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鍋奉行(1)

 鍋料理。それはバリエーションが豊富であり、子供から大人まで嫌いな者はいないと言えるほどポピュラーな料理である。


 地方によってもさまざまなものがあり、同じ名前のものでも場所によっては作り方が全く違ったりする。こっちでもいろいろと独自のものがあり、レシピを聞いているだけでもおいしそうなものばかりだった。

 かく言う俺も鍋が好きだ。ここに来る前は週一で鍋をしていたくらいには。


 鍋の中で俺が最も好きなのは、『すき焼き』だ。

 関西生まれ関西育ちなのもあるが、俺の中では牛肉を使って牛脂で焼くものが一番おいしいと思っている。


 牛肉をしばらく焼いて具材を加え、砂糖としょうゆを入れて煮詰まったら水と酒で薄める。野菜の量で味を調整しないといけないので、作る人によって味が変わるのも俺は好きだ。

 ちなみに、俺が作ると大抵甘くなる。甘党なので砂糖を多めに入れるからかもしれない。


 ……まぁ、こんな長々と語っておいてなんだという話だが、すき焼きをすることになった。

 事の発端は、俺のある発言だ。


『――そういえば、年始にすき焼きをするのが毎年恒例だったな』


 その発言から、すき焼きに興味を持った二人が作ってほしいと言ってきたのだ。

 もっとも、この世界にもすき焼きはある。なんでもこちらに転移してきた先人が広めたそうだが、あまりはやらなかったらしい。

 その理由はと言うと、材料が軒並み高価だからである。


 まずすき焼きには必須の生卵。どうやら養鶏場がものすごく少ないらしく、卵がかなりの高級品なのだ。

 そして野菜。これも農地が少ないので、主食であるパンを作るために必要な穀物を優先して作られるために、高級品となっている。


 つまり、この世界ではすき焼きは高級品なのだ。

 元居た世界でもすき焼きは高価なものだったが、この世界では並外れて高価なのだ。


 すき焼きを作ることになったので、俺は町のさまざまな場所をまわって材料を揃えた。しかし、妥協はしたくなかったので材料費に白金貨一枚、日本円に換算しておよそ()()()もかかってしまった。

 はっきり言ってふざけているとしか思えないほど金がかかってしまったが、俺も食べたかったしまぁ良しとしておこう。


 ――  ――  ――  ――  ――


 俺たちはリビングでソファーに座り、机を囲んでいた。

 机の上にはすき焼きを作るために鍋と具材が置かれている。ただ、その具材はこの世界独自のものだ。


 肉は以前に討伐したベヒモスのものだ。ストレージの中にまだ保管してあったので、今回はそれを使うことにした。うまくなることは請け合いだろう。


 野菜は普通に八百屋で購入したものだ。ただ、八百屋と言っても前述のとおり野菜は高価なので、貴族しか行かないようなお店で見つけたものである。

 白菜やネギに似た野菜や食用キノコなど、名前はよく知らないがおいしそうなものを集めておいた。


 そして肝心の卵だが、これは肉屋で見つけたものだ。

 これが十個で金貨一枚というのだから恐れ入る。


「――さて、さっそくすき焼きを始めるぞ」

「楽しみね!」


 アリスは楽しそうに鍋をながめていた。すき焼きがよほど楽しみなのか、目を輝かせている。


「本来であれば、リビングで料理をするのはあまり好ましくないのですが……」

「まぁ、それは後からクリーンを掛ければいいんじゃない?」

「そうだぞ、すき焼きは出来立てが一番美味いんだ。汚れなんて後から気にすればいい」


 確かにこっちの世界だと、料理はキッチンでするのが普通か。

 だが、すき焼きは作りながら食べるのが醍醐味(だいごみ)なのだ。このためにわざわざ携帯型コンロのマジックアイテムを買ったと言っても過言ではない。


 俺はずいぶん前に買ってからずっと使っている箸を持ち、すき焼きを作り始める。


「まずは鍋を温めて、牛脂をまんべんなく引く」


 俺は温めていた鍋にベヒモスの脂をまんべんなく引いた。

 筋肉質のためベヒモスの脂は希少なものらしいのだが、今がその使い時だろう。


「そして、そこに肉を入れる」


 脂が引かれパチパチと音がでている鍋の中に、俺は薄く切ったベヒモスの肉を入れた。すると、より一層脂の跳ねる音が大きくなる。

 二人はその光景を食い入るように見つめていた。


「そして、そこに砂糖としょうゆを自分なりの量入れて、蓋をする」

「『しょうゆ』ってなに?」

「大豆を塩水で発酵させて、絞った調味料だったはずだ。まさかあるとは思ってなくて、前に見つけたときはかなりビックリしたな」


 本当に、まさか日本独自の調味料が売っているとは思ってもみなかった。

 これも先人が広めたのだろうか?


「……よし、焼けたから食べていいぞ」

「もういいの?」

「あぁ、どうせまた肉は入れるし、早めに食べてくれ」


 二人は俺の言葉を聞いて、さっそく肉を取ろうとする。その際にフォークで取ろうとしたのがとてもシュールだった。


「あーちょっと待て。はい、これ」

「ん? 卵よね、それ」

「あぁ、肉は溶き卵につけて食べてくれ」


 俺は二人に卵を渡す。しかし、なにやら戸惑っているようだった。


「どうした?」

「……いや、生卵は食べたらダメでしょ。確か毒があったはずよ」

「…………あーそういうことか! それなら大丈夫だ、クリーンとキュアを掛けて殺菌してあるから問題ないぞ」


 ……なるほど、そういえばこっちでは生卵は普通食べないんだったな。最初アリスがなにを言ったのか、本気でわからなかった。

 卵にはサルモネラ菌がいるからな、確かにそれを知らずに食べて腹痛とかになったら毒を疑うか。だがまぁ、《キュア》は解毒以外に殺菌もできるらしいからな、俺が用意したものは食べても問題はないだろう。


「……本当に大丈夫なんですよね?」

「あぁ、大丈夫だから気にするな」


 アルバニアは念入りに確認してきたが、それは俺の信用がないというわけではないと信じたい。


「えっと……ソータ、これどうすればいいの?」

「え? 卵を割れないのか?」

「あっ、なるほど! 割ればいいのね」


 アリスはそう言うと、大きく卵を振りかぶった。


「いやまてまてまてっ!!」

「……な、なによ、急に大きな声を出して」

「その速度で割ったら大変なことになるから、俺に貸してくれ」


 随分と衝撃的だった。まさか卵の割り方を知らないなんて思いもよらなかった。

 俺はアリスから卵を受け取り、用意していたお椀に卵を割った。黄身は割れず、手にはなにもつかなかった。我ながら、かなりうまく割れたものだ。


「へー、卵ってそんななのね」

「……アリス、それは物を知らなさすぎるぞ」

「いや、そんなこと言われても今まで知らなかったんだから仕方がないじゃない!」

「あの、すみません……私のもお願いします」


 アルバニアは俺に卵を渡してきた。

 お前もか、お前もなのか……。驚愕だわ、ホントに。

 俺は再び卵を割る。しかし、今回は白身が指についてしまった。どうやら、俺は動揺しているらしい。


「……よし、それを溶いでその中に肉をつけて食べてくれ」


 もうなんかいろいろと疲れた。

 ただ肉を食べるだけでこんなに疲れたのは初めてだった。


 なお少し焼きすぎたようで、肉は固くなっていた。ただ、ベヒモスの肉なのでそれでもかなり美味しかったという……。

 そして、いい感じに脂もでていたので、後の具材も更にうまくなるだろう。……しかし、なぜか釈然としなかった。

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