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アイノナイバショデ  作者: 笛み
番外編
152/159

10+152 包囲網

「イシガメッ!!」


 声の主はジュウゴだった。なしてお前がここに!? 実戦にはまだ到底参加させられないひ弱な夜汽車は、カメに紛れて改札の陰から顔を覗かせている。


 そのジュウゴの見つめる先のイシガメたちは、完全に苦戦していた。イシガメとクサガメが二手に分けられている。独断かヤマカガシの助言か、トカゲが駆けつけクサガメに加勢する。弟たちを気にして振り返ろうとしたイシガメの頭にカエルの武器が振り落とされる。


「イシぃあッ!!」


 リクガメは叫ぶ。叫びながら走る。カエルが邪魔だ。払いながら走る。進まない。邪魔だ。邪魔だよ、邪魔すんなイシが!


「イシッ!!」


「イシガメ!!」


 ジュウゴだった。イシガメの頭上に鉈を振り上げていたカエルを体当たりで撃退し、倒れるイシガメに駆け寄り呼びかけている。


 リクガメは笑ってしまった。どこがひ弱だ。全然余裕だ。あいつ、なまら動けんだべや。


 しかし次の瞬間にはそのジュウゴに危機が振りかざされた。カエルとて体当たりごときで目を回すほど甘くは無いだろう。先の鉈男が今度はジュウゴにその狂気を振り下ろさんとする。


「逃げろォッ!!」


 リクガメは走る。走るのに届かない。手を伸ばしても触れやしない。待って。やめてくれ。頼むからそいつらだけは…!


 リクガメの脳裏に絶望的な一瞬後が過った時、現実の視界の中でも真っ黒な物体が目の前を通り過ぎた。しつこいカエルと応戦しながらリクガメが見たのは獣。そうシュウダが呼んでいた黒い奴。


「ワン……」


 ジュウゴは腰を抜かしたまま、旅の仲間の助太刀に見とれていた。


 クサガメがイシガメに駆け寄る。ジュウゴと協力してイシガメを改札に運ぶ。姿が隠れる一瞬前にイシガメが歯を食いしばっているのが見えた。リクガメは胸を撫で下ろす。生きてさえいればいい。イシガメの石頭があの程度の打撃で壊れるはずがない。後はヘビの仕事だ。シュウダがいる。オサガメだって回復したのだ、大丈夫だ。


 と言い聞かせようとしたのも束の間、今度はトカゲが囲まれていた。当然だ。イシガメとクサガメの兄弟が撤退したのだ。単独行動などカエルの格好の的だ。そしてトカゲはあんな身なりでも、


「女?」


 カエルに気付かれた。トカゲちゃん! リクガメは焦る。トカゲは囲がまれる。義手をどこかに落としてきたのか、片手と蹴りで抵抗するも完全に男たちに遊ばれている。リクガメはカエルを殴る。トカゲの手から短刀が滑り落ちる、青ざめる。駄目だ。リクガメは叫ぶ。その子は駄目だ、行かせない。カエルが邪魔だ。邪魔すんなや!


 割れた怒号に目の前のカエルがびくりとした。馬鹿が。よそ見してる暇あんのかよ、ありがとな。リクガメは隙だらけのしつこい男をようやくねじ伏せた。息つく間もなく立ち上がってトカゲを探すと、それより先に暴れ狂うジュウゴに目が行った。


 火事場の馬鹿力というやつだろうか。実はとてつもない潜在能力の持ち主だったとか? 狩り合いの前線の中でも呆気に取られてしまうほどに、リクガメの予想を遥か斜め上を行く働きをジュウゴは見せていた。


 落ちていた杵でもってカエルを殴り倒す。取っ組み合いになったカエルに跨り気を失わせるまで殴り続ける。失神した体を担ぎあげて別のカエルに投げつけたり、鎖鎌を見事に避けきってその主を掬い投げの要領で倒したり。


―俺、あいつに助けられてんだよ―


 イシガメが言っていた。


―転んだのかい?―


―……うん―


 嘘でもまぐれでも、初っ端からトカゲの義手をもぎ取っていた。


―俗に言うだら(・・)ですね。話しとると血圧上がります。でも、飲み込みは悪くないがです。いっぺん体に沁み込んだら忘れん言うか―


 何だかんだでヤマカガシも誉めていた。


 リクガメは頬を持ち上げる。イシぃ、いいもん拾ってきたなあ。新しい仲間の出来にほくそ笑む。リュウキュウヤマガメにも自慢してやろう。多分あいつは数ヶ月は病床に伏すから、動けないあいつの前でジュウゴの動きを見せびらかそう。もっと鍛えてやろう。スッポンの産じょく期が明けたら改めて鍛え直してもらってもいいかもしれない。とにかく楽しみな逸材だ。面白い班員が増えた。その俺の自慢の仲間に、


 手ぇ出すなや。


「リクガメ…」


 動きを止めたカエルの上でリクガメは振り返る。男の胸に振り下ろした肘を引いて立ち上がり、一直線にジュウゴに歩み寄ると、


「さすが俺の下僕だ」


 頭頂部を平手で掴んで前後左右に揺さぶってやった。


「大丈夫かい? トカゲちゃん」


 続いてトカゲを覗きこむ。トカゲは右手の先端を左手で握りしめたまま、僅かに頷いて見せる。


 相当怖ろしかっただろう。過去を思い出したに違いない。今にも泣き出しそうな強がりの天の邪鬼は、雨に濡れながら小さく震えていた。リクガメはトカゲの頭を撫でてやる。


「大丈夫だよ、トカゲちゃん」


 トカゲがさらに顎を引いた。


「リクガメ!」


 ジュウゴが叫んだ。促された方を見たリクガメの目は見開かれていく。


―カエルども、原付ば並べて笑ってやがった―


 イシの言ってたやつか。


―まるで自分の(もん)みたいに乗りこなしてて、― 


 それはそうだ。誰でも簡単に乗られるように設計されたのだ、オサガメによって。


―取り返したかった……―


 イシガメは足りな過ぎた自分の非力に歯噛みしていた。


 そうだよな、悔しいよな。班員の無念を思ってリクガメも拳を握りしめる。


 ジュウゴが指差した彼方からは泥水を撒き散らして、こちらに向かってくる原動機付き自転車の一団があった。


「戻るんじゃないのか?」


 ジュウゴが尋ねてきたが、


「戻るけどさ、『あれ』は返してもらわないとね」


 リクガメはやるべきことを伝えた。


 何か使える物はないかと辺りを見回すと、足元で横たわるカエルが握っていた鎖鎌が目についた。背後にはヒバカリ班。ヘビとて原動機付き自転車はほしいに決まっている。いくらリクガメを疎んでいたとしても、仮にも共闘している『仲間』を私的感情で見殺しにすることはないだろう。


 リクガメは原動機付き自転車のカエルたちを睨みつけながら、ジュウゴに足元の鎖鎌を拾って渡せと命じた。いつものように不満気味ながらもジュウゴが指示に従いかけた時、


「離れろ!」


 裏返った声でトカゲが叫んだ。リクガメは振り返る。と、飛び込んできたのは鎖鎌を握りしめたカエルの血眼。しまった! 目を覚ました、甘かったか。リクガメは後悔と同時にジュウゴに向かって走り出す。搾血(さっけつ)は絶命前の方が効率が良い。『殺さなくていい』というウミヘビの指示を、唯一まともに守り続けていたのがリクガメだ。それは効率的な瓶詰製造を促し、つまりは犠牲になるカエルの数を減らすことにも繋がっていたが、同時に仲間たちを危険に晒すこともあり得た。まさに今、この時のように。


 カエルが鎖鎌を引く。その先端を掴んでいたジュウゴが引かれる。そのジュウゴの前に踏み込んだリクガメは、ジュウゴの手から鎖を奪い取って肩と腰を使って下がらせた。支えを失ったジュウゴが尻から地面に落ちる。鎖の先端が勢いのままにリクガメの手首に絡みつく。なんて運の無い。リクガメは巻き付いた鎖を外そうとしたが、片手を離せばカエルに力負けしそうだった。その間にも迫りくる原動機付き自転車の一団。足がすくんだままのトカゲ。


「走れジュウゴぉッ!!!」


 リクガメはジュウゴに怒声で命令を出した。トカゲを連れて改札に戻れ、トカゲちゃんを守れ、その子をこれ以上苦しめるな。


 リクガメの大声で目を覚ましたようにトカゲが動き出す。こともあろうか自分に向かって。助けようとしてくれたのだろうか。ようやく自分を仲間だと認めてくれたのかもしれない。でも駄目だ。女の片腕(トカゲちゃん)じゃあ敵わない。だから頼む、ジュウゴ!


 ジュウゴがトカゲの手を取った。抵抗するトカゲを無視して一目散に駅の改札に向かって走り出す。その背中を見てリクガメは安堵する。そうだ、それでいい。さすが俺の班員だ。


 トカゲたちの安全は確認したものの、状況は刻々と不利一方に向かっていた。原動機付き自転車の一団が到着する。鎖鎌の男が立ち上がる。前後左右を囲み込んで、確実に討ち取れると見た他のカエルたちも加勢にどんどん集まってくる。


 片腕を鎖に繋がれながらもリクガメは抵抗した。近づいてくるカエルたちを片っ端から殴る、蹴る。だがいいところで鎖を引かれ、威力は実力の五割減だ。性格(たち)の悪い戦法に奥歯を鳴らす。駅の爆破といい集団での囲い込みと言い、やり方がいちいち卑怯臭い。正々堂々と一対一でかかってこいよ、まとめて即行で潰してやるから。リュウの借りも返してやるから…!


「こいつけ!」


「そいつや!!」


 カエルたちの会話。自分を探していたのか? 手首に巻き付いた鎖でもってカエルを窒息させ、突っ込んできた別の男を蹴り込んでいたリクガメが声のした方に振り返ると、どこかで見たことがあるような、どことなく懐かしい気がするような顔の若い男が何かの切れ端を振り上げていた。リクガメは抱え込んでいたカエルを離して防御を試みる。しかし、


「エゾ(にい)のかたきッ!!」


 あ、


―エゾ(にい)!―


―隠れとれ!―


 あの時の。


 遠い過去になりかけていた苦い記憶がリクガメの動きを止めた。次の瞬間には景色が九十度回転し、遅れて右即頭部に鈍痛が走る。耳鳴りが目眩を誘発して足の踏ん張りを奪い、立っていられなくなったリクガメの体は膝から地面に崩折れた。

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