「アーロン様!」


 ミリアは、駆け寄って抱きついた。

 抱きついてから、無意識でしてしまったことに気がついて身をよじったが、すでにミリアの体は、鳥かごの中のようにアーロンの腕の中だった。


「――――逃げないで」

「…………逃げないので、離してください」

「なんだか痩せた?」

「――――気のせいです」


 アーロンは、離してくれる気がないようだ。

 けれど、うつむいたミリアは気がついてしまった。


「怪我、したのですか?」


 ミリアの声は、ひどく震えていた。

 

「ん? ああ、傷が開いたか。……汚してしまうな」


 たいしたことはないとでも言うように、そう言って距離をとろうとしたアーロンの手を、ミリアは掴んだ。


「――――早く部屋に行きましょう!」

「…………部屋」

「アーロン様、早く! 寝室はどこですか?!」


 これだけ通っていながら、実はミリアは食堂と図書室にしかお邪魔したことがない。

 けれど、アーロンが怪我をしていることに気がついてしまったミリアは、自分でも訳が分からないくらい必死になっていた。


 そんなミリアの様子に、逆に戸惑うアーロン。入ったその部屋は、ベッド以外何もない。

 ミリアのために、日に日に花が増えていく図書室と正反対だ。


「…………早くベッドに座ってください」

「ミリア、これくらいの怪我、どうってことない。自分で処置できるから」


 どう見ても、これくらいで済ませられるように見えなくて、ミリアはアーロンの上着を脱がせ始める。


「この状況、よくないって分かっている?」

「黙っていてください」


 そっと上着を取り払い、シャツをまくり上げる。

 細身に見えるアーロンだが、その体は鍛え抜かれて美しい。そして傷だらけだった。


「清潔な布は……」

「……そこに、一式あるが」


 深い傷が、左脇腹についていた。

 簡単に処置されただけなのだろうか、ガーゼの上に血がにじんでいた。


 ミリアは、黙って立ち上がると、薬箱を持ってくる。

 消毒をして、布を当てると止血した。

 どうしてなのだろう、ミリアの左脇腹まで、ズキズキと痛くなってきたようだ。


「うっ……」

「ミリア? ……っ、まさか」

「アーロン様……」


 その痛みは、確実に幻などではない。

 けれど、ミリアはきゅっと唇をかみしめて、当てていたガーゼを包帯で固定した。


 その表情を見て、アーロンは何が起きたのか察したのだろう。顔色を悪くして、口元を押さえミリアから距離をとろうとする。


「今日は、もう帰ってくれ……。いや、しばらく来てはいけない。……ここにいるのは、ミリアにとってよくない」


 番は、近くにいるほど感覚を共有する。

 傷が移ることはないが、苦痛は片割れに流れ、片割れの回復力は怪我をした番に流れる。

 命を共有するとは、そういうことだ。最後に読んだ本の中には、そう書かれていた。


 不思議なことに、痛い思いをしているのに、ミリアはアーロンのそばを離れたいと思えなかった。


 ――――本当に番なんだ。


 そのことが、はじめて実感できて、なぜかわからないのに、うれしくて。

 痛いのに、幸せで。首をぶんぶん振ると、ミリアはもう一度アーロンに抱きついた。


 三日過ぎたあたりから、いつもより遅いアーロンが心配すぎて眠れなくて、まともに食べられなくて、それに加えて今まで感じたことのない激痛。


「ミリアッ!」


 泣き出しそうなアーロンの声が、遠くから聞こえる。


 ミリアの目が覚めたのは、なんと真夜中になってからだった。


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