揺らぐ想いと確かな絆
美琴の生まれ変わりである朝子と共に過ごす様になってから、3年、4年と月日が流れた。
彼女は年を重ねるごとに美しくなってゆく。
僕は、それがほんの少し恐ろしかった。大切な娘だからこそ、自らの手で傷つけたくはない。
いつかは僕の元を離れる時が来るだろう。彼女は僕に恩義を感じ言い出せないかもしれない、その時は僕の方が彼女の幸せを祈り、背中を押さねばならない。
仮に、彼女が僕を選んでくれたとしても、僕はどこかで美琴と朝子を重ねてしまうだろう。
そうなるとすれば、朝子は朝子として愛したいのに…
前世の記憶を取り戻したとしても、彼女は何を思うのか、親の様に思っているであろう僕に異性として見られているかもしれない事に嫌悪するだろうか?
本当は、師匠をする資格すら、ないのかもしれないな。朔は一人、自嘲気味に笑う。
「失礼いたします、師匠。」控えめにふすまが開けられ、きちんと正座をした朝子が現れる。
「お風呂お先に入らせていただきました。師匠のお布団も敷いておきましたよ。それでは、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ」(風呂上りに薄着で男の部屋に来るなど、警戒心の無さ、安心しきっていて、万が一があってはならないと逆に冷静になるな。)
朝子が去った後の部屋で、ふうとまた一人ため息をつく。
手放せなくなりそうで怖い、か、彼女は誰の物でもない、尊い一人の人間(厳密にいうと死神なのだが)
「家庭訪問?」(今までそんな事あったか?)
「いえ、なぜか今年から…」
そんな訳で、朝子の担任が家にやって来ることになったのだが、数十年生きているであろう朝子の担任の女、昔、美琴と出会う前に僕に色目を使って来た女達に似ていて、正直に言っていけすかない奴だ。
女は、朝子を口先だけで褒め称え、不自然に僕の体を触ってくる。「少々失礼だが、貴女に興味はございません」自分でもびっくりするほど冷酷に響いた。
途端に部屋が静まりかえり、女は気を悪くしたのだろう、ヒステリックに声を上げる「何よ!偉そうに、朝子さんと関係があるのでしょう?あぁ、若い子と汚らわしい。」態度を一変し、嫌らしい目で朝子をジロリと睨みつける。すると次の瞬間、女はとんでもない爆弾をはいた。
「だって朝子さん、祈祷神様の事、男として好きなんでしょう?奥様の生まれ変わりだから大事にされているだけなのにねぇ」哀れむ様に朝子をチラリと見つめ、うっとりとした熱のこもった目でじっと僕を見つめてくる。
朝子はというと、顔を真っ赤にしてふるふると震え、ぐっと唇を噛んでいる。僕と目が合うと、どこかへ走り出してしまった。
「待て!朝子!」女を振り解き、朝子を追いかける。
(朝子が僕を好き?そんな事、ある訳ないだろう。それに僕は、朝子を朝子として…)そうであってほしいと顔をしかめる。
朝子は走った、顔を見る事が出来なかった。禁断かもしれない想いを自覚したあの日からずっと隠してきた思いが、ほんの一瞬で暴露され、壊れてしまったのだ。
(私が、奥様の生まれ変わり?でも、そうだとしてもそれだけではないはずだと信じたい。この想いのせいで関係が壊れるのならば、いっそうの事、代わりでもいいから、お側にいさせて欲しい。)いつのまにか膨らんでいた思いが、弾けそうになり、胸を押さえ、声もなく立ち竦んだ。
朝子は、今年高校を卒業する。朔と今までの様な生活を続けられれば十分だと思っていた。しかし、他の女が朔に近づくとしたら、たまらなく苦しい事に気がついたのだ。
静かな森の奥深く、鏡の様な水面に自分の顔を映し無理に笑顔を作ってみる。
そうだ、両親のお墓参りに行こう。(死神にも形としてのお墓があるのだ。)
墓の方へ行くと、人影が見えた。私以外、身内はいないはずなのに。
「朝子!よかった…ここに来れば、会えると思って。」
ほろ苦さの混じった泣きたくなる様なほっとする笑み、どうしようもなく居心地が良くなって、自分は彼に惹かれているのだと改めて思う。
墓に手を合わせ、二人は静かに語り出す。
「すまなかったな、僕のせいで君に嫌な思いをさせたな。」あまりに苦しそうな朔の顔に、朝子は勢いよく首を横にふり、「私の方こそ!女の弟子であるせいで、師匠によからぬ噂が流れている事は、薄々気付いてました。なのに、すみません。」しゃがみ込み、膝に顔を埋める朝子の頭を、朔は戸惑いがちに撫でて、「男でも女でも、君は僕の大切な自慢の弟子だよ。」真っ直ぐな眼差しに顔を上げ、嬉しくなるとともに自分の密かに抱き続けている想いは、彼に対する裏切りなのではないか?とも思ってしまうが、もう無かったことにする事はできないほど強くなっているのだとわかった今、いつか伝えられる時まで、もう一度大切に仕舞い込み、「ありがとうございます、私にとっても唯一無二のお師匠様です!」朝子は晴れやかな笑みを浮かべた。
その後は、お互いに今日の事について触れる事なく、二人の絆はより確かなものとして結ばれてゆくのだった。