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アイノナイバショデ  作者: 笛み
番外編
151/159

10+151 総崩れ

 

 その日



 薄暗い水しぶきの中をリクガメは走る。通路を満たす地下水は既に踝を超えていた。ヘビたちが土嚢を積んだり桶で掻きだしたりしているが、大元を止めない限り居住部分もやがて浸水するだろう。


 リュウキュウヤマガメがやられた。リクガメは奥歯を軋ませる。酷い怪我だった。背中の皮膚が爛れていた。自分を庇ったせいだ。俺がもっと注意しておけば、俺が見に行っていれば!


 カエルはいつの間に駅に侵入したのだろうか。宴の最中か? それよりも前か。誰も気づかなかった防犯の甘さを呪う。


 爆弾だった。排水装置に取り付けられていた。触れた瞬間に爆発する単純な装置だったが、カエルがあんな代物をこしらえていたことにリクガメは驚愕した。そんな技術を持っていたなんて。いや、持っていたのではない。手に入れたのだろう。知恵を絞って必要に駆られて、かつては持っていなかった技術さえも身に付けたのだろう。そうしてその技術でリュウキュウヤマガメを戦闘不能に陥らせた。


 畜生ッ! 歯噛みする。いや大丈夫だ。頭を振る。落ち着け、急げ、冷静に、許さねえ。煮えたぎった頭の中で相反する激情と理性が対立する。畜生、畜生、畜生ッ!! リュウキュウヤマガメが死ぬはずがない。あんな強い男は他にいない。だから絶対大丈夫だ。そう自分に言い聞かせるのに、


―ぃけ…、たの…む…―


 不安が全身を震わせた。


 わかったよ、わかってるって。視界を遮りかけた滴を瞬きでやり過ごしながらリクガメは走る。それが水滴や汗などではなく、自身の頭部から流れ出る血液であることにも気付かずに。


 わかってる、任しとけ、心配すんな大丈夫だ。お前の借りは俺が返しといてやるぶっ殺してやる。


 纏わりつく水流からようやく抜け出し、改札への階段を駆け上がる。開いた扉の先では男たちの怒号で地面から湯気が立っていた。夜明け前の灰色の空からは大粒の雨。その下の仲間たち。


 リクガメは素早く周囲を見回した。咄嗟に自分の班員たちを探す。イシガメは持ち前の非常時における冷静さを発揮できたようで、クサガメとの連携も取れている。ヤマカガシも動けている。昨日の今日で自分の指示など聞き入れやしないかとも思ったが、そこは弁えてくれたようだ。トカゲは……、相変わらず。よし、リクガメは頷いた。リクガメ班(うち)は大丈夫だ。


 続いてリュウキュウヤマガメ班。頭数は多いが頭抜けて出来る奴もいない、そつなくこなす系が集まった模範的な班はしかし、らしくなく苦戦していた。班長がいないだけでここまで乱れるものなのか? リクガメは愕然とする。待てや、おい。何やってんだよお前ら、


「おい!!」


 叫びながら雨の中に飛び出した。途中のカエルたちを殴り倒し、蹴り込み掴み折り踏みつけて、トゲヤマガメを解放させる。


「大丈夫か、トゲ! しっかりしろ!!」


「リッ君!」


 オナガヤマガメに呼ばれて振り返る。


「トゲは…」


「下がらせる。お前、連れてけっか?」


 オナガヤマガメは小刻みに頷いたが、


「リッ君、リュウ兄ちゃん…」


 双子の弟よりも重傷だった次兄の心配の方が大きかったようだ。リクガメはオナガヤマガメの肩を掴んで顔を近付け、「大丈夫だ」と言い聞かせた。それから顔を上げ大きく息を吸い、


「みんな聞け! リュウは大丈夫だ!! シュウダが診てる! 安心しろ!!」


 リュウキュウヤマガメ班の全員に聞こえるように大声で叫んだ。


 キボシイシガメが振り返った。セマルハコガメと顔を見合わせ同時に頬を持ち上げる。

 ホウシャガメが涙ぐんだ。その後ろでシロクチドロガメが高笑いする。アカミミガメがカエルを投げ飛ばして、ワニガメがそれを討ち取る。


 リクガメは口角を持ち上げた。そうだ、リュウだ、あいつが死ぬわけが無い。言葉にしてみると自信が湧いて、それはそのまま真実になった気がした。

 

「キボ! シロ! お前ら、前行けんな?」


「「おう!」」


「マル! 年下たち(こいつら)から目ぇ離すなよ!」


「してねえよ!」


 班長が無事と聞いた途端にリュウキュウヤマガメ班の目の色が変わった。これが徳ってやつか、とリクガメは苦笑する。


「いいかみんな、もうすぐ朝だ。こいつらもそうそう長居はしないはずだ」


 言いながらリクガメは右手にカエルの頭を掴み、左手で別のカエルの腕の関節を引き外す。


「獲らなくていい、取られんな! 帰ってリュウのバカばバカにすんぞ!」


 突っ込んできた輩に右手のカエルを押しつけて、まとめて蹴り込み踏みつけた。


 鬨の声が上がる。リュウキュウヤマガメ班の士気が戻って来る。その様子にリクガメが目を細めた時、頭上を何かが掠めた。ワニガメの上着の裾を掴んで屈ませたその横に、カエルが倒れ込んでくる。血飛沫。


「わ…!」


「俺は大丈夫」


 ワニガメは全くの無傷だったようだ。ワニガメを引き摺りだし、倒れたカエルを転がしてみると、カエルは目も見開いたまま絶命していた、頭半分を無くして。


「なに…?」


「しゃがめぇッ!」


 誰かの声でリクガメたちは屈みこむ。と今度は音も聞こえた。複数の破裂音。ほぼ同時に絶叫も。


 リクガメは顔を上げる。ヒバカリ班だ。砂丘の上に陣取ったヒバカリは班員を一列に並ばせて、一斉にカエルに照準を合わせていた。


「リッ君」


 リクガメは頷く。自分たちの製作した小銃は、想像以上の働きを見せてくれたようだ。「放て!」の号令と共にヘビたちの放った弾丸は、カエルたちを負傷させ、後退を促し、絶命させる。


「すぐ終わりそうだね!」


 アカミミガメが泥だらけの顔の中で白い歯を晒した。その背後に迫る影に大股で近づき回し蹴りで沈めてから、


「気ぃ抜くな」


 リクガメは年下の粗相を注意する。


「ィシガメぇッ!」


 リクガメは目を見開いた。反省するアカミミガメを押し退けて辺りを見回す。


 雨音と銃声と怒号と悲鳴と。湯気と熱気で視界も悪い。けれども聞こえた。『イシガメ』と。イシガメって? 何があった。どうした。どこだ、イシ…


「リッ君!」


 トゲヤマガメを運び終えて再び前線に戻って来たオナガヤマガメに袖を掴まれた。


「戻って! リクガメ班。イシたち押されてる!」


 オナガヤマガメの早口にリクガメは血の気が引く。


「ここは大丈夫だから!」


 アカアシガメが叫ぶ。ってカエルに押されながらお前…! 


 リクガメが踏み出しかけた時、セマルハコガメが駆けつけた。頼もしい年長組はリクガメの言いつけを守り、年下に代わってカエルを討つ。


「リッ君!」


 オナガヤマガメに再度急かされる。リクガメは逡巡する。


「マル!」


 この場で最も動けそうな年長者を呼び寄せると、リクガメは耳打ちした。


運ぶ(とる)のはヘビだ。ここ片したらお前らは今日は退け」


 セマルハコガメは周囲を見回す。それから「わかった」とリクガメに頷き、リクガメもその背中を叩く。


 リュウキュウヤマガメ班に後を任せて、リクガメは自分の班員たちのもとに走った。

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