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アイノナイバショデ  作者: 笛み
番外編
4/159

10+4 夜這い

 扉の前でリクガメはつばを飲み込んだ。だいぶ時間は経つのに自分の呼気が鼻について、自滅しそうになる。慌てて口元を手で覆い隠し、臭気もろとも呼吸音を抑え込んだ。


 *


 リュウキュウヤマガメの父親に仕込まれた腹踊りは予想以上に受けがよく、披露宴は大いに盛り上がった。最後まで渋っていたリクガメも、新郎新婦の楽しげな様子が見られて、なんだかんだでやってよかったと思っている。


―踊る阿呆に見る阿呆って言うべ?―


 汗だくのゼニガメに背中を叩かれて心底頷いた。その後は男ばかりの二次会、三次会、四次会の今に至る。


「んだな! やったもん勝ちだわ」


「だべ? 俺の親父の演出力よ!」


 飲酒が許される年齢になって日も浅いのに、知ったかぶってはあれは美味いこれは不味いと言ってみたり飲んでみたり吐いてみたりたりたりたり。


「ヌッくんもうまいこと『やった』んだべなぁ…」


 呂律が回らなくなってきたニシキマゲクビガメが赤い顔でぼやき、「ばか!」とすかさずゼニガメが嗜めた。


「ウンキュウの前でお前…!」


「いいって、いいって。姉ちゃんが選んだ男だ、何でもありだ」


 ウンキュウはよほど姉が大切なのだろう。ミナミイシガメが言えば夏の昼間の炎天下で、裸踊りも辞さないかもしれない。


 ゼニガメはリクガメのことも気づかってちらりと視線をよこしたが、リクガメも無言で頷いて流しておいた。この空気をわざわざ壊す必要もない。


「いいなぁ〜、俺もやりてぇ〜!」


 ミスジハコガメが冗談めかして体をくねらた。その気持ち悪さに全員が笑いながら叩いたり蹴ったりして、リクガメも腹を抱える。


「俺だってやりてぇー」


 リュウキュウヤマガメも悪乗りし、ほかの面々も便乗した。


「童貞捨ててえー」


「抱かれてぇー」


「誰かもらって〜」


 最後のウンキュウが音を外して、再び皆で爆笑する。


 酒を覚えたての気心知れた男ばかりの四次会だ。話題は当然そうなった。そして、誰がいいかという推薦と投票が始まった。しかし何故か誰もヒメウミガメの名を挙げない。


「俺はヒメちゃんがいいけどな」


 リクガメが徳利に手を伸ばしながら呟くと、他の面々は一瞬黙り込み、それから全否定の嵐が吹き荒れた。


「やめとけやめとけ!」


「ヒメ(ねえ)は手ぇ出しちゃいけねぇよ」


「おっかねぇよな」


「生きて帰ってくる自信ないわ」


(そく)(さつ)! みたいな」


「そったらことないべや!」


 リクガメもむっとして言い返す。


「ヒメちゃんかわいっしょや。気ぃ使いだし面倒見もいいしおっぱいでかいし。相手の良いところ見つけてくれるし優しいしほわんとしてるし柔らかそうだしほめ上手だしあと…」


 リクガメがあまりに真面目にヒメウミガメを持ち上げるから、他の面々は互いに目を合わせた。リクガメが熱っぽくヒメウミガメのいいところを並べる横で、


「……まじで知らないの?」


「っぽくない?」


「嘘だべ?」


 ひそひそと小声で話している。


 ゼニガメに顎でしゃくられて、ニシキマゲクビガメが自分を指差した。諦めた様子でおずおずと上目遣いになり、リクガメに忠告を試みる。


「あのなあ? リク。リクの気持ちはわかった。言ってくれてありがとう。俺は非常に嬉しいぞ! 光栄だ、うん。でもな?」


「でもなんだよ」


「悪いこと言わないからヒメ姉ちゃんは諦めろ。その方が…」


「あ?」


「お前のためを思って言ってんだって。お前がどんなに思ってても、ヒメ姉ちゃんは…」


「うるせえな! 関係ないべや! 俺の勝手だろ!!」


 猪口を叩きつけてニシキマゲクビガメを怒鳴りつけ、勢いのままその場を後にした。

 

 リクガメはどすどすと廊下を早足で進んだ。先までの上機嫌が嘘のような怒りで満ちている。なんだよあいつら、寄ってたかって。仲間たちから否定されたことに憤慨している。応援してもらえると思っていたのに、ウンキュウのために兄貴に話も聞いたし、ニシキも激励したのに。なんで俺だけあんなにされなきゃなんねえんだよ。せめて見守れよ……。


 そんなことばかり考えていたせいだろうか。気がついたらオサガメの、駅の頭首の部屋の前まで来ていた。オサガメ家は三世帯からなる大家族だ。つまりヒメウミガメの部屋でもある。


 *

 

 扉の前でリクガメはつばを飲み込んだ。だいぶ時間は経つのに自分の呼気が鼻について、自滅しそうになる。慌てて口元を手で覆い隠し、臭気もろとも呼吸音を抑え込んだ。


 かつてこの駅には夜這い制度なるものがあった。意中の相手の元に通い、心を通わせ身体を重ねる制度が。その相手は夫婦でなくてもよかった。


 リクガメは扉の取っ手に手をかけた。施錠はされていない。まるで招き入れられている気がしてくる。酒臭い息をごくりと飲み込んでから、リクガメはヒメウミガメの部屋に進入した。


 頭の中で誰かが金槌でも打っているようだ。眩暈まで誘発してくるその振動が自分の心臓の音だと気付いた頃には、ヒメウミガメが眠る布団の前に立っていた。素足が覗いている。裸で寝ているのだろうか。この布団一枚めくればヒメちゃんが。ごくりと喉が上下した。


 ゆっくりと布団の膨らみの横に膝をつく。随分幅が太い。着痩せするのかな。激しい鼾が聞こえてくる。なかなか耳につく騒音だが飲酒後は鼾をかきやすいものだ。父だってそうだし女だって鼾くらいかくだろう。俺は全然気にしないから、


「ヒメちゃん、」


 リクガメはヒメウミガメに小声で呼びかけた。鼾はまだ続いている。


「ヒメちゃん、起きて」


 なかなか眠りが深い。


 面と向かってちゃんと告白しようと思っていた。だが限界だった。相手が聞いていようがいまいがもう自分を抑えきれない。


「ヒメちゃん俺、おれ、ずっとヒメちゃんが好きだった。今日ほめられた時、本気で嬉しくて。今日のヒメちゃんなんまきれいだったしだから、だからヒメちゃんッ!!」


 布団ごと抱きしめたリクガメは、そこで全ての動きを止めた。最初に再開したのは瞼の動きで、それからゆっくりと身を起こす。布団を捲り、両目を瞬かせて目の前の光景をつぶさに観察する。その後にようやく呼吸が再開し、脳も動きだして状況を把握しようと試みるも肝心の思考は全く働かない。


 布団の中で眠っていたのはヒメウミガメなどではなく、全裸で大の字に寝そべるヒラタウミガメだった。健康的に黒く焼けた肌が薄闇の中でも目につく。


「ひ…?」


「リッくん?」


 リクガメは振り返った。自分が開け放った扉の明かりの中に佇むのはヒメウミガメとスッポンの姉妹。前後不覚のヒメウミガメをスッポンが傍らで支えている。


「スー…?」


「何してるの」


「へ?」


「まさか……お兄さんを…?」


「ち、違う! 違うちがう!! 誤解だって…!」


 リクガメの大声にヒメウミガメが気がついた。妹に凭れかったまま瞼をこすり、うつらうつらと顔を上げる。


「ヒラタくぅん?」


 聞いたことも無い甘い声で。


「ヒメちゃん…」


「んあ?」


 ヒラタウミガメが反応した。のけ反ったリクガメは体勢を崩す。


「ん?」


「へ??」 


「りっ!」


 傾き流れゆく視界がやけにゆっくりと動いていた。着痩せじゃなくて男の体だった。鼾は女もかくけれども、あの大音量はそれなりの図体からでないと響かせられないだろう。


 ヒメウミガメは裸の男と寝ていた。


―おじいちゃんがあんたの仕事褒めてたよ。『筋がいい』ってさ―


 褒めてくれたのはヒメウミガメでなくてオサガメだ。


―暇見て行ってあげてくれるかい? あんたから顔見してくれたら喜ぶと思うからさぁ―


 オサガメを理由に呼んでくれたわけではなかった。


―悪いこと言わないからヒメ姉ちゃんは諦めろ―


―お前のために言ってるんだよ―


 本当だ。お前らの言うこと聞いておけばよかった。


 数え切れない後悔と失恋の痛みの中で何もかも終わらせたくなる。視界が霞んできて苦しくなり、何もかも無かったことになればいいのにと瞼を閉じかけたが、


―好意のない相手から夜這われた時は全身全霊で拒絶すべし―


 リクガメは目を開けた。ヒラタウミガメが布団の上で上半身を起こしている。


―腕力が不安視される女、子どもの家族は、夜這い者を打ちのめすべし―


 ヒラタウミガメにこの現場を見られたら?


―屑の一物は切り落として良し―


(そく)(さつ)! みたいな―


 おれ、死……

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