静謐な聖堂(1)
「アンドレ、遅いです!!」
「す、すみませんセレスティア様! これには事情がございまして……!」
俺たちは教会の中心にある聖堂にやってきていた。
天井には大きなシャンデリアが吊るされており、神聖な雰囲気が漂っている……のだが、その中央にはあからさまに不機嫌そうな女性が立っていた。
『セレスティア』と呼ばれた女性は巫女服のような真っ白のドレスを纏っており、背中にはなぜか左右非対称の翼が生えている。
俺はその非現実的な光景に言葉を失った。
「私はお客人方をここへお連れするように言ったはずですが……どのような事情があればここまで遅れるというのですか?」
「えっとそれはですね、実はそのお客人の中に前世の友人がいまして、それで再会に舞い上がり、つい話し込んでしまった次第で……」
「前世の? それは『伊織』としてのですか?」
「はい、そうです」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、セレスティアは驚きの表情を浮かべた。
「そうですか、なら今回のことは不問とします。――それで、あなたがそのご友人でしょうか? ……なるほど、転移者ですか。珍しい出会いもあるものです」
セレスティアは俺に視線を移すと、目をまっすぐと見つめてきた。まるで心の底を見透かされているようだ。
……ていうか、転移者ってことが一瞬でばれたな。別に隠していたわけではないが、こんなにすぐばれるのは予想外だった。
「あー初めまして、セレスティア……さん? 俺はソータ、です」
「お初にお目にかかります、セレスティア様。私はアリスという者です」
「私はアルバニアです、お見知りおきを」
「そうかしこまる必要はありません、気軽に話しかけてくださってかまいませんよ」
気をつかってもらったのか、セレスティアは敬語は不要だと言ってくれた。
正直、敬語はどうも苦手なので本当に助かる。
「私はセレスティアです、『セレス』でかまいません。私はここで巫女をしております。……と言っても、普段やっていることは書類仕事くらいですが」
「セレスティア様、部下への説教と叱責を忘れていますよ」
「そうですね、たった今その責務を果たせそうです」
セレスは氷室に笑みを向けた。だがその笑みからは、得も言われぬプレッシャーのようなものが放たれている気がする。
「上はいますが、実際には私がここを仕切っているのです。教会といっても、ここでやっていることは王都やその近辺の警護くらいですしね。別に仕事はそこまで多いわけではありません」
「ん? ここはなにか特定の宗教を信仰していたりはしないのか?」
普通、教会っていったらなにか特定の宗教を信仰していたり、なにかを祭っていたりするものじゃないのか? ……いや、ぜんぜん知らないから勝手なイメージではあるんだが。
「奏多、知っているかもしれないけど、この世界では宗教というものがあまり根付いていないんだ」
「あーなんだっけ、そこまで余裕がある人は少ないんだったか」
「それもある。しかし、この世界で宗教というものが周知され始めたのは、ここ数百年という話だ。まだこの世界ではできて日があさいんだよ」
なるほど、宗教というのがなんなのかを知っている人自体が少ないわけか。確かにそれでは宗教がなじまないのも納得だ。
この世界では情報が広がるのは遅く、そして正確ではない。当たり前だ、情報を伝える媒体があまりにも少ないのだから。
新聞みたいな物もあるが、それで情報を伝えることのできる範囲は限られている。それにこの世界には情報網が全然できていないので、新聞で伝えることのできる情報はその近辺のものしかないのだ。
改めて、インターネットというものがどれだけ便利なものなのかがわかるな。
「いちおう、ここでも宗教は信仰しているんだよ? 真剣に信仰している人は見たことないけど」
「……それ、存在する意味はあるのか?」
「存在すること自体に意味があるのですよ、体裁はそれらしくしておきませんと」
まぁ確かに内情はどうであれ、体裁をそれらしくしておくことに越したことはないか。
外聞ばかり取りつくろうのもアレではあるが、見栄えが悪いと誰も寄り付かないだろうしな
「……あの、依頼のことはよろしいので?」
俺たちのやり取りを見ていたアリスが、セレスに疑問を呈した。そういえば、依頼に関する話は全然していなかったな。
「そうですね、雑談はこれくらいにいたしましょうか。では、現状を説明いたします――」




