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聖王国の教会にて

 静謐な教会の中には、人の姿が二つばかりあった。

 一人は腰に神剣を携えた男――聖王国の勇者である『アンドレアス・ボールドウィン』。

 そしてもう一人は、神聖な純白の巫女装束のようなドレスをまとい、()()()()()()()を生やした者。その翼もまた純白だった。

 しかし奇妙なことに、左翼は半身ほども長さがあるにもかかわらず、右翼は片腕ほどしかない。


 彼女の名は『セレスティア』。聖王国の教会に仕える巫女の一人であり、実質的な教会のトップだった。

 プラチナブロンドのロングヘアに深い青色の瞳で、そのたたずまいは瀟洒である。


 セレスティアは『有翼症』という、非常に稀な先天的異常を患っていた。それは、なにが原因か翼を持って産まれてくるというものである。

 ただ翼を持ってはいるが、飛行するといったことはできない。あくまでも、翼をもっているというものである。

 そのせいか、セレスティアは『有翼の巫女』と呼ばれていた。


「――アンドレ、きちんと休息はとれましたか?」

「はい、お陰様で。しかしすみません、急にお休みを頂いてしまって」

「いえいえ、それはかまいません。しかし、怪我の方はもう大丈夫なのですか?」


 セレスティアは心底心配そうに問いかける。


「すぐに回復魔法を掛けたので今は問題ありません。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 アンドレアスは自身の左目を触る。

 アンジェリカによって受けた傷、それは体だけではなく心にもあった。

 騙されていたという怒り、屈辱、悲しみ。そして、少女を蹴ったのだという後悔。それは深く、アンドレアスの心に刻み込まれた。


「かまいませんよ。しかし、アンドレが怪我を負うほどの相手がいるとは……」

「いや、さすがに私でも怪我くらいはしますよ。セレスティア様は私をなんだとお思いで?」

「『人間最強』でしょう?」

「……まぁ、あながち間違いではありませんが」


 セレスティアの言った通り、アンドレアスは最強と言って差し支えないほどに強かった。しかし、その力は主に魔物に相手しか発揮されない。

 例えどんな人間であろうとも、アンドレアスに人を殺す気はないのだ。


 アンドレアスは殺人を極度に嫌っていた。そして、アンドレアスにとって殺人は悪だった。

 それには育ちも影響しているのかもしれない。しかしそれを顧みても、アンドレアスの嫌いっぷりは異常なほどだった。


「――って、それはどうでもいいんですよ。なにか重要な話があるとお聞きしたのですが?」

「そういえばそうでしたね、すっかり忘れていました。アンドレは近頃アンデッドがよく出没することは存じていますよね?」


 セレスティアが先ほどまで浮かべていたほほえみは陰りを見せ、今度はひどく真面目な表情をする。


「えぇ、なんでもアンデッドが例年の五十倍ほど目撃されているとか」

「はい。しかし、近頃のそれは異常です。昨日、『メイソン』方面でアンデッドの群れが発見されました。すでに討伐済みですが、その数はおよそ二百ほどだったと」


 メイソンとは、聖王国の王都から少し離れた場所にある、鉱山業や採石業の盛んな町のことだ。

 優秀な建材などが産出するとして、多くの住民を抱えた経済的にも成長した町である。


「二百ですか……明らかに異常ですね」

「それもそうなのですが、一つ気がついたことがあります。それは、アンデッドが主に発生しているのはベネット王国の反対方向だったのです」

「……つまり、そちらに今回の元凶があると?」

「その可能性が高いと、私は思うのです」

「なるほど……しかし、メイソン方面はその大部分が深い森です。私一人ではとても手に負えません」


 メイソンの周辺には、深い森が広がっていた。そして、その森は強力な魔物が多数生息しているとして、有名な場所であった。それこそ、ランクBの魔物くらいならば一日に何度も出会うほどには。

 危険度で言えば、チェイス付近にある果ての森よりも危険である。いくらなんでも、アンドレアス一人だけでは手に負えないのだ。


「えぇ、それはわかっています。アンドレがもし一人でそんな場所に行く言ったら、私は強く反対します」

「では、なにか考えが?」

「はい、アンドレはチェイスにかの『鏖殺』を討伐した冒険者パーティーがいることをご存知ですよね?」

「存じております」

「今回はそのパーティーに協力を要請しようかと」


 セレスティアが言ったことは、アンドレアスにとってはそれほど不思議なことではなかった。今までにも、手に負えないことがあったら協力を要請することはたびたびあったからだ。

 しかし――。


「なぜ他国の冒険者たちを? 聖王国の者ではだめなのですか?」


 アンドレアスはそれが不思議でならなかった。なぜ他国の者たちを、と。

 別にアンドレアスは他国の者が嫌いというわけではない。純粋に、それを疑問に思ったのだ。


「確かに自国の者でも問題ありません。それどころか、事を荒立てないためには自国で解決するのが最善でしょう」

「では、なぜですか?」

「面識というものは非常に大切です、それは政治にも言えることでしょう」

「……つまりは、その者たちと面識を持ちたいと?」

「端的に言えばそうです。もっともこれは私の意志ではなく、()()()()なんですけどね」


 『上の決定』、それは教会においても重要なことだった。

 歯向かえば罪になるというわけではない。しかしそれでも従っていなければ、世間体に悪いというのは避けられないだろう。


「なるほど……しかし、現在は冬に入ったばかりです。今から調査を行うのは、いろいろと厳しいものがあります。いつごろに調査を開始すればいいのでしょうか?」


 現在は聖王国も雪が積もり始めていた。これから降雪量が増え、寒さがどんどん厳しくなっていくことだろう。

 そんな中わざわざ長旅に出かけるなど、正気の沙汰ではなかった。


「春先でかまわないと聞いています。ベネット王国の冒険者たちにもそのように伝えるつもりです。それに、事前準備というものがありますしね、あなたが行きたいと言っても今すぐにというのは無理なのですよ」

「了解しました」

「用件は以上です。このあとは王都の警備ですよね、気をつけてください」

「えぇ、それでは行ってまいります」


 アンドレアスはセレスティアに頭を下げると、教会から出ていった。今日も王都の平和を守るために――。

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