絶体絶命
降っていた雨の勢いが増し、篠突く雨が止めどなく降り続ける。
俺はある程度森の中に入ったところで足を止めると、振り返ってストレージから『冥府の短剣』を取り出した。
このまま逃げても無駄だ、俺よりもアンドレアスの方が早く移動できるのだ。どのみち追いつかれてしまうだろう。
なので、俺は一撃を入れて怯んでいる隙に逃げることにした。しかし、正面から戦えば絶対に負けるので、姿を消しながら死角から攻撃したりして、とにかく一撃入れることに専念しよう。
なにかしらちょっとでもミスをすれば、それだけで全てを持っていかれかねないのだ。
しばらく待っていると、アンドレアスは歩いて俺のいる場所へとやってきた。恐怖で足がすくむが、なんとか正気を保つ。
「――なるほど、やはり私に気づいていたか。それなりにできるようだね」
アンドレアスは俺が見えないはずなのにもかかわらず、俺のいる場所を正確に見てきた。俺はインビジブルミストがきちんと発動していなかったのかと焦ったが、別にそんなことはことはなかった。
なにかしら俺の知らない、生物を感知する魔法でも使っているのかもしれない。
「初めまして、私はアンドレアス・ボールドウィン、ここ聖王国の勇者だ。君は?」
「……」
「……答えない、か。まぁ、それもそうか」
どうやら、俺が誰なのかはわかっていないようだ。ちゃんとインビジブルミストの効果が発動していることに、俺は少し安心した。
「君が不法侵入していたのはこの国の重要施設の一つだ。なにをしていたのかは知らないが、ある程度見当はつく。おおかた、資料を盗むためだろう? 困るんだよね、そういう事をされるのは」
アンドレアスはそう言うと、腰から不思議な光を放つ水晶でできたロングソードを、そして背中からは神々しい白金色のロングソードを引き抜いた。
二刀流……いや、『二刀剣法』と言った方がいいか。
たぶんだが、あの白金色のロングソードが聖光剣『クラウ・ソラス』だな。あれで斬られるのは大分やばそうだ。
「……だから、おとなしく投降してくれると助かる。私もあまり人を斬りたくない」
殺しはしないのか。『機密情報を見られたので殺す』と言われるかと思っていたのだが、少し意外だった。
「君も痛い思いはしたくないはずだ。決して悪いようにはしない、だから……おとなしく投降してくれないか?」
確かに痛い思いはしたくない。だが、だからと言って戦わずに諦めるなんて真似は絶対にしたくない。
どうせなら、あがきにあがきまくってやる。
俺は転移魔法でアンドレアスの後ろへと転移し、冥府の短剣を首めがけて突きを放った。
「――なるほど、確かに今のはいい手だ」
だがしかし、アンドレアスはなんと一切見ずに俺の攻撃をはじき返した。
今のは確実に見えていなかったはずである。にもかかわらず、先ほどの剣筋には迷いは見当たらなかった。
何をどうやったのかはわからないが、とんでもない相手だということを再認識した。
アンドレアスは体勢を崩した俺に、水晶のロングソードを横薙ぎに振るう。
とてつもないほど鋭く、普通の二刀剣法では出すことができないだろう力が込められているその攻撃には、戦々恐々するばかりである。
「――っ!」
俺は冥府の短剣を使い、なんとかぎりぎりのところでアンドレアスの攻撃を防いだ。
アンドレアスの攻撃はかなり素早く、そして重かった。早めにけりをつけなければ、その内押し負けてしまうのは目に見えている。
俺はアンドレアスから離れ、ウィンドカッターを放とうとした。しかし、俺はある違和感に気がついた。どうにも魔力の操作が上手くいかないのだ。
魔力の操作自体は問題なくできる。しかし、まるでヌルヌルの石けんをつかもうとしているかのように、精密な操作ができない。
「もしかして、魔力を上手く操作できないことに気がついたのかな? まぁ、この霧も薄くなってきているし、気がついているか」
俺はアンドレアスにそう言われて初めて気がついた。
戦闘に集中しているせいというのもあるが、明らかに霧が薄くなっていたのだ。これでは、俺の姿が見えてしまうのは時間の問題だろう。
「君が上手く魔力を操作できなくなった原因は、この『魔乱の魔剣』の効果さ。この剣は斬った……いや、打ちつけた相手の魔力操作を妨害するという効果があるんだ。どう? かなり操作しづらいだろう?」
ペラペラと情報を喋ってくれるのはありがたいが、剣の効果は全く嬉しくない。
クラウ・ソラスに気を取られすぎていてあまり気にしていなかったが、どっちの剣もあまりに厄介すぎる。
「さて、そろそろ僕の方からも行くよ!」
アンドレアスは俺のいる場所へと駆けてくる。
俺はいちかばちか突きを放った。しかし、アンドレアスはそれをまるで見えているかのごとくよけると、魔乱の魔剣を振り上げた。
俺はそれを横へよけようとする。しかし――。
「《シャイニングレザー》!!」
アンドレアスは俺の左右に光線を放ち、俺の行く手を阻んだ。
俺は後方に跳んで魔乱の魔剣と光線をよけたようとしたのだが……それは、すでにアンドレアスの術中だったらしい。
「――がはっ!?」
アンドレアスは体を捻ると俺に蹴りを放ち、胸を蹴られて俺は吹き飛ばされた。
泥だらけの地面を何メートルも転がる。冷たく、ヌメヌメとした不快な感覚を忘れるほどに、蹴られた胸部が痛んだ。
しかも、俺は蹴られた瞬間に何かが折れる音も聞いていた。もしかしたら、今ので肋骨が折れたのかもしれない。
「――げほっ……げほっ……っ!」
俺は地面にうずくまりながら咳き込んだ。呼吸さえもまともにできず、起き上がることもできない。
そして、最悪なことにミストインビジブルが維持できなくなり、解除されてしまった。
――つまり、俺の姿がアンドレアスに見られてしまったのだ。
「…………え?」
アンドレアスを見ると、なぜか剣を二本とも鞘に納めてあっけに取られていた。立ち尽くし、そのまま動く気配がない。
……もしかしたら、今が好機かもしれない。
剣を収めているし、あっけにも取られているのもいい。冥府の短剣を手放してしまったが、幸い俺とアンドレアスとの間に落ちているのでそれも問題ない。
チャンスは、今しかない!!
俺は胸の痛みを我慢しながら素早く立ち上がると、冥府の短剣を拾ってアンドレアスへ攻撃を開始した。
胸に激痛が走ったが、そんなことを気にしている暇はない。
「――えっ!? ちょっ、まっ!?」
アンドレアスは俺の突きをかわす。しかし、無理に回避したのか体勢が崩れた。
俺はその好機を逃さない。
「うっ! ――い、ああああああぁっ!?」
冥府の短剣を横薙ぎに振るい、アンドレアスの左目を斬り裂いた。もだえるように、アンドレアスは左目をおさえる。
俺は冥府の短剣をストレージに収納し、最近やっと少しだけ使えるようになった飛行魔法を使って、その場を飛び立ったのだった。




