祈祷神と弟子
美琴が輪廻の輪に乗ってから、数十年の時が流れて、命が廻っていった。
僕の変化はというと、前より他の死神と関わるようになったことくらいだ。
美琴の生まれ変わりを見つけられなかったり、接点が持てなかったりでまた見失ってしまう。
それでも、彼女が人間に生まれ変わり、いつか気づいてくれないかと淡い期待を抱くこともある。
思い出は、幾つ年が過ぎようとも色あせる事は決してない。
まだ、耳の奥に彼女の声がはっきりと残っている。
そんな代わり映えのしない日々を過ごしていたある時、僕の前に、突然、一人の死神がひざまづいてきた。
「お初にお目にかかります、祈祷神様。突然で大変申し訳ないのですが、私を貴方様の弟子にしては頂けないでしょうか?」深々と頭を下げたまま、その者は続ける。
「私は、両親を大物の悪霊と悪魔に殺されました。
父は悪霊と相討ちになり、母は、悪魔の呪いと戦った末に今年…
私にはもう、行くところがないのです。なんでも致します。お邪魔にはならないようにいたします!どうかっ!」
その悲痛な声の中には、悪霊や悪魔に対する憎しみ、これからの生活への覚悟、ほんの僅かに恐れが感じられた。
「顔を上げてくれないか?」
声からするに女だろう、僕がいじめているようにも囚われかねない。
「はい」ゆっくりと顔を上げる死神、その顔を見た途端、時が止まったかのような空気が流れる。
絹のような美しい黒髪、芯が強そうで涼しげながら優しさを感じさせる目元、ツンと尖った鼻、小さくてうっすらと微笑んでいるように見える口元。
「美…琴…?」愛した彼女に似ていたのだ。
死神は、一瞬ドキリとしたように目を見開き、僕を見つめていた。
しばらくして、死神は口を開く。
「申し訳ございません。私の名は、朝子と申します。
しかし、なぜでしょうか?その名と、貴方様を見るとどこか
懐かしさを感じまして…」
不思議そうに首を傾げる。
「朝子さんか、戸惑わせてしまってすまない。」(おそらく間違いないだろう、しかし、やはり前世の記憶は無い、か。)すまなそうに微笑む。
「いえいえっ!それに、朝子で構いません、祈祷神様。」
だいぶ大人びてはいるが、あどけない笑顔は、出会った頃の美琴より幼く、大人とも子供とも言い切れないような無垢な雰囲気の娘だった。
いずれにせよ、放っておいたら危ない気がする。
以前よりは他の死神と話すようになったとはいえ、弟子にと頼んでくる者もおらず、取る気もなかったが、寒空の下に彼女を放り出す訳にもいかない。
幸い、部屋数はあるし…
「朝子、僕の弟子となり、僕の家に住むといい。僕の事は朔と呼んで構わない。」
パァッとみるみるうちに夜明けの空のように表情が明るくなり、輝かしい笑みを浮かべた。すぐさま落ち着きを取り戻し、「よろしくお願い致します、朔さま。」澄ました顔で忠義を誓うかのようにするものだから、なんだか可愛らしくなって、思わず笑ってしまった。
その日は事ある度に、「ありがとうございますっ!」と、どことなく美琴に似た、弾けるような笑顔で何度も礼を述べられた。
それから一緒に生活していくにつれ、自分の感情を抑え込む事の多さや、少し生真面目すぎるなど、朝子と美琴の違うところも多いと自覚したが、その中に秘めた暖かさはやはり、と、似ているところは重ねてしまっている。それを朝子に悟られない様にするのが日課となっていった。
朝子と美琴の似ているところも違うところもそれぞれいいところだ。
たとえ、全て美琴と似ていたとしても、朝子の自由を奪い、己の欲に縛り付ける訳にはいかないし、してはならない。
それに、朝子はまだ死神中学三年で、年は15だと分かった。そんな気を抱く事すら許されない。
それさえ除けば、優しくて、面倒見が良く、時には厳しさも兼ね備えた師匠と、働き者で勉強熱心、素直で優秀な弟子の師弟関係は良好だった。
「朝子、夜食いるか?」「あっ、ありがとうございます。温かくて、美味しいですねぇ。」
「きゃあっ!すみません、お湯を沸かしていたことを忘れたあげく、慌ててコップを割ってしまいましたっ。私ったら、なんてことをーっ。本当に申し訳ないです、」「構わない、怪我は無かったか?」
こうして、何気ない日々を共に過ごしていくうちに、いつしか二人は、自分しか知らない相手の部分を知ってゆき、再び互いに心惹かれてゆく事になるのだが、今はまだ程遠い。
ただ穏やかに、静かに心を重ね、ゆったりとした同じ時を刻
んでいく。
運命に抗って結ばれた二人が、つまり、美琴の生まれ変わりである朝子と、朔がもう一度結ばれる事ができたのならば、もう、あの時の様に、時の流れに引き裂かれる事はないだろう。
しかし、年の差と言う新たな壁が立ち塞がる。
朔と朝子くらいの年の差のカップルは、20歳から見た目年齢が変わらぬ、この死神の世界において、割と多く存在するのかもしれないが、これは朔の気持ちの問題だ。
これから語られるのは、朝子が大人となるまでと、彼女が前世の記憶を取り戻すのか、朔との関係をどう望むのか、その時に朔はどうするのか、そんな話になる。