喧嘩するほどなんとやら
聖王国に着いてから数日が経過した。そして、今日が調査へと出発する日になる。
まぁ、出発するといっても直接森に入るのはまだ先で、今日はメイソンという町に移動するだけなのだが。
ここ数日は、戦闘訓練にほとんどの時間を費やした。
馬車による長旅で体がなまっていたというのもあるし、これから行く場所はこれまでに行ったどんな場所よりも危険な所だというのもある。
ちょっとの失敗が命取りになり得るような場所だ。用心しておくことに越したことはない。
俺はメイソンにいくために用意された馬車の近くにいた。それなりに大きく、乗り心地がよさそうである。
しかしなぜか教会にあるほかの馬車には必ずついている、教会のものであると示す紋章がその馬車には刻まれていなかった。
「――なぁ、なんでこの馬車には紋章がないんだ? ほかの馬車には必ずあるのに」
俺は近くにいた氷室に質問した。
「あぁ、それは今回のことは教会の者として活動するわけではないからね。だから教会の馬車を使うわけにはいかないんだよ」
「ん? なんでそれが教会の馬車を使ったらダメな理由になるんだ?」
「そこは……ほら、いろんな利権とかが関わってくるからこれ以上は言えないよ」
利権か……また面倒なのが出てきたな。
聖王国の教会は直接国とつながりがあるみたいだし、部外者には言えないようなことを知っているのかもしれない。それがダメなことだとは思わないが、やっぱり聖王国の教会は怖いな。
今回の依頼で、できるだけ友好関係を築いておかなければ。
「それに、教会の馬車だといろんな特権を使えたりするけど、その分目立つからね。教会のことをよく思っていない層も一定数いるし、普通の馬車の方が無難なんだよ」
「――そうですね、我々は決してすべての人々の見方というわけではありません。多数を救うために少数をないがしろにすることも時にありますし、こちら側から敵対することもあります。すべての人々を平等に救うことなど不可能ですし、致し方ないことなんですがね」
俺たちが話していると、教会からセレスが出てきた。
肩にはボストンバッグのような鞄をかけて、手にはアタッシェケースのような書類用鞄を持っている。
「どうかされましたか? そのような荷物を持って」
「私もメイソンまであなた方についていくことにしました」
「えっ!? な、なぜ急に?」
氷室も俺と同じ気持ちだろう。急に、それもなんで当日にそんなことになるのかと。
「急遽メイソンに用事ができまして。それと、メイソンにいた方が素早く報告を受けることができますからね」
「まぁ、そうですが……」
「別に用事ができたくらいならば部下を送ってもよかったんですが、ちょうどアンドレたちが出る頃でしたので、私が行こうかと」
「はぁー……あの出不精のセレスティア様が外出ですか、明日は雹でも降るんですかね」
「なっ、失礼な! 私だって外出ぐらいします! 確かに一般的な方と比べては少ないですが、それでもあなたが思っている以上に外出しているのですよ!」
セレスは心外、といった様子で氷室に詰め寄った。
「いえ、普段から執務机に座っているか聖堂にいる姿しか見ていないもので、珍しかったものでつい」
「まぁいいですよ、どこかの正義馬鹿と違って私は書類仕事で忙しいですからね。誰かさんが派手に動けば、それだけ私の仕事が増えるのですから。それに比べてその誰かさんは楽でいいですよねー?」
「す、すみませんっ! いえ、本当に! これからできるだけセレスティア様に迷惑がかからないようにするので、どうか怒りを収めてください!」
二人の間で言い合いのようなものが始まったので、俺はその場からさっさと離れることにした。この感じだと、しばらくは収まりそうにないしな。
しばらく待っていると、アリスとアルバニアが俺のいる場所に走ってきた。
「遅れてすみません!」
「ごめんなさい、待ったかしら」
「別にそこまで待っていたわけじゃないし、気にしなくていいぞ。ていうか、今来ても……ほら」
俺は氷室とセレスを指さす。
「――ですから! あのときは私は事前に気をつけろと!」
「いえ、そんなことは言っていませんでした! セレスティア様はいつも小難しいことを言って真意を分かりづらくしているんです! 大体、セレスティア様はいつも――!」
そこでは、さっきよりもより苛烈さを増した言い争いが繰り広げられていた。
互いが互いの短所を罵倒し、過去の行動を非難しあう。かれこれ、十分ほどこんな調子だった。
「あぁー……なるほど」
「ちょうど二人が来たら止めようと思っていたところだ。――おい、アリスとアルバニアが来たからそろそろ言い合いはやめてくれ。いつまでそうしている気だ?」
「ごめん奏多、今は後にしてくれ」
「えぇ、今はこの大馬鹿者を正すときです」
二人は一向に言い争いを止める気配はない。
……ていうか、こういうときだけ意見が合うんだな。『喧嘩するほど仲が良い』ってやつなのかもしれない。
ただ、喧嘩するのはもっと違う場所でやってほしいところだ。
「後にしてくれって言いたいのは俺の方だ。それに、この場合大馬鹿者はお前たちだと思うんだが? さっきから御者が困り顔でお前たちを見ているぞ」
俺は視線を馬車へと向ける。そこには、困り顔を浮かべてどうしたものかと途方に暮れる男がいた。
男には上司にあたる二人の言い争いを止めることはできないのだろう。
「いい加減やめてくれないか? 正直、うんざりしてきたんだが」
俺はわざと強く二人を咎めた。こうでもしなければ、二人は飽きるまで言い争いを続けるだろう。
セレスに限っては数日の付き合いではあるが、二人の頑固さはある程度把握している。
「……ごめん、頭に血が上ってたみたいだ」
「すみません、お口が過ぎました」
「わかってくれたならそれでいいが、そろそろ出発しないと向こうにつく頃には日が暮れるんじゃないか?」
「そうだね、少し急がないと本当に日が暮れそうだ。よし、馬車に乗り込むとしようか」
俺たちは少し急ぎながら馬車へと乗り込んだ。
――なお、セレスがついていくという話は、なし崩し的に決定となっていたのだった。




