決戦と解き放たれし記憶
私は、今高校を卒業する。
「おめでとう、朝子。」両親が来ている家族に混じって、朔さまは手を振ってくれる。
この後、私は二つの決戦を覚悟していた。
一つは、ついに見つけた母を呪った悪魔を倒す事。
もう一つは、朔さまへ己の想いをぶつける、告白することだ。
「本当に、行くのだな?」卒業式の帰り道、朔さまは私に確認をとる。
「はいっ!」その力強い返事に朔は、朝子を戦場に出す心を固めた。
そうして二人は、悪魔のもとへのり込んでゆく。
急にあたりが真っ暗になり、無数の蝙蝠達が飛び立ち、バサリという一際大きな羽音と共に怪しげな一人の男が現れる。
「おやおやお二人さん、私に何の御用かな?」
悪魔はにやりと感情のない笑みを浮かべている。
「っ、よくも…私の母を殺したな…」しっかりと悪魔を睨みつける朝子の手は、恐怖に震えている。しかし、その気迫は、いままで見たこともない様なものだった。
「よく見ると、あの時の小娘と祈祷神様じゃないか、わざわざ私に命を奪われにくるとは、嬉しいことだね。」
悪魔は、蝙蝠達をけしかけてきた。
「朝子!」朔が朝子を庇う様に覆いかぶさると、
「お熱いね、そんな二人には、また楽しい夢を見せてあげようか。」悪魔が鏡を手に取り、二人を映し出す。
「魂に眠る記憶よ、」悪魔がそう言うと、朝子の様子がおかしい。
(朔さまが私に笑いかけている?だけどこれは私であって私でないのがわかる。それでも何故か、愛おしくて暖かくて、切なくなる。)
ぼうっとする朝子の瞳、朔は体を揺さぶり「しっかりしろ」と声をかけ続けるが、朝子は夢の中の朔に心を奪われて、その声が届く事はなかった。
「ここからさ、過去の過ちを繰り返せ!」鏡から漏れた薄紫や赤紫の交じりあった光に包まれ、朝子が朔に襲い掛かってくる。
「今度こそ、愛する者に殺されるがいい!」
悪魔は二人を嘲笑っている。
「大丈夫だから、朝子。」美琴が悪霊化したあの時と同じように、朝子の攻撃で己が傷つきながらも、手を差し伸べる。
(ここはどこだろう、でも朔さまが私に愛を囁いてくださる。このまま、ここで…)
「目を覚まして!朝子!」(どこからか声が聞こえる。)
「思い出して、私を、そして己を」(意識の中にぼんやりと現れた女性、ぼんやりとしていても、その姿を見てすぐに分かった。)
「美琴、さま?」(確かに、私と似ているかもしれない)「私と同じ過ちを繰り返してはだめ」儚げだが、どこか苦しみや怒りを隠しているようにも見える表情でふわりと笑った。(朔さまに対する苦しいほどの愛情が、私の心に流れ込んでくる。)
それだけ言い残し、美琴さまはあっという間にどこかへ消えてしまった。
次の瞬間、朝子の頭の中にノイズがかかる(これは、美琴さまと朔さま?どうやら悪霊化した美琴さまを朔さまが鎮めているようだ。そうか、先程感じたのは、朔さまを傷つけたく己に対する怒り、美琴さまは、それから私を守ろうと。記憶の中の朔さまは、美琴さまへの愛を囁いているが、不思議と嫉妬心は湧いてこず、もやが晴れた様な気がした。)
急に意識がはっきりとして、目を見開くと、目の前には傷だらけになった朔さまがいた。
(傷つけたくない!嫌だ!そう思っても声が出ない。抵抗できない。)朝子の瞳から、涙が溢れ出す。
そんな変化に気がついた朔は、「すまない」とだけ言うと同時に、朝子の額に触れるだけの口づけをした。
朝子は、一瞬何が起きたのかわからなかったが、その動揺で正気を取り戻した様だった。
パリンと言う音と共に、鏡は粉々に砕け散り、溢れ出す邪悪な影の中に、一筋の光が見えた。
それは、朝子の中からも漏れ出ている。
(これは、美琴さまが私の中に残してくださった、記憶のかけら…
美琴さまと朔さまが重ねてきた時の流れが一気に伝わってくる。あぁ、美琴さまは、私は、こんな気持ちだったのだ。そして、今もう一度。)
朔さまに抱きつき、見上げると、穏やかに微笑み返してくれる。
「お前だったのか!美琴を悪霊化させたのは、そして、美琴の魂の一部は、今までその鏡の中で苦しんでいた、貴様だけは許す訳にいかない。美琴と、朝子の母親の分まで、この僕がっ!!」
朔さまの鎌から放たれる清らかな光と、悪魔の放つ底知れぬ闇が、今、ぶつかり合う。
(私も、今度こそ、朔の力になる)心の中で自然と朔と呼ぶ、お互いにもう迷いはない。
朝子の鎌が、朔の光を追いかけ、闇を晴らしてゆく。
朝子に美琴の残像が重なった気がした。
「心など脆いはずが、何故にっ…」最期まで顔をしかめて悪魔は、跡形もなく消え去った。
鏡の周りの影も消え、鏡の上をくるくると光が回っていた。「美琴」慈しむ様に、朔が光を両手で包み込むと、
その光は、ゆっくりと朝子に近づき彼女の中へ入っていった。
「ありがとう、朔。今度は、朝子ちゃんを頼むわね。」朝子は、美琴と同じ声で、同じように微笑んだ。
朝子は眩い光を放ち、光が抜けていく。
「私の魂は今、完全に朝子と一つになる。でも、何も寂しい事じゃない。今の朔の側にはこの子がいるし、朝子は朝子だけど、この子の中で、私も確かに生き続けているから、やっと、また会えたんだから。この子のおかげで目覚める事ができて、もう一度話ができて、本当によかっ、た…」
光の中に薄らと見えていた美琴の姿が、どんどん薄くなってゆく。
朔は、涙を飲み込み「僕もだ、君には感謝してもしきれない、そして、これからも…」朔が美琴の頬に触れた、そして
光がより一層強くなったかと思うと、光は消えてしまった。それと同時に朝子は眠りについた。
翌日、朝子はなぜか、すっきりしたようなこそばゆいような気持ちで目を覚ました。
ところどころ、かすかにおぼろげになってしまっているところもあるが、あの時溢れてきた美琴の魂、美琴としての自分の記憶は残っていることを確認し、次なる決戦へと向かう。
ふと、額への口づけを思い出し、恥ずかしくなるが、振り払い、つい、思いっきり戸を開け放ってしまう。
「おはようございます!師匠、いえ、朔さま!」
やけにテンションの高い朝子に、朔はこれから起きるであろう事を悟った。(まさか、な…)期待と不安を込めて、朝子を見つめるその瞳は揺らいでいる。朝子はほんのりと頬を赤らめながら、ゆっくりと口を開く。
「私は、朔さまの事が、好きです。行くところがなく、助けて頂いた時から、今日まで一緒に過ごすうちに、大好きになりました!美琴さまとの記憶を見てから、もっと…きっと、これからもずっとあり続けます。愛は大きくなります、それにもう今年で19です、だから、私と結婚してください‼︎」勢いよく頭を下げる朝子、仕舞い込んでいた宝箱の蓋を開けて意を決して告げられた思い、その言葉に、朔は少し驚いたが、朝子を抱きしめて、優しく耳元で囁く。
「僕も、朝子を愛しているよ。
でも、まだその時じゃない。僕にとってずっと朝子は大切だから、焦らなくていい。ゆっくりと、少しづつ大人になってくれればいい。言っただろう?いつまでも、待っていると…」愛おしげに言い聞かせるように、朝子の顔を朔が覗き込む。
それは、霊となった美琴と朔の別れ際、輪廻の輪の前で朔が美琴にかけた言葉だった。
「はいっ!」その事を知ってか知らずか、じゃれるかのように笑う朝子の返事は朔の心に朝日を運んで、照らしてくれる。
「ありがとう、朝子。」暗闇でも見失う事はないだろう、その静けさの中に秘めた暖かい声に、朝子は幸せそうに微笑んだ。
どこからか聞こえた、どこまでも穏やかで、優しく美しい琴の音色が二人を包み込み、時を繋いでくれているように感じるのだった。